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僕らの青春「カムバック」

夕暮れ時、店内のむさ苦しい集団を前にして、一人の男が吠える。

「乾杯するよー! はい、カンパーイ!」

男は華奢な体を駆使して呼び掛けるも、声が通らず、会場内はまとまりに欠ける。

「おい!シマンねーぞ!」

男たちの野次が飛び交い、店内のざわめきはさらにエスカレートしていった。

「いいからグラス触って!」

「触ればいいのか、はい。」

「ちがう、持って!」

頼むからしっかりしてくれ。

この幹事にはリーダーシップというものがない。一度口を開けば、周りから罵詈雑言を浴びせられる。

しかし、ここに集まった僕らは、絶対に彼の呼びかけにしか集まらない。野次を飛ばし、文句を言いながらも、結局は彼の音頭で乾杯して、最後は彼の一本締めでグダグダと終わる。

そもそも、ここにいる連中は集団行動が苦手な奴ばかりで、メンバー全員をまとめられる人間などこの世に存在するのか甚だ疑問である。幹事はコイツにしか務まらないのだと、心の奥底では全員が納得していた。

それにしても、高校の部活で集まるのは久しぶりだった。周りには見慣れた顔しか並ばないが、4年ぶりに会う人もいるのだろう。卒業してから過ぎ去った時の早さに、驚きを隠せない自分がいる。

あの時は楽しかった。僕らは今よりもっと無垢で、純粋で、くだらないことで笑い合っていた。髪の薄い先生が校庭に出るといつも晴れるので、密かに「太陽神」と呼んで彼を崇拝したり、学校の屋上からプリンを落として、誰が一番うまく口でキャッチ出来るかを競い合ったりもした。

部活動には毎日のように参加していて、授業は毎時間眠っていた。教室では「別に女子なんて興味ねーし」と素っ気ないフリをしながらも、必死にクラスの可愛い女の子を目で追っていた。ただの純粋な男児である。

そんな僕にも、高校生の時に人生で初めての彼女ができた。スマホを使って公園に呼び出し、勇気を振り絞って「好きです」と告白した気がする。

当時は自分の気持ちを真っ直ぐ伝えることに抵抗があり、口が全く回らなかった。緊張のせいか当時の記憶が曖昧になっている。

しかし次の日、学校へ行くと同じ教室のほとんどの生徒が、僕が付き合い始めたことを知っていた。あの日は数人のクラスメイトが公園に張り込み、僕の「よっしゃー!」という雄叫びを聞いてたらしい。あまりの甘酸っぱさに胸がキュンキュンする。

淡い。久しぶりに会った旧友と話が弾むと、懐かしい思い出が結晶となってキラキラと輝く。彼らの顔を見ているだけで、僕はいつでも高校時代へと戻れるのだった。

男が叫ぶ。

「はい、皆さん、ちゅうもーく! 今日はありがとうございました。最後は一本締めで終わりたいと思います。イヨーッ!」

パン、パチ、パラ

相変わらず締りが悪い。

「あ、何か聞こえる。」

誰かが通りの奥から鳴り響く音を拾った。どうやら路上ライブが行われているらしい。

締りの悪さから気が抜けて、そのまま無駄話で盛り上がっていた部員たちは、店の前から全く動こうとしない。

僕は路上ライブが気になり、音のなる方へと歩いた。そこには小汚い恰好をしたおっさんが一人、ギターを抱えて立っていた。

「ゴホッゴホッ、えー、何かリクエストはありますか?このリストから選んで下さ、ゴホッ。」

ここまで体調が悪そうに弾き語りする人を、僕は初めて見た。

「じゃあ、中島みゆきの『糸』でお願いします。」

僕は財布に入っていた100円玉を正面のギターケースに投げ入れ、1曲だけリクエストした。

「なーぜー巡り合うのかを~、私たゴホッ、ゴホ、すみません。 何も知らない~♪」

最悪のクオリティだった。咳込み過ぎてほとんど歌えてないじゃないか。もはやこれが曲になっているのかさえ怪しい。しかし、ゆっくり目を閉じて耳を澄ませると、その歌が締りの悪い僕らの今と重なった気がした。

何故だろう。聴いていると次第に幹事のアイツや目の前のおっさんが猛烈に愛しい存在に思えてきた。人間には愛嬌があってなによりだ。抜けてる部分があるから、それを補おうと人はそいつに着いて行く。

青春は淡く、締まりが悪い。


これからの可能性に賭けてくださいますと幸いです。