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飲みかけのコーヒー


僕は飲みかけのコーヒー。生まれはセブンイレブン、性別はアイス、残量は1/3。

生まれて初めて聞いた言葉は「100円になります」

同じショーケースにいた仲間たちは元気だろうか。氷がパンパンに詰まった僕らは、大人になると茶系の液体をカラダに注がれ、ストローとやらをおヘソあたりに刺される。

それが成人になるための儀式だとは聞いていたが、本当にそうなった。レールから外れることは難しい。


僕らは主人を選べない。だいたいの仲間たちはOLやサラリーマンとやらに買われていったが、僕はスウェットを着た冴えない男に買われた。

「眠気覚ましの一杯♩」などとつぶやいている。

僕はほんとうにコーヒーの風味や気分を楽しみたいと思っている人に手にとってほしかった。なのにコイツときたらレッドブルの劣化版のような感じで僕を飲むつもりだ。

たった一度の人生なのに、命を託す主人さえ選べないとはなんとも世知辛い。


そうして僕は主人の家に着き、少しずつ飲まれ始めた。ガムシロとミルクを入れないあたりは好感がもてる。あんなブランド物を身につけさせられるよりも、僕そのものを味わってほしいからだ。

僕を残り1/3くらいのところまで飲み干すと、パソコン作業をはじめた。今夜は徹夜でがんばるようだ。好感がもてる。


30分が経過…まだがんばっている

1時間が経過…すこしやる気が落ちてきたようだ

オイオイ全然飲んでくれないじゃないか。こちとらもう氷が溶けて薄まって、個性もなにもあったもんじゃない。僕らしさがどんどん失われていく。加えて、汗だくである。

コースターもないので、僕の汗はどんどんテーブルに滴っていく。おねしょをしたときのような罪悪感がある。おねしょしたことないけど。


主人がやっと飲み終えたときには、もう朝を迎えていた。氷がすべて溶け、もはやコーヒーとも呼べない代物を彼はグイッと飲み干した。

なかなか飲み干してくれない主人に初めは恨みこそもったが、コイツががんばっている姿に胸を打たれ、だんだんと応援の気持ちが芽生えて、最後には「僕を飲んで癒されてくれ」とさえ思った。

良いコーヒー人生だった。


ただ、最後にひとつ言わせてほしい。

コースターは敷いてくれ。おねしょ恥ずい。



「 アタイにだって言いたいことがある。」

モノにストーリーを、暮らしに温かさを。というコンセプトで身近にあるモノの気持ちを妄想で書いてます。

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文章:しみ

イラスト:じゅちゃん

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