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ダイバーシティが腑に落ちるミルの自由論

ダイバーシティへの違和感

ダイバーシティの重要性が謳われるようになったのは何年前だろうか。企業においてはダイバーシティが重要で、経営者が積極的に推進する企業の業績はそうでない企業より良い、といった論考が多かった。例えば、経済産業省が2016年に行った「ダイバーシティに関する各種調査」の調査結果では以下のような記載がされている。

多様性を含む企業は、そうでない企業と比べて、業種平均の業績よりも、優れた業績を達成する確率が高い傾向が見られる。
ジェンダーの多様性および文化面の多様性を含む企業は、それぞれ7%と15%ほど高い確率で、業種平均よりもすぐれた業績を達成する傾向が見られる。

しかし、これらに対してどうしても腑に落ちていなかった。なぜなら、様々な人がいればいるほど組織がまとまらず人間関係の煩わしさを感じていたからだ。常に誰かの陰口を話している人がいた時は、そこから醸し出される冷笑的な空気感がとてもキツかった。また、別の方からは、忙しくなると苛立った口調で仕事への嫌悪感を強く示された。このように、様々な考えを持った、様々なパーソナリティの、幅広い年代の方と働き、ダイバーシティの利点よりも欠点ともよぶべき点に直面してきた。このことが大きなストレスだった。

目から鱗が落ちるようなJSミルの「自由論」

ストレスを抱いていた最中、たまたまKindleで読んだ本がJSミルの「自由論」である。実はこの本は家の本棚にもある。しかし長年積読してきた。プライム会員ならば無料で読めたため軽い気持ちで読み始めた。

この本の序盤に書かれていることは、まさにダイバーシティの重要性そのものであった。どんな主張であっても自らの考えと異質な反論をぶつけることでより強固な主張になる、というものであった。例えば、キリスト教徒は、キリスト教の教義が絶対的なものではなく他の宗教の考え方をぶつけてみて、その真理を疑ってみることが重要としている。また、どんなに論理的でないと思われる主張であったとしても、そこには自らの考えを昇華させるエッセンスが含まれているかもしれないから耳を傾けるに値する、と。

要はテーゼとアンチテーゼをぶつけ、ジンテーゼに昇華させる弁証法について滔々と説明している。弁証法という概念は知っていたが、この本で多量に説明される具体例に触れ、概念が腑に落ちる感覚があった。

ここから、ダイバーシティは極めて重要だと思った。同質化された組織では、自らを否定するような反論は生じにくい。つまり、より良いものに昇華させようとする仕組みが弱いのだと思った。

こう考えると冷笑的な人も、感情に左右される人も、彼らと議論を交わすことによって、何かしら良いものを生み出せる可能性があるのだと思えた。私にとっては大きな転換点だった。今まで不快に感じていたことが幾分和らいだ。また、今までは感情的に遮断し、苦手な人たちの考えは正しくないと直感的に思っていたものを、理性的に咀嚼しようと思えるようになった。

このように違和感を抱いていたダイバーシティの重要性について、JSミルの「自由論」を読み日々の仕事に活かすことで腑に落ちた。そしてマインドや仕事の行動に良い変化が生まれた。素晴らしい本だった。これからもこの学びを活かしていきたい。

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