第19話 一年生の力②

帽子を取って一礼してからバッティングゲージに入る克己
ゲージの後ろから克己の様子を伺う牧と森
バッティングピッチャーが克己に対しての初球


グァキーーン!!!


克己は振り抜いた
打球は大飛球が上がり左中間を深々破る
唖然とする上級生を尻目に少しも表情を崩さない牧と森


グァキーーーン!!!


今度はセンターを越え、ワンバウンドでフェンスにぶつかる会心の当たり……だが、牧と森は納得いかない様子だ。
痺れを切らした牧は克己に言葉を投げかける。


「おいっ、手ぇ抜いてんじゃねぇよ!」


その言葉にグランドの空気は凍りつく


「しっかり打てよ」


森が続く


「しっかりやってるよ。」


そう返事をしつつも、ハッパかけられたこのタイミングで克己はスイッチが入る。


グァラキーーーン!!!


克己の打球は高い放物線を描いてセンターを越えてフェンスオーバー
その後もフェンスオーバー級の当たりを連発して、しまいには右中間のフェンス最上段に打ち込んだ。
ライト側が狭い長方形のグランドのため、センターや右中間は決して広いわけではないが柵越えやフェンス直撃は決して容易ではない。ましてや入部まもない一年生がやってのけているのだから驚くのも無理はない。
しかし牧と森は克己のパフォーマンスに驚くのではなく納得の表情を浮かべつつ
"はじめからやれよ"とボヤく森
"まぁまぁ"となだめる牧
牧ははじめは手を抜いてる(ように見える)克己に苛立ちはしたものの、克己のパフォーマンスを見てワクワクしてる自分に気づいた。


「やっぱスゲェなお前!」


牧は思わずそう克己に声をかける
それに対して克己は


「いや、俺なんて大したことないよ。」


鳩が豆鉄砲を食ったよう表情をする牧にすかさず


「俺なんかじゃ到底追いつかないヤツいるから。」


そう言い残すとバットを片付けに行く克己


「なぁ森、知野(アイツ)が到底追いつかないヤツがいるって想像できるか?」
「いや…無理だな。少なくとも俺は見たことがないな」
「だよな」
「それが知野(アイツ)のスゴさの秘密じゃねぇのか?」
「どういうことだ?」
「その到底追いつかないヤツに追いつこうとしてるんじゃないかってことだよ」
「あぁ!なるほどな!」
「今のままじゃそいつ追いつかないんだろうよ」
「ってことは…」
「ふっ、末恐ろしいな」
「ここで笑うって、お前…ちょっとズレてんな!」
「そういうお前はどうなんだ?」
「負けらんねぇー!!」


"その表情、お前も充分ズレてるよ"と、言葉を発しかけたが我慢した森
そんな牧の表情は森同様笑っていた。

・・・一方・・・

「田代さん!何なんですかアイツら!!?」
「意味わかんねぇっス!」


外野で球拾いしてる田代に駆け寄るのは堤と石井
二人は一年生の指導員として任命されていた。
鶴崎野球部は一年生は夏の大会が終わり、三年生が引退するまでは『体力作り』と称したグランド外での練習が主になるため、その練習をサポートするのが役割だ。
しかし指導員に選ばれた側はスタメンどころか場合によってはベンチ入りすらできない立場と評価されているようなモノ…
そのため監督やコーチ、チームメイトの見てないところで一年生に八つ当たりをする指導員も少なくない…
現在鶴崎野球部は
三年生 9人
二年生 10人という構成
堤と石井は自身らの実力ではレギュラーは無理なことを理解しており、今回指導員になることを志願していた。
自分たちが受けた"シゴキ"を後輩にさせたくないという想いが強かったのだ。


「あんなヤツら、どうしたら良いんですか??!」


焦りの色を隠せない堤


「化け物っス、あんなの!」


顔面蒼白で今にも倒れそうな石井
元々色白で一見ひ弱なためそう見えるが実は問題ない


「スゴいよなぁアイツら」


満面の笑みでそう回答する田代


「「スゴいよなぁじゃねぇっスよ!!!」」


息の合ったツッコミが入る。


「まぁまぁ、アイツらは放っておいてもしっかりやるよ。だからこちらから無理に何かをやらせる必要はない」
「はぁ、、そうですか、、」


納得しながら少し安堵の表情を浮かべる二人


「それに、監督には直訴してきたから」


田代は笑いながらそう語ると二人はその意味を瞬時に理解した
"内緒な"と口元に人差し指を添えて小声で言うと集めたボールを投手のところへ運び行った。


「そういうことなら俺らが心配することないな!」
「でも、監督さんって一年使わなんやろ」
「確かになぁ…だからこその直訴なんじゃねぇの?」
「まぁなぁ…」
「まっ、俺らはどうこうする必要がなさそうってことがわかっただけ良かったわ!」
「そうだな」
「そうとわかれば、俺らのやれることしっかりやろうぜ!」
「おう!」


そう言うと二人は田代と同じように集めたボールを運んで行った。

克己のハイパフォーマンスの影に隠れる形となったが、三浦と高木は桑原をしっかり見ていた。
二人の評価は『『イケる』』


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