第21話 決心

〜翌日 練習前〜


「今日から1年も全員上級練に入れるぞ」

「はい!」

「しかし例の4人以外は練習に付いて来れないと判断したらその場で外す」

「はい!」

「で、だ。今日から練習指揮は俺がとる」

「…えっ?」

「なんだ?不満でもあるのか?」

「いえ、そういうわけでは!ただ…突然すぎてビックリしただけです」

「異論はあるか?」

「ありません。選手もきっとその方が良いと思ってるはずです」

(三浦、そう簡単なモノでもないぞ…)

「今日から夏大(夏季大会)に向けて最善を尽くしていく。上も下もない。一からチームを作り直していく、わかったな?」

「はい!」


ここ数年間は現場を三浦コーチに任せ、自身は3歩も4歩も下がってチームを見ていた。

そのためキャプテンなど一部の選手を除き、ほとんどの選手とのコミュニケーションをしてこなかった高木。

しかし試合では自身がサインを出すなど先導する形になることから、深い溝が選手との間にあった。

練習前の円陣


三浦と話したことを含め、それ以外も細かな指示を率先して出している高木の姿があった。

上級生連中は鳩に豆鉄砲を喰らわせたような表情で戸惑いを隠せなかったが、一年生は違った。

4人以外は決して群を抜いた実力があるわけではない。そのためこれまでの野球人生で華々しい活躍をしてきたわけではない。

なかには中学時代レギュラーですらなかったり、野球部に所属せず高校からはじめた選手もいる。

そのため高木の『上も下もなく、良いヤツを使う』という言葉に心を躍らせるのであった。


「よし、いけ!」


高木の合図で一斉に走り出す選手たち

遠藤と田代を除く3年生たちは戸惑いながらも自身にとって高校野球生活最後の大会になるためやるしかない、とある意味我関せずといった腹持ちだ。

一方2年生は腑に落ちない様子だ。

例年なら夏季大会まで1年生はベンチ入りしなかったため、現在2,3年生で19名全員がベンチ入りが確定していた。

(神奈川県の夏季大会はベンチ入り20名)

しかし今回は群を抜いてる1年生が4人もいる。

もし4人全員ベンチ入りするとしたら2年生からベンチ入りメンバーを外れる可能性が高い。それだけは勘弁、と顔付きが変わっていた。

石田と堤は "俺たちは外れるとして、あと一人は誰になるんだろうな" と、どこか呑気だ。


「なんか…不思議な感じだな」

「たしかになぁ。でも今年の1年はマジでエグいから納得しちまうよな」

「バケモンだ、バケモン!」

「その気持ちわかる!…でもヤマの足(の速さ)もエグいけどな!」

「俺はそれしか取り柄がねぇ!」

「そういうお前だって肩すげぇじゃん!」

「そこだけは自信ある!」

「隙あらば狙ってるよな?」

「補殺、気持ち良いんだよね〜」


そういうと井手と山本は笑い合った。

二人は高校で知り合った仲だが、一年前の入部初日から馬があった。

以来プライベートも含めてよく一緒に行動する。


「ってかアイツらなんで鶴崎高校(うち)に来たんだろうな?」

「もしかして、私学に下剋上するためとか?」

「ぶっ!…そりゃさすがにないでしょ〜」

「でも、それできたら面白そうだけどな!」


さすがに無理だ、といった表情を浮かべる二人


「その前にベンチ入りできるように頑張らないとな」

「そうだな。まぁいつものようにやってくべ」


井手と山本は同じ外野手。

同時にスタメン起用されることも少なからずあるが、一方がスタメンでもう一方がその交代要員として起用されることが多い。

それゆえ二人共ほぼレギュラーと言ってもいいのだが、慢心することはない。

プレースタイルは違うが、野球への取り組み方などのスタイルは非常に似ている。

そういえば!

プレー面で似てる部分は一つだけあった。

それは二人とも打撃(バッティング)が苦手。。。






「アップ終わったらバッティングだ!1年から打て!終わり次第基礎トレに移動するぞ!石田!堤!お前らも先に打て!その後1年に付け!」

「「はい!」」



鶴崎高校野球部では1年生は身体作りのためトレーニングを主に、硬式球に慣れていない選手も多数入部してくるので、ボールに慣れさせるようグランドの片隅でキャッチボールなどの簡単なメニューを行うのが恒例となっている。

しかし今年に関しては身体作りを上級生のバッティング練習のタイミングで行うようにして、できる限り全員が同じメニューを行うように進められている。

これは高木が監督を務めるようになった初年度以来のことのため、今グランドにいる者は誰一人としてそのときのことを知らない。



「よしっ、1年!全員コッチでトレーニングだ!」

「時間がないから急いで移動しろ!」

「「「「はい!」」」」



「・・・なぁ、石田」

「ん?どうした?」

「なんか1年、全員目の色違くね?」

「たしかになぁ」

「急にスイッチ入った感じだよな」

「やっぱり監督さんの"アレ"か?」

「だろうな」

「アイツら(4人)は放っておいてもやるだろうから他の1年をどうするか、なんて考えてたけどあの顔つき見せられたら…」

「なんか、ただただ面倒見るだけってのは……なぁ?」

「1年に負けてらんねーわ。先輩の威厳ってヤツ、見せてやらねーとな!」

「となると、まず着手するのは…」

「「身体作り!」」

「石田のそのガリガリ、何とかしねーとな!」

「堤のそのぶよぶよ、何とかしないと!」



そう言うと二人は笑い合ったが、目の奥にはその決心が揺らぐことはない強さがあった。

これまでの指導員は1年生に指示を出すことと監視と安全面の配慮のみ。

要するに練習をサボったうえに下級生をイビれる、というくらいにしか役割を捉えておらず《指導員》という言葉が不釣り合いすぎるというのが実情だ。

自分たちが受けたそれらの事を後輩たちに味わってほしくないという思いから指導員に名乗り出た二人だったが

うまくやりやがって

俺もやりたかった

うらやましいわ


などと陰で同級生から言われる始末だった。

本人たちの気持ちとは裏腹に…

『それはそれで仕方ない』と、自分たちの本心を知ってもらうことをどこか諦めていた。

実際反論したが理解してもらうことはなかったからというのもある。


しかし

石田・堤本人たちが驚くくらい

一年前のあのときより積極的にかつ意欲的にトレーニングをしている。

あんなにも嫌だった時間が嘘のように前向きにときに楽しみながら行えている。

その姿を見て1年生も負けじとトレーニングに励んでいく。

グランド内で練習している連中にすべてを理解することは酷な話だが、雰囲気の良さと石田・堤がトレーニングに励んでることは容易に理解できた。


高木がどこまで想像できてたのかは知る由もないが、これまで見たこともないくらいチーム全体の雰囲気やモチベーションの高さが伝わってくる。

変化を目の当たりにした三浦は武者震いをするのであった。

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