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大國魂神社のこと、知っていますか?

今日はお店のお隣りさん、「武蔵国総社 大國魂神社(おおくにたまじんじゃ)」のことについて書きたいと思います。私も現在、大國魂神社氏子青年崇敬会の役員を仰せつかっていますので、それなりに知らないといけない立場・・・。復習するつもりで、軽やかに書いていこうかと思います。なんといってもご鎮座1900年の神社です。書くことは山ほどあります。

大國魂神社の御祭神

まず、主祭神は大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)。この大神は三貴神の一柱でもある素盞鳴尊(すさのおのみこと)の御子神である大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)とご同神。昔この国土を開拓され、人民に衣食住の道を授け、医薬禁厭(きんえん=まじない、厄除けのこと)等の方法を教えてこの国土を経営されたという神様です。

大國魂神社の起源は第12代景行天皇41年(西暦111年)5月5日大神の託宣(たくせん=神が人にのり移ったり夢に現れたりして意思を告げること。ご神託。)によって造られました。景行天皇とは記紀にも伝わり英雄とされる日本武尊(やまとたけるのみこと)の父君。日本武尊に東国征伐を命令したのがおよそ1900年前と記されています。そのような大昔から、大國魂神社は日本国土の物語に関わり始めている、ということが伺えます。その後、出雲国より国造(くにのみやつこ=地方を収める官職名)が武蔵国へ派遣され、その祭務を掌ったといわれます。

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武蔵国の国府

大化の改新(西暦645年)を経て、日本は律令国家(法治国家)として形作られていきます。府中のあるこの地は「武蔵国(むさしのくに)」と呼ばれる国の国府(いまでいう県庁)が置かれ、国の長官として「国司(こくし)」が在籍しました。武蔵国は現在の東京都、埼玉県、神奈川県の一部といった広い範囲を指します。「府中」という地名は国府のある中心地、という意味で、今でも日本全国に同じ地名が残っています。

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(大國魂神社HPより)

「国司」とは現代でいう行政の長である県知事であり、祭祀を掌る神職のトップでもありましたが、国中の神社をすべて廻って祭祀を行うのは大変ということで、国府には「総社(そうじゃ)」と呼ばれる神社が選ばれました。

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総社(そうじゃ)とは?

総社とは「国中すべての神社の神様が一堂にお祀りされている」というとても重要な役割をもつ神社のことです。ここで参拝すれば、国中すべての神社に参拝に行ったのと同じことになります。これは便利。そりゃそうですよね。車も電車もない時代に、府中市から埼玉県のと群馬県の県境までどうやって行くの?馬車?牛車?徒歩?いずれにしても頻繁には行けないですよね。ならば神様のほうをお迎えしたらよい。その合理的な考え方、すてき。

近年の発掘調査により、神社の境内となりに国衙跡が発掘され、国の史跡指定されました。

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「六社明神さま」

武蔵国の総社は「武蔵総社六所宮」と呼ばれるようになりました。大國魂神社には大國魂大神のほかに、一之宮から六之宮まで武蔵国各地の六柱の神様が祀られていますので、そこから名付けられたのでしょう。六所神社という名称は全国各地に現存しており、各地の総社の名称としても伝えられていることから、管内の神社を登録・管理し統括する「録所」という意味があるのでは、という説もあります。地元の人たちからは「六社明神さま」と呼ばれ、親しまれました。近年、北島三郎さんが歌ってくださった府中の民謡「府中小唄」(作詞:野口雨情、昭和4年発表)の歌い出しは「ハァー六社明神さま」です。

武蔵総社六所宮は明治時代になって元の名前である大國魂神社と名称を復活させましたが、現在でも武蔵国の総社として東京だけでなく関東一円にわたり、要の神社として広く崇敬されています。なお、現在でも拝殿正面には「総社六所宮」と書かれた額が飾られています。

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国魂(くにたま)とは?

では、大國魂神社の社号にも入っている「国魂(くにたま)」とはどういった意味でしょうか。国魂とは神道の観念の一つで、国(武蔵国など、令制国単位)または国土そのものを神格化したものを指します。木や石、山川も神様が宿ると考えた古代日本人。当然、国土にも神様が宿っていると考えました。記紀によれば、そもそも日本の国土を創造したのは神様です。古来、国を治めるのは為政者だけでなく、その土地に鎮座する神様の力も働いて成就されると考えられていました。前の段で大国主大神のことを書きましたが、こちらの神様は多くの別名を持ちます。大己貴命(おおなむち)、八千矛神(やちほこ)、葦原醜男(あしはらのしこを)・・・。20近くの別名があるそうですが、大国魂神もそのひとつ。日本各地の神社で開拓の祖神として祀られており、「国魂・国玉」と呼ばれる神社名は日本各地にあります。大國魂神社も武蔵国の開拓神として長い年月ご鎮座されている、というわけです。(Wikipedia参照)


ご利益、というならば

これは私の解釈ですが、東京の神社参拝について。東京五社巡り、新東京十社巡り、といった参拝をされる方もいらっしゃいます。参拝することには意味がありますので、ご自分の望むようにお参りすればよいかと思いますが、いかんせん、そのような神社は東京の「東のほう」に集中しています。多摩地区の人間からすると、おいそれとお参りに行けない。だったら、大國魂神社一社に参拝したらいいじゃない!?と思います。むしろ、東京でビジネスをしている方には、土地の神様の後押しをしてもらいたいのであれば、大國魂神社に参拝に来ない方がおかしい。東京じゅうの神様を一気に味方になってもらえる、稀有な神社なのですから。そして日本でビジネスをしている人で、東京の会社と関わらない人はいないでしょう。ということは、日本中のビジネスをしている人は、大國魂神社に参拝に来た方がいい、ということです。東京じゅうの神様の・・・(以下略)。

私は生まれてからずっと参拝しているので、正直なところ、この神社が神気盛ん、霊験あらたか、だという実感がありません。空気のように当たり前に在るものでしたから。ですが遠方から友人、知人が参拝に来られてご案内すると、皆さん「素敵な神社ですね」と言われます。荘厳であったり、空気が重たい、と言われる方もいます。まだご参拝されたことが無い方は、ぜひお参りされてはいかがでしょうか?そして参拝後の直会は最寄りの立ち飲み屋「なおらいスタンド宮」へどうぞ。

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大國魂神社について、今回はイントロダクション、序論になります。まだまだ書きたいテーマがたくさんあります。しめのうちと大國魂神社とのご縁。お神酒を納めているだけでなく、日常的にたくさんのお付き合いがあります。そして神社の例大祭「くらやみ祭」。また神社境内の摂社末社のこと。なぜ神社の本殿は北を向いているのか。徳川家康公と府中の話。多摩から京へのぼった新撰組の話。境内にある「ふるさと府中歴史館」には府中市内で発掘された縄文土器がたくさんあるんだよ、という話・・・。もろもろありますが、今日はここまで。また次のnoteでお会いしましょう。

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