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締め切り#020 インドネシア旅行のある日の日記から / 篠原幸宏

タンジュンアンビーチへ
2022年7月3日 インドネシア・ロンボク島

 きょうは朝から晴れていてどっちの空を見ても雲はない。午後もこのまま晴れそうだから、昼まえにホテルをでてタンジュンアンビーチにでかけた。きょうもバイクは借りているので、それにのっていく。

 タンジュンアンビーチはクタの東側にあるビーチで、バイクやクルマでいくと三〇分ぐらいのところにある。きのうのセロングバラナクビーチにくらべるとちょっと近い。ここは三年まえにもいったビーチで、そのときは海の色がきれいな静かなビーチだった。きのういったセロングバラナクビーチは、宿のアチャンがいちばんきれいだって言ったからいってみたけど、記憶の感じだと、タンジュンアンのほうがきれいだった気がした。まあ、どっちがきれいだとかはどうでもいいことだけど、今回もタンジュンアンにはいずれにせよ一度はいこうとおもっていたのだった。

村の東の道路があたらしくなっていた

 バイクで走っていくと、道がきれいになっていてびっくりする。三年まえは砂利道だったところもきれいな舗装路になっていて、それがビーチの目のまえまでつづいていた。
 これはクタ周辺がインドネシアの特別経済区になって観光開発がすすんでるかららしい。去年の八月にはバイクレース用のサーキットも完成したばかりで、その横もとおったけど、観光バスがなん台もきていて、入り口ではみやげ物を売る露店がでていた。外国人の観光客はそんなところに興味はないだろうけど、インドネシア人からしたら、あたらしくできたサーキットは話題の観光地になってるみたいだ。今年の三月にはモトGPという世界大会も開催されたんだという。

マンダリカサーキットのまえには露天がならんでいる

 とはいえロンボク島はまだまだやっぱり田舎だから、そのすぐ横では牛が放牧されていたりする。
 ビーチの手前には三年まえにはなかった広い駐車場ができていて、そのあたりはこれからホテルでも作る予定なのか、空き地もいくつかあるんだけど、そこも牛の放牧地になっていて、道路を牛の群れが横切ったりしていた。
 ただちょっとめずらしかったのは、これが牛といっても、水牛の仲間みたいな牛もいて、全身泥だらけなのもいた。でも、水牛といっても、ベトナムとかタイとかの田舎にいるような、ああいい角の立派な水牛ではないので、いったいどういう牛なんだろうともおもう。もっとも、水牛だって、カバみたいに水中で生活しているわけではないんだろうけど。水牛と牛はなにがちがうんだろうか。

駐車場の横の空き地も牛の放牧地になっていた


 タンジュアンビーチにつくと、まず人がおおくてびっくりした。そして、その背後の海の色のうつくしさにもおもわずため息がでた。
 人がおおいのは、きょうが日曜日ということもあるんだろう。来ているのは国内観光客がほとんどで、インドネシア人は基本的に家族か団体で旅行するから、砂浜では子どもたちがはしゃぎまわっている。まえにきたときは静かなだれもいないようなビーチだったから、まず、その人のおおさにびっくりした。それから、それに混ざるように、ちらほら外国人もいる。外国人はサーフィンをしてる人がおおい。でも、それだってインドネシア人が一〇〇人にいたら外国人が一人というぐらいの割合か。もっとすくないかもしれない。ともかく、外国人の数という意味では、きのうでかけたセロングバラナクのほうがあきらかにおおい。

このぐらいでもインドネシアのビーチでは人がおおいって感じる。もっとも日本の海水浴場なんかは、あまりいったこともないけれど、おおいなんてもんじゃないってことになるんだろう。

 それでなんとなくおもったのは、ここ三年ぐらいのあいだに、あるいはもともとなのかもしれないけど、ともかくタンジュンアンはローカル向けのビーチで、セロングバラナクはそれよりもちょっときれいな観光客向けのビーチという位置づけになったのかもしれない。
 それをいちばん感じるのは、セロングバラナクではビーチのデッキチェアとパラソルはレンタル方式で、値段も五〇〇円ぐらいだったけど、タンジュンアンのほうは、海の家みたいなカフェでなにか注文すれば、無料でデッキチェアとパラソルはつかうことができる。そのうえ、飲みものも二〇〇円ぐらいで、セロングバラナクよりも随分安い。ローカル向けのバイク式の屋台みたいなものも、こっちのほうがおおい。そんなわけだから、その辺はゴミがいっぱいおちていて、セロングバラナクはそんなことはなかった。ローカルがおおいってことはそういうことになる。欧米ではプラスチックがどうこういってるけど、こっちではまだまだゴミはそのへんに捨てるものだ。まあ、そんな雰囲気もあって、宿の二人は私にセロングバラナクをすすめたのかもしれない。

砂浜が白いから澄んだ海の色になるんだという

 そんなわけで、セロングバラナクはきれいなビーチ、こっちのタンジュンアンはちょっとごちゃごちゃしたビーチってことで、私にはそんなに差があるようには見えないけど、現地の人はそんなふうに見えてるのかもしれない、というのは私の勝手なおもいつきだ。
 ただ、これは写真を撮る人には気になることだし、たぶん最近のインスタグラムなんかで自撮りを公開したいインドネシアのローカルにもほんとうは大事なポイントなんじゃないかとおもうんだけど、たぶんタンジュンアンのほうが写真はきれいに撮れる。
 というのも、セロングバラナクはわりと平らな砂浜で幅が広いビーチだけど、タンジュンアンのほうは勾配がついていて、砂浜のほうが海よりもわりと高くなっている。だから海の写真をとるときはちょっと上から撮る感じになって、そうすると写真にしたときに海が広く見える。
 海の写真は、撮ってみると実際に見た印象よりも水面の幅がせまくなって、空と砂浜ばかりになってしまうってことがよくある。それがタンジュンアンは広く撮れるから、写真の海も広く見える。
 そのうえ、海岸のまんなかあたりに小さな丘みたいなものもあって、そこにのぼると、ずっと遠くまで海が見わたせて、そこからビーチを撮るととてもきれいだし、広い外洋を背景にして記念撮影をする人たちにもぴったりの写真スポットになっている。

 まあ、写真がきれいに撮れたからなんなんだということもあるけど、この砂浜に勾配があるというのは、波があがってこないから、海に近いところにビーチチェアとパラソルをおけるということでもある。だから、タンジュンアンでビーチチェアを借りると、海が近い。波が近くまでくるほうがなんかたのしい。そういうのも、やっぱりタンジュンアンのほうがいい気がする。

 ビーチを歩いていると、とつぜん、やあ、と声をかけられた。一瞬だれかとおもったら、けさ、キッチンで胃薬のビンの蓋をあけてくれたドイツ人の男性だった。おとといの夜に買った胃薬のビンはスクリューがこわれていたんだけど、この人がスクリューにナイフで切れ目をいれてあけてくれたのだった。
 男性はビーチチェアに横になって、ココナッツウォーターをのんでいた。タンジュアンはいいところだよね、泳ぎにきたの? なんていう。ちょっとのんびりしにきたんだとはなしをする。この人は私がいまのホテルにきてからずっといて、まだまだずっといそうな感じだけど、毎日こうやってビーチにきてるんだろう。セロングバラナクよりこっちのが好きだな、と私がいうと、彼もそうおもうって言っていた。

 それで、私もゆっくりしていくことにする。その人がつかっていた店のなん軒か先の店で、マンゴージュースをたのんでビーチチェアに横になった。

 海の色はなんていったらいいのか、ヒスイみたいな色で、それがずっと先までつづている。砂の色が白いとこういう色になるんだという。ずっと遠くのほうにサーファーがぷかぷか浮いているのが豆つぶみたいにちいさく見える。陽ざしはつよいけど、風があるから、パラソルの下にいると涼しいぐらいだ。Tシャツの上からスウェットを着て、海はいつまで見ていられた。

追記

今回の「締め切り」は写真が中心の記事になった。ふだん私は写真とテキストは分けて考えているから、ほんとうは自分のテキストに写真をそえることはしない。でも、まあ今回は特別に、こういうかたちになった。なにが特別かというと、ウェブの記事だし、というのもあるし、旅行中だし、というのもあるし、写真がうまく撮れたというのもある。この記事をつくっている今も私はまだ旅行中だ。

旅のあいだ私は毎日日記をつけていて、毎日日記をつけているのは日本でもおなじなのだけど、ともかく海外ではそれも長くなって、気づくと八〇〇〇文字ぐらい書いている日もある。それでいつのまにか午前中がおわっていて、午後は午後でプールで本を読んでいたりするから、外にでるのは夕方に散歩をするだけって日も少なくない。それで、旅をしているのか、日記を書いているのか、本を読んでいるのか、なんだかわからないような、せっかくの旅行なのになにもしない、というのはヘンなことな気もするけど、最近はそういうすごしかたが快適だ。

この日の日記も、この前後にはああだこうだと文章があって、このタンジュアンビーチへいったはなしも、その一部を抜粋したものだ。タンジュンアンビーチにはこの次の次の日にもいって、その日は平日だからだれもいなかった。日曜日にはたくさんきていた現地のファミリーはほとんどおらず、外国人の旅行者がポツポツいるだけだった。だから、ビーチなんかはほとんど貸し切りみたいなもので、その日も私はだれもいない静かな海をずっと眺めていた。そして、やっぱりその日のことも日記には書いたけど、それはそれで別のはなしってことになるんだろう。

篠原幸宏
1983年生まれ。長野県上田市出身。『締め切りの練習』を編集発行。旅行記『声はどこから』(2017)


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