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出産日記④

帝王切開後、循環器科の検査を一通り終えた明け方。

ふしぶしが痛むけれども、定期的に入れてくれている鎮痛剤のおかげで叫び出すほどではない。
というか、「痛いのも生きているがゆえのこと…」みたいな悟りの境地に至る。

入院中も職場の皆さんから「退屈でしょ?」と声をかけてもらった。
けれど今思えば入院した段階で体力が随分削られていたようで、原稿して勉強してアニメ1話観たらすぐ一日が終わり、退屈を感じる事はなかった。

元気じゃないと暇だなーって思わないんだね。

出産からの心不全から間一髪で助けてもらった私だが、ワンショットの利尿剤だけではやはり完全に肺が戻ってこなかった。
おそらく帝王切開後の妊婦さんはしばらくしたら産科の一般病棟に移されるのだろうけど、私はそんなこんなでMFICU(母体胎児集中治療室)に入院することに。

指に血中酸素濃度を測定するシールを貼り、心電図を付け、酸素吸入のマスクをして尿道カテーテルをくっつけ、血栓防止のフットポンプを足に装着している状態。
Xの八頭司颯姫ちゃんみたいにケーブルだらけ。

20年前から幸の薄いお姉さんが好きなので、一番好きなキャラは嵐さんだけど、颯姫ちゃんのクールさも捨てがたい。確か映画版ではコンピュータが人心を得て、彼女を愛するが故に殺されていたのもエモい。
実家に漫画置いてきてるので新装版買おうかな。
私が生きてる間に完結するのだろうか。

CLAMP PREMIUM COLLECTION X (1) (Kadokawa Comics A)

多感な時期にCLAMP作品にハマるとオタクまっしぐらだ。

話が逸れた。

颯姫ちゃんばりにケーブルだらけなので、寝返りをうつにも看護師さんの介護が必要。
情けないやら申し訳ないやら。「なんかもうすみません」と言い続けながら浅い眠りにまどろむ。
うとうとすると酸素濃度が下がるので、その度にビービー警告音が鳴って看護師さんが様子を見にきてくれる。申し訳ない。

8時過ぎに、夜勤のクールビューティな看護師さんが「日勤に交代しますね」と挨拶しにきてくれた。
彼女からしたら厄日だっただろう。一晩中重労働をさせてしまった。助けてくれて、どうもありがとう。
彼女のお家の庭から温泉が噴き出すみたいな、ミラクルでビッグなハッピーがありますように。

その後、夜勤明けの先生(美人その①)が家人にこれまでの経緯を電話で説明してくれた。

家人からしたら血の気が引いた事だろう。
「無事に産まれてよかったね!」と眠りについたら、朝に「アンタの奥さん昨晩死にかけましたが助けてやったんで安心してネ」と電話がかかってきたのだから。

いや〜生きててよかったね。

昼に産科の先生(美人その②)がやってきて、お昼食べられる?と聞かれる。

前日から絶食でも正直全く腹は減っていなかったが、「ハイ食べます」と口をつく。

言ったそばから後悔する。この腹の激痛で果たしてお前さん、食えるのか。
こんな時まで食い意地全開にしなくてもよかろうに。

まぁ帝王切開後のご飯はおかゆだと聞いているし、それくらいなら啜れそう。

そんな事を悠長に考えていた私の前に現れた昼食は通常食(妊娠高血圧患者用減塩食)だった。

当日のご飯は疲弊しきって撮っていなかったので別日の昼ごはん

いやいや無理ゲーですわよ。

呆然とする私を気の毒そうに見て、看護師さんが「よく噛んで食べてね」と言う。
いや、よく噛むにも限度があるだろ。帝王切開後の食事は三分粥だと聞いてるぞ。

それでも折角出してもらった食事を無碍にするのは気が引けるし、何よりなんとなく、少しでも食べないと回復が遅い気がして泣きながら食べる。
ご飯を飲み込むとお腹がビリビリするんだこれが。

指示をした美人の先生(大学院生っぽい)のことを心の中で鬼畜先生と呼ぶ。

真意は聞いていないのだけれど、おそらくむくみ防止の為に余分な水分を摂らせたくなかったのではないだろうか。三分粥なんてほぼ水だしね。塩分も控えたかったんだろう。

と、心の中で納得したけれど、だからといって痛いもんは痛い。結局数口食べて残す。

昼食も夕食も普通食だったので、根性で少しずつ食べた。

夜、看護師さんに車椅子に乗せてもらってNICUにいる娘に会いに行った。
保育器の中で眠る娘は小さく、裸に心電図と点滴が繋がれて痛々しい。それでも確かに生きていて、規則正しく鼓動を刻み、自力で呼吸もしていた。
34週で産まれた我が子は逞しかった。

産まれてきてくれてありがとう。頑張ってくれてありがとう。
ごめんね、早く産んでしまって。

ケーブルだらけの私を見て、NICUの看護師さんが「ママとお揃いだね!」と娘の心電図ケーブルを貼り直しながら言った。

すごい。心身ともにボロボロだったが一気にポジティブな気持ちになった。


その日の夜、強烈な悲鳴で目が覚める。

どうやらどなたかが経膣分娩しているようだった。
MFICUは分娩室の近くなので、普通の産科病棟より悲鳴が良く聴こえる。

頑張れ、と思うのと同時に、羨ましくって涙が出た。

だって経膣分娩できるってことは、今頑張ってらっしゃるどなたかは正産期まで持ち堪えたってことだもの。

点滴を取り付けられてガンダムみたいになってる娘の腕を思い出しながら、心の中で詫びつつ夜を明かした産後1日目だった。

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