漫才が産まれるサ店

鶴橋にある、喫茶「シェルブルー」が閉店していた。環状線の駅に併設された、なんてことのないサ店だったが、学生の頃から時折行く店だったので、寂しい。ここで自分は、本を読んだり、誰かと待ち合わせをしたり、相方と漫才を作ったり、した。長居をしても店員は完全に無視してくれるので、安心して居座ることが出来た。薄暗い照明の店内には木目調の机が並び、珈琲を飲んでいると、何分か置きに天井からゴォォォと電車が走る音が響くのだった。

なんばの、喫茶「ちりん」も今月で閉店するらしい。一階が雑貨屋で二階がサ店になっている。落ち着いた可愛らしい雰囲気で、大きめのソファーに座ってゆったりとくつろげる。大概そうしたお洒落雑貨系サ店は禁煙なのだが、ちりんは喫煙可だった。ここで自分は、本を読んだり、寝たり、恋人と会話したり、した。相方と行くことはなかった。ここもまた、長居しても店員は無視してくれるのだった。さらに、雑貨屋は夕方頃に閉まるのだが、実はサ店は、バー営業も兼ねて夜中までやっているのだった。このことを、自分は人に言わなかった。「ちりん」が好き故に、皆が「ちりん」に行くようになるのが嫌だった。

漫才作りの際は、サ店でぺらぺらと話をしながら作るのが学生の頃から慣例になっていて、自分たちは「やろか?」「ほな小便で」などと連絡を取り合い、その時によって色々なサ店に行く。小便というのは、店の名前でなく、店内が小便臭いことから自分たちがそう呼んでいるだけのサ店。どのサ店へ行っても、基本的に自分はホット珈琲、相方はアイス珈琲を、それぞれ頼んでブラックで飲むのだった。

そのうち、漫才を考えるのに適したサ店と、そうでないサ店があることに気付く。無視店員がいることは基本条件になる。ネタ作りが盛り上がってきたところで「あのう、2時間制となってますので」などと店員に横槍入れられたらかなわない。その瞬間に興醒めで、コップのお冷をがぶ飲みして勘定して出ていくことになる。BGMのうるさい店、客の多い店、禁煙の店も却下。そして、あまりのんびり出来る店も、思考が鈍り、眠たくなるから却下。雰囲気はあえて殺伐としている方が、泥々の思考になって面白いことが思いつく。そうした条件に当てはめると、「シェルブルー」はネタ作りに最適だったし、「ちりん」はあまり適していなかった。だから相方と「ちりん」へ行くことはなかった。

数々のサ店で、数々の漫才を作った。どのサ店で、どのネタが作られたのか、何となく覚えていたりする。「シェルブルー」で出来たネタも沢山ある。ネタが赤ん坊で我々が妊婦だとすると、サ店は産婦人科で、そう考えると、閉店の知らせが一段と寂しく思われる。

何もいりません。舞台に来てください。