見出し画像

パリで生牡蠣を食べる

母と私はぐったりしながらセーヌ川沿いを歩いていた。
合成のように澄み渡る青空なのに、冬のパリとは思えないほどの暖かさなのに、だ。
母も私もかなり久しぶりの海外旅行だった。勇気を出して旅行代理店に行き、6日のうち数日だけ添乗員がパリを案内してくれる比較的リーズナブルなツアーに申し込んだ。
つまり数日は自由行動で、旅好きならこの数日が本番なのだろうが、重い足取りでセーヌ川を歩くこの母娘にとっては約20年ぶりの海外旅行。そのくせなんとなくパリに行ったら楽しいことが待ち受けているだろうとさしていきたい場所も決めていなかった。結果、ツアーで有名どころをすべて見てしまった私たちは、何処へ向かったらよいのかもわからずさまようことになった。

母は英文科に通う娘なら少しは海外でもどうにかなるだろうという算段だったようだ。それはそうだ。大学に通ったことのない母は、数百万の大金を振り込んだ先で勉強している娘なら海外旅行くらいはできると思うはずだ。当の娘は英語が大の苦手科目のくせにひょんなことから合格できてしまっただけで、単語をつなぎ合わせるので精一杯だった。中学レベルの英語力でコミュニケーションの矢面に立つことに疲れてしまっていた。

ルーブル美術館からノートルダム寺院のほうへなんとなく歩く。無言の母娘の耳にかの有名なシャンソン「枯葉」を鳴らすトランペットの音色が届く。それは練習中の吹奏楽部員を思い出させるレベルのもので決してうまいとは言えなかったが、セーヌ川の景色が大いに実力を発揮してそれなりのムードが漂っていた。

お互い特に言葉も交わさずに川沿いに腰掛けぼーっとする。新米トランぺッターにより何度も繰り返される「枯葉」のサビのフレーズ。熱心に練習している彼は「枯葉『よ~』」の高音部分がうまく鳴らせないらしい。何度やっても「枯葉…ぶぅ~~」となってしまう。完璧なシチュエーションに響く間抜けな音は、たそがれているようで行き場をなくした日本人母娘に近しいものがあり、愛おしい音色だった。

そろそろ新米トランぺッターの音色を冷やかすのも飽きてきて、私たちはリヨン駅に戻ることにした。旅の拠点にしていたリヨン駅の目の前のメルキュールホテルで、日本から持ってきた旅行ガイドを読みなおそうということになった。パリ到着の日はすっかり日が暮れていて、街頭に照らされたリヨン駅を目の前に感動したものだったが、このころにはもう安心感すら覚える風景になっていた。リヨン駅まで徒歩で戻るのもなんだか億劫だったが、タクシーに乗るほどの距離でもなく、カタコトの英語で運転手とコミュニケーションをとることにもぐったりしていた。日差しはオレンジを帯びてきて、夕暮れが迫っている。

「やっぱさ、生牡蠣とワイン、やりたいよね」
「旅行ガイドにいくつかお店が載ってたから、そこから選ぶ?」
「うん…でも、知る人ぞ知る、みたいなとこ、行ってみたいな~」
母がおずおずと言ってくる。パリジャン御用達のおいしい生牡蠣の店なんて、昼間のパリですら行きたい場所を決められない私たちが知る由もなかった。
え、それ誰が探すの?と言いかけたが、喧嘩になりそうだったので、相槌だけ返してまた黙々と歩く。

でも、もう口の中はぷりぷりで塩気がきいた生牡蠣と、さっぱり辛口の白ワインだ。

リヨン駅前のメルキュールホテルのエントランスに入ると、奇跡的に旅行会社の添乗員さんがいた。初めてノートルダム寺院を見た時と同じくらい、神を信じそうになった。
事情を話すと、生牡蠣を出すおすすめのレストランをいくつか教えてくれた。おいしさレベルと異国の旅人への難易度は比例するのだろうか。味はそこそこで日本語メニューがあるところ、おいしくて英語メニューがあるところ、とってもおいしいけど、英語のメニューはあったかな…?というところの3つだ。

母は迷わず選んだ。「とってもおいしいところ、いこう。」
「だってさ、頼むのは生牡蠣一択でしょ?メニューが何語でも関係ないって!」

17時ごろに教えられた道順で店に向かうと、手足の長いアフリカ系の青年が黙々とモップで床を拭いていた。どう見てもまだオープン前だったが母が勢いよくガラス戸を引いて、一歩後ろに下がった。「先にいけ」と目が言っている。
前述のとおり英語が苦手な英文科生の私はもう嫌になってしまいそうだったが、生牡蠣のために勇気を出して青年に声をかけてみる。後ろを振り返ると、扉を開けた当の本人は店の外で待っていた。

「もうやってますか?」
絶対にまだやっていないのにとりあえず聞く。
「いいえ」
青年はちらとこっちを見て、またモップの先に目線を戻す。
まあ、そうですよねー…
「ええと…、オープンは何時からですか?」
青年は手を止めて、困った顔をしてきょろきょろしている。
薄暗いオープン前の店内に、英語が苦手な青年と小娘。
沈黙の間には調理場から聞こえるグラスを洗う軽やかな音。
まもなく、奥のらせん階段からきれいな女性が降りてきた。青年がフランス語で女性に何か話しかける。「どう見てもオープン前なのに、こんな時間から飲みたそうな人がいるんですけど」とでも言っていそうな雰囲気だ。
ふんふんと頷いていた女性がこちらを見る。
「マドモアゼル」
身に不相応すぎて、どきっとする。
「ごめんなさいね、まだオープン前なの。19時オープンなので、また来てくださる?」
メルシー、と返して店を出る。フランス語、なんだかおしゃれでくすぐったい響きの言葉である。

近くにあったアイスクリーム屋でコーヒーを飲んだり、小道で「ここが私のアナザースカイ」と言いながら写真を撮りあっていたらあっという間に2時間経っていた。
店に出直すと、テラス席はライトアップされ、先ほどよりもかなり格式高そうな雰囲気に見えた。一瞬怖気づいたがここで引いてはこの一日が本当に無駄になってしまう。もう一度ガラス戸を開けて店に入る。
唯一の先客はこぎれいな現地の男女ペア。顔を寄せ合い、静かに言葉を交わしている彼らを、テーブルに置かれたキャンドルがゆらゆらと照らしている。毛玉のついたニットで入るような店ではないことは薄々感づいてたが、美しいカップルを見て確信に変わった。

ムッシュ、という言葉の響きにふさわしい、柔和な顔つきの初老男性が私たちをサーブしてくれるようだった。くたくたのニットとユニクロデニムの二人組にも顔色一つ変えず、にこやかにコートを脱がせ、椅子を引き、メニューを渡す。

きれいなワンピースの一着でも持ってくればよかったね、とそわそわしながらメニューを開くと、フランス語のオンパレードだった。アナザースカイごっこを楽しんだ私たちはすっかり忘れていたが、ここには英語のメニューがあるかすら定かではないのだった。
ムッシュを目線で呼び止め、英語のメニューがあるかと聞く。ムッシュはオーバーに顔をしかめ、フランス語のメニューしかないのです、すみません。といって消えてしまった。
残された母娘は、わかりもしないメニューを両手で開き硬直した。まるで「目がよくなる本」を眺めるかのように文字を凝視する。なにか浮かび上がるかもしれない。そう、英語の約50%はフランス語源だと習った。きっと近い単語があるに違いない。

全く読めなかった。

生牡蠣…オイスター、うん。オイスターだな。生は…ロウ。ロウ・オイスター・プレート…ダサい。絶望的にダサいけど、きっとくみ取ってくれるはずだ。

意を決してムッシュを呼び留めようと顔を上げると、すでにムッシュは横にいた。
「やっぱり英語のメニューがなくて…。すみません、一品ずつ英語でご説明します。」
両開きのメニューにびっしりと書いてあるフランス語を、ムッシュはすべて英語に翻訳してくれた。その心意気を100%で受け止められない英語力を恥じた。ごめん、ムッシュ。わからない。でもありがとうムッシュ。
知ってる顔でムッシュの朗読を聞き終えた私たちは、少し悩んだふりをしたあとに「オイスター…あと、おすすめの白ワインを…」とだけ言った。
ムッシュはにこっと微笑んで、承った様子で席を離れる。
私たちは、ムッシュの心意気への感動と「ツナって言ってたよね!マグロ!ツナだけわかったよね!!」と学のなさをひけらかしながらはしゃいでいた。

やってきた生牡蠣のプレートは見事だった。牡蠣は日本のものより小ぶりで丸っこいものだった。ほかにムール貝とタニシのような小さな巻貝、そしてゆでたエビが乗っていた。タニシのような貝の正式名称はいまだにわからないが、どれも美味だった。レモンとビネガー、特製ソースが用意されていて、無心で食べた。
はしゃぎすぎると白い目で見られるのではないかと不安になったが、ムッシュは目が合うたびにニコっとしてくれた。安心して、また貝に舌鼓を打つ。ワインを飲んで、次はエビを食べる。徐々に客が増えてきたが、観光客らしき人は一切いなかった。地元の人が「少しおしゃれをして、いいものを食べようか」と言って選ぶような店なのだろうと思った。

危うく飲みすぎるところだったが、夜のパリは旅慣れぬ母娘にはまだ緊張感があった。
良いところで手を止めお会計をした。先ほどのムッシュがコートを着せてくれる。昼間は暖かかった気温も、夜になるとアルコールを飛ばすような寒さだった。
メルシー、と店を出て振り返ると、片手にオイスタープレートを持ったムッシュがウィンクをしてくれた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?