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築100年の空き家を松江の拠点に──地元出身の建築家が思い描く「つながり」の街並み

島根県の県庁所在地である松江市。松江城をはじめとする文化遺産にくわえ、雄大な宍道湖とそれを取り巻く山々の自然風景が印象的だ。2019年、この地にゲストハウスとシェアオフィスを兼ね備えた拠点「SUETUGU」がオープンした。設計を手がけた高橋翔太朗さんは、東京の設計事務所で働いた後、地域おこし協力隊としてUターン。自身の経験を活かした建築の仕事のほか、地域に「つながり」を作るための様々な取り組みを続ける。
(聞き手:西嶋一泰、文:宮武優太郎)

高橋翔太朗(たかはし・しょうたろう)
島根県松江市出身。近畿大学工学部建築学科を卒業後、東京の石上純也建築設計事務所、小川晋一都市建築設計事務所を経て、2016年に松江市へUターン。松江市の地域おこし協力隊として、町歩きイベント「日曜茶町」の開催や空き家と事業者のマッチング業務を行う。自身の設計事務所も開業し、複合施設「SUETUGU」などを手がける。2020年より近畿大学工学部建築学科非常勤講師。

4機能を兼ねた拠点「SUETUGU」

多創造複合施設「SUETUGU」。築100年を超える古民家を改修し、2019年6月にオープンした。この施設の改修を行い、運営しているのが高橋さんだ。

「SUETUGUは、4つの面を持つ施設です。シェアオフィスに、チャレンジショップ、チャレンジカフェ、ゲストハウスの機能を持っています。シェアオフィスには私の事務所もあります。つくった作品をPRできる場所としてチャレンジショップを備え、チャレンジカフェでは日替わりオーナーが料理を振る舞っています。地域住民の交流の場所としてだけではなく、外部から来た人が宿泊するゲストハウスの機能も設けています」

高橋さんがこの古民家に出会ったのは、松江市の地域おこし協力隊在籍時のことだった。当時高橋さんは、空き家の利活用に関わる業務に携わっていた。

「SUETUGUは、約110年前に建てられた古民家で、私が出会った時には空き家になってから15年程経っていました。元々この場所は民家でありながら缶詰工場兼店舗でもあって、ひとつの店舗として使うには広すぎます。そのため、なかなか利用する人が現れませんでした。当時私は協力隊の任期終了後のことも考え始めていたので、自分自身の建築事務所として使ってみてはどうだろうと考えるようになりました。

広い事務所があれば、そこに汎用性や拡張性を与えることができます。使い方もいろいろ考えられますし、実験もし易くなります。個人事務所としてだけではなく、人と人と、人と建物をマッチングできる場所になったらいいなと思いました

こうして始まったSUETUGUプロジェクト。まずは人の流れを生むために、高橋さんはシェアオフィスをつくろうと試みた。

「個人のオフィスだと、お客さんが来るタイミングは打ち合わせの時だけですよね。シェアオフィスであれば、利用者もお客さんもいつでも来られますし、SUETUGUにどんな人がいて、どんな仕事をしているか知り、お互いにつながるきっかけになります。それから、チャレンジショップを始めました。シェアオフィスを自身のアトリエとして活用している利用者がいたので、彼らが作品を発表したり販売したりできたらいいなと思ったからです。チャレンジカフェも同じですね。

ゲストハウスを作ったのは、宿泊するお客さんにこの土地への愛着を持ってもらいたいと考えたからです。SUETUGUの利用者と交流して「また島根に来ればあの人に会えるかな」と思ってほしい。実際に始めてみるとしっかり施設として機能していて、たとえば「宿泊のお客様がチャレンジショップの商品をお土産として購入する」といった相乗効果があります。ほかにも、広いスペースをいかしてイベント会場として使っていただくこともあります。イベンターやお客さんをはじめ、さまざまな人たちの出会いが生まれているのを実感します。

現在はコロナウィルスの影響でカフェの営業をお休みしていますが、シェアオフィスは運営しています。利用者は増加傾向にありますね。地方に住みながらオンラインで仕事をする方が増えていることも一因かもしれません」

空き家になっても使ってもらえる建物

手付かずの空き家から、地域の交流拠点へと生まれ変わったSUETUGU。高橋さんがこの場所を手がけた背景を聞いた。

「地域おこし協力隊の業務で空き家活用に関わるようになって、最初に気づいた課題は「商店街を歩く人の少なさ」でした。東京から島根に引っ越してきた直後だったので、より一層そう感じたのかもしれませんが「これが現実なのか」と思い知らされました。商店街に空き家があると、そこを通ったお客さんは寂しさを感じ、その場所をもう一度歩いてみたいとは思わなくなるでしょう」

それから空き家を活用したイベントを実施したり、空き家と利用者のマッチングを進めたり、さまざまな施策を行っていく。

「使われなくなった空き家はたくさんあります。しかし活用方法をちゃんと考えれば、どの物件も生まれ変わるはずです。当時は空き家を知ってもらうために町歩きイベントを開催しました。昔の賑わっていた通りを思い出してほしいと考え、知り合いにお願いして空き家でお店を出していただきました。「町のこういう風景が良かったよね」と地域の人に感じてもらうことが大切だと考えたからです」

空き家を通じて街並みの過去と未来を考える。高橋さんは新たな物件を手がける際も、同じ観点からアプローチするという。

「お店が新たに開店したり閉店したりするということは必ず起きます。そこで重要なのは「その物件を次の誰かがまた使いたくなるかどうか」です。使いたいと思ってもらえれば、もし傷んでいる部分があったとしても、「ここを直せば使えるんじゃない?」といったように、建物はポジティブに変化していくことができますよね。その過程で人と人との関わりも生まれるでしょう。新築物件でも同じで、いつか空き家になったとしても、また使ってもらえるような建物をつくりたいですね

建築の道へ

「私は市役所まで車で5分ほどの市街地で育ちましたが、小さい頃は宍道町の山奥にある祖母の家によく遊びに行っていました。そこには周囲に数件しか民家がなく、自然の風景がすべてでした。そんな自然環境が私の原点になっていると思います。

そういった体験がありつつも、具体的に進路を考えるようになったのは、進路選択の頃です。大学の機械科と建築科で迷っていて、「モノとして後の時代にも残るのはどちらだろう」と悩みました。機械科であればITを学ぶことができ、液晶画面のなかに自分の作品を残すことができるでしょう。しかし、当時の私にとっては建築のほうが残りやすいもののように思えました。それで建築科を選び、国内外を問わずさまざまな建築を見ました。それから仕事として建築に関わる現在に至るまで、手がけた物件が「残ってほしい」、「変化を経てもずっと使われ続けて欲しい」という感覚は変わりませんね」

高橋さんは大学を卒業後、東京の建築設計事務所で働き始める。

「最初に入った会社は、一つの仕事に対して情熱を込めて向き合う事務所でした。ランドスケープの観点も踏まえながら、建築とそれがある風景について議論を重ねに重ね、物件を仕上げる。建築というものの自由な雰囲気が流れていました。次に入った会社は対照的で、スピード感をもって住宅や宿泊施設をつくっていく事務所でした。両極端な2社で働いたことで、1社目では自然とアートの建築との関わりを、2社目では素早く仕事をこなすためのシンプルさを学ぶことができたと思います。どちらの考え方も、いまの自分をつくっていると思います」

東京でつながった島根との縁

東京で仕事の実績を積んでいくなかで、段々と次のステップを考え始める。

「東京に住んで5年が経ち、そろそろ独立するタイミングかなと思うようになりました。まずは色々な人に会ってみようと、島根に関係のある人が集う会合に出席したときのことです。「島根のためになにかしたい」という想いをもった若い方々と出会いました。それまで私は、島根出身ではあるけれども、それに対して強いこだわりはありませんでした。しかし、その会に出てから少しずつ自分の感覚が変わっていきました」

「島根」というつながりのもと、多くの人と出会った高橋さん。そのあと、松江市の地域おこし協力隊の募集を知り、関係者と話をする機会に恵まれる。

「地域おこし協力隊に関わる方々はみな「無理して帰ってくる必要はない、本当にチャンスだと思うなら来ればいいよ」とおっしゃっていました。私はその発言から、無理をしない、柔らかい雰囲気をその場から感じました。それから余計に惹かれるようになりましたね。東京にいた頃は、家と会社の行き来ばかりで、仕事の関係者以外とはあまりつながりをもつことができていませんでした。島根なら地元出身者としてもともとのつながりもあるし、それ以外の関係性もつくることができそうだと思いました。独立するにあたって、島根でも仕事をしたいとも考えていたため、松江に戻ろうと決めました」

「島根らしさ」と「その人らしさ」を目指す建築

人のつながりを通じて、松江に戻ってきた高橋さん。島根の自然に触れながら、建築と街並みの在り方について考える日々を過ごす。

「島根に帰って来てから、海や山、湖など、常に自然が近くにあるなと改めて感じています。休日には宍道湖や海沿いをドライブすることもありますね。自然と人間って、本来は近い関係性なのだと思います。この島根の自然をいかした取り組みもやってみたいです。

島根は都市部と比べて、人や外部空間との距離が近いですよね。そのため、建築を建てるときは「その人らしい家」を目指しつつも、「島根らしい家」でもある必要があります。建築はどのような環境や場所に建てられるかによって、そのあり方も変わるはずです。家の前にどういった道路があるか、遠くを眺めたらどのような景色が見えるか。そういった一つ一つの要素と環境を踏まえることで、物件の可能性は拡がります。周囲の「風景」に相応しい建築になっているかを考えながら、そこに暮らす人らしい色づけをしていくのです

つながりを作り続けるために

建築家としての視点だけではなく、ランドスケープの観点も意識して建築に関わる高橋さん。最後に、今後の目標についても聞いた。

「SUETUGUもそうですが、建物に興味を引かれ、実際に足を運び、そこに暮らす人と知り合ってもらうことができれば、建築に関わる人はどんどん増えていきます。そういった、「特定の人だけに使われる建築」だけではなく、「みんなに使われる建築」をつくっていけたらいいなと思います。今手かげている物件も、その可能性があります。もともと民家でしたが、店舗や介護施設の機能を備え、さらにコミュニティスペースも配置されています。その3つの機能を兼ねた合計400平米くらいの大規模な場所になる予定です。美容室のお客さんだけではなくて、コミュニティスペースを利用する地域の方も関わり、つながりが広がっていく建物です」

実はこの案件、SUETUGUのイベントに参加したお客さんから声がかかって始まったそうだ。

やったことや作ったものが次につながりますよね、建物と人、人と人、つながりの発展はずっと続いていくのだなと思います。その延長線上には、仕事と暮らしもつながっている。私の目標は、そのつながりを作り続けていくことです」

──自然を愛した少年は、建築を志し、人の縁を辿って松江へに戻ってきた。さまざまなもの同士の関係性をじっくり見つめながら建物にアプローチする。高橋さんは、建築を通じて島根につながりを育み続けている。