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#11「島守のうた」脚本

●【場面十九、脱出】

♪米軍の爆撃音
(横になる上里)
(横たわる上里。ポケットの碁石に気付く)
(白い碁石をつまみボーっと見つめる上里)

上里「…智…仁…勇…?…部長さん。何て言ってたっけ」
(大きな爆撃音)
上里「…智…仁…勇…。智とは何が正しいかを識ること。仁とは相手を思いやること。勇とは勇気をふるって打ち込むこと」
(ゆっくり立ち上がる。ぶつぶつと何かを言っている)
兵士A「おい、貴様!何をしている!…気でも触れたか?」
上里「…智…仁…勇…。」
兵士B[…大人しく座ってろ!…おい!座らんかぁ!」

(上里、大塚の前に行く)

兵士A「貴様~!」
大塚「(日本兵を制して)お嬢さん、いかがされました?」
上里「このままでは全員が死にます。皆を…出してください」
兵士B「アホが!敵に白旗をあげて出て行くというのか?」
大塚「どうしても出たいという奴は、勝手に行け。ただし後ろから銃で撃ってやる。」
上里「軍の片意地で多数の住民を犠牲にするのは無慈悲です。」
大塚「貴様はそれでも日本人か!」
上里「私もここにいるみんなも人間です。人間なんです!…アメリカ軍だって…。そして、あなたも!」
大塚「…なにを…。」
上里「生きて!生きて!生き抜くことを考えましょう!もはや一日の猶予も許されません。餓死寸前の県民を救ってください。人間としてどうすべきか…勇気を持って行動してください!」

(上里から目をそらす大塚)

上里「いいんですね。…皆さん、ここから出ましょう。」

(上里、住民たちと轟の壕をヨロヨロと脱出。)

上里「一九四五年六月二十五日、我々は地獄のような日々から解き放たれ、そして戦争は終わりました。…私は生き延びました。」

●【場面二十、摩文仁の丘】

爆撃音

(荒井退造とふらふら歩いている、空を見上げる島田)

荒井「うっ・・(倒れる)」
島田「荒井さん、大丈夫ですか!?」
荒井「そういう島田知事こそ、ボロボロではないですか」
島田「…そうですね」

(二人でダイノジ)

荒井「知事。私の故郷の栃木県清原村は秋になると稲穂が黄金に実って、風が吹くとサーサーと揺れてすごくきれいなんです。あれを眺めながら、母ちゃんのきんぴらごぼうを食べるのが好きでした。」
島田「きんぴらごぼうですか…。」
荒井「荒井家のきんぴらごぼうは特別なんです。…またあれが食べたいなぁ…。」
島田「私は…また野球がしたい!酒も呑みたい!…女房にも会いたい!」
荒井「アハハハ。」
島田「もう長い間、家にも戻らず。妻はアホと怒っているだろうなぁ。美喜子…すまん。」
荒井「…雨が」

(少しずつ雨が止んでいく)

島田「止みましたね。(波の音。ふと海の方を振り返る)荒井さん!」

(意識朦朧とした荒井。朝日に照らされて黄金に輝く海に、故郷の幻を見る)

荒井「…まぶしい。本当に清原村の稲穂みたいだ…。………母ちゃん、ただいま。退造は今、帰りました。」 

♪爆撃音から波の音

(島田と荒井が目にした沖縄の空と海が一つとなる瞬間。澄んだ青がまぶしい光の中に消えていく)

●【場面二十一、いま】

(老婆の上里、学生の前で語る)

上里(老)
「一九四五年六月二十三日、鉄の暴風と言われた沖縄戦は終わりました。
戦時中、島田知事、荒井警察部長の二人を中心に、県庁職員、警察署職員の決死の努力により、疎開者だけでも約二十万の命が救われました。
過酷な戦時体制下で、一人でも多くの命を救おうとした…島田叡、荒井退造。戦後、県民は二人を讃え…『島守』、そう呼ぶのでした。」

♪ヘリコプター(オスプレイ)の音

(碁石を握りしめ、空を睨みつける上里)

おしまい


参考文献 資料
「手記」沖縄戦と島田知事(隈崎俊武)
沖縄の島守(田村洋三著)
沖縄の決戦・県民玉砕の記録(浦崎純著)
沖縄疎開の父荒井退造(塚田保美著)
汚名(野里洋著)

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