無門関第四十二則「女子出定」①
無門関第四十二則「女子出定」について、綴ります。
公案の現代語訳は、こちら。
なぜ、智慧を司ると言われる文殊菩薩は、三昧境の女性を起こすことが出来ず、無知を体現しているとかなんとかの罔明菩薩は、女性を起こすことが出来たのか。
この公案に触れた際「やっぱり女は愚かで無知だからだよ。だから自分に近い罔明菩薩の方に反応するんだろう」などとしたり顔で言う男が、昔はいーーーっぱい、いたかもなあと思うと、少々腹立ちますね。
勝手に想像して勝手に腹立ててりゃ世話ないんですが、あまたある差別意識の中でも、性差別は私、どうにも我慢がならない。
何故かというとですね、性差別は、学歴差別や職業差別などと違って、「自分の意志や努力の及ばないところで最初から勝手に決まってしまう上に基本的には一生変えられない、そういう要素を、差別の材料にしている」からです。
男に生まれるか女に生まれるかは完全に運ですからね。
ちなみに私は、この公案に関して、「この女性が愚かだから」とは考えていません。
寧ろ逆だと思っている。
この公案で、三昧境に入っていた人物が「女性」と設定されているのは、無門が北宋時代の修行僧を読者として想定して入り口にしかけた罠だと考えています。
現在、スマホや携帯電話のお持ちの方は、今までに何度か、地震が起ったときに自分の端末から警報のアラームが鳴り響いたのを聴いた経験があるかと思います。
あれ、何度聴いても慣れないですよね。
心臓が跳ね上がります。
あれ、どうしてああいう、耳障りで、軽く寿命が縮むかと思うような音にしてあるかというと、「そのほうが、聞く人の意識を向けさせることができるから」なんです。
聞く人がどんな状況であっても気づきやすくなるように、わざと、ザラリとした音、多くの人が心地良くないと思う音で作ってあるんです。
もしもあのアラームが、極端な話、清流のせせらぎ音だったら、「気づかなかった」と言い出す人、大量に発生するのではないかと思います。
赤ちゃんの泣き声が、可愛いのに何故か少し耳障りなのも、おそらくこの理由です。
保護者の意識を自分に向けさせるために、わざと耳障りな声を出すよう、遺伝子によって設計されているんだと思います。
人の注意を引けるのは、大好きな音だけとは限らないということです。
むしろ、馴染みのないいやな音のほうが、一発で意識を向けさせる力は大きかったりします。
清流音より地震の緊急警報のアラームの方が、人の意識はそこに向きやすい。
けれどそれは、緊急警報のアラームの方がその人にとって身近で好ましくしっくりくる音だからではありません。
ピンとこなければ、別の方向から考えましょうか。
あなたは、お風呂に入っているとします。
気持ちいいですね。
今日はたまたま、いつもよりもちょっとだけ温度が高めの湯船が、とても気持ちいいと感じる体調でした。
そこそこ長風呂になりつつあります。半分夢心地です。
「もうそろそろ出たら?」なんて言われても、気持ちいいのでずっと入っていたいです。
湯船の温度に変化はないとします。
さて。
ここで、外から湯船に、お湯がつぎ足されたとします。
では問題です。
まず最初に、湯船の温度とほぼ同じ温度のお湯が足されました。
次に、湯船の温度より、かなりぬるーい、水よりはマシ程度の温度のお湯が足されました。
あなたは、どちらの時の方が、「もう出ようかな」と、我に返りやすくなると思いますか?
ぬるいお湯が足されたときの方でしょう?
では、もうひとつ問題です。
あなたは、ぬるいお湯が足されたときに、湯船から出たとします。
それは、なぜ、そうなったのでしょうか。
「ぬるいお湯のほうが、あなたの肌に合う温度だったから」ですか?
違いますよね。
この日のあなたは、「ちょっと高めの温度のお風呂」が我を忘れるほど気持ちよかったのです。
逆も言えます。
もしあなたが元々入っていた湯船が「ぬるーい温度」だったら、継ぎ足されたお湯の温度は、高い方が、「もう出よう」となりやすいのではないかと思います。
そしてそれは多分、「高い温度の方が、あなたの肌に合う温度だったから」ではありません。
今回の公案は、こういう構造だったんじゃないかと、私は考えているのです。
この話がもし、「目を閉じていただけで、女性の意識は普段と変わらず清明だった」という状況の話だったら、全く話は変わってくると思います。
同じ事柄を説明されるのなら、自分より遙か知的レベルの高い人の難解な説明より、同レベルの人の簡易な説明の方が理解しやすい。
高度な知が邪魔になることもある。
そういう状況の話だということになります。
しかし、今回の公案では、女性は、三昧の境地に入り込んでしまっているのです。その境地に溶けきってしまっているといっていい。
同じように見える状況でも、中身が全然違うと、私は感じています。
公案の内容に関する具体的なあれこれは、次回に綴る予定です。
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