芥川龍之介「藪の中」考察⑥
芥川龍之介「藪の中」について、綴ります。
今回から、事件の核心について考えます。
ここからは、3人の供述が、はっきりと食い違ってくるので、捉え方が非常に難しいです。
ちなみに私は現時点で、黒澤明「羅生門」は未視聴なんですが、あれこれ考えた挙げ句の内容が、万一まるかぶりしてたら、どうしよう。
一通り書き上げたら、その後観てみることにします。
今回は、事件の核心の考察の、序章のような感じになるかと思います。
詳細は、次回以降かな。
■事が済むまでのこと
多襄丸は、縛り付けた武広の前で、真砂と事に及びます。
多襄丸の目的が、真砂を掠うことだけだったのなら、武広を縛り付けた時点で、放置するなり殺すなりして、さっさと真砂のところに引き返し、強引にでも馬に乗って走り去ってしまえば済んだことです。
そうではなく、武広の目の前で、真砂を奪う。
奪ったということを、武広に理解させる。
これが、多襄丸の目的のひとつだったのだと思います。
しかし。
真砂の体を奪っただけでは、おそらく足りないのです。
武広の霊は、真砂が体の貞操を守れなかったことには全く言及しません。
大して悔しがっていない。武広にとっては、妻の体が奪われた段階までは、許容範囲内だった可能性が高いです。
だからでしょうね、武広の縄を誰がいつといたのかは、よくわからないのですが、少なくとも多襄丸は、「真砂の心が多襄丸に移った」と武広が感じていないうちは、武広の縄を解いていません。
実際、武広の霊は、「真砂が多襄丸を選び自分を捨てた」と認識した段階で、初めて激しい怒りを表しています。
そして、真砂もまた、言及するのは事後の出来事からです。
その際、「夫は無念だったに違いない」とは言いますが、自身がどう感じたかは言及しません。
真砂にとっても、完全に想定外の出来事だったわけではなさそうな感じに見えます。
ただ、真砂の供述については、理解が非常に難しい。
慎重に読み解かないと、ことの全貌が全く見えなくなってしまう、そんな予感があります。
ひとつだけ具体例を挙げるならば、真砂は「夫は無念だったに違いない」と供述していますが、「自分の貞操を奪われたことを無念だと思っているに違いない」と言っているとは限らない、というような感じです。
真砂の供述は一事が万事こんな感じなんです。
爆弾処理みたいな難しさがある。
真砂の供述については、後でじっくりと考える予定です。
■事後、真砂が何かを口にするまで
このあたりから、3人の供述に差異が表れ始めます。
しかし、何とか時系列順に綴ろうとすれば、まずはこんな感じになるでしょうか。
・事後、多襄丸が真砂に、甘い言葉をかけ続ける。
・それを見た武広がもがき始め、真砂に目で何かを訴える。
・真砂、多襄丸の言葉を聞きながら、武広の様子を目にする。
・真砂、何かを口にする。
・多襄丸、何かしらの行動を起こす。
・何かが起って武広が死ぬ。
ここのどこかに、「多襄丸が真砂を蹴り倒す」あたりは、おそらく確実に入るんですが、どこに入るのかは簡単には判りません。
真砂は「自分が武広に近寄ろうとしたとき」、武広は「真砂が、武広を殺してくれと言った直後」と供述しています。多襄丸は言及していません。
また、真砂が何を叫んだのかも、三者それぞれ供述内容が違います。
多襄丸の供述「どちらか一人死んでくれ、二人の男に恥を見せるのはつらい、生き残った方の妻になる、と言った」
真砂の供述「(言及なし)」
武広の供述「自身を連れて行けと言った。その後、あの人を殺してくれなければ一緒にはいられないと言った」
多襄丸の供述と、武広の供述は、まあまあ近いので、おそらく真砂はこういう意味の言葉を発したんだと思います。
具体的なフレーズはこれから考えます。
ところで。
真砂は「何か叫んだぎり、気を失った」と言及しているのですが、私は、このときの叫びは、上の「どちらか一人死んでくれ」或いは「あの人を殺してくれ」ではないと考えています。
このときの叫びというのは、武広の供述の「何か一声叫んで藪の奥に走った」のときの叫びだろうと、私は思っているのです。
しかし、それがどんなフレーズだったのかは、誰も言及しません。
誰も言及しないということで、却ってこれこそが、結局、惨劇の引き金になったほどの重要なフレーズだった、という気が、私はしています。
■多襄丸の行動原理
事後の多襄丸の行動には、一見、一貫性がないように見えます。
武広を一人誘い出し、縛り付ける。
真砂をわざわざ武広の目の前で手込めにする。
その後、一人立ち去ろうとする。
真砂の言を受けた途端、真砂を妻にしたいと決心する。
結局真砂を取り逃がす。
これが、多襄丸の供述です。
これに、武広の供述が加わると、もっとわからないことになります。
事後、真砂をかき口説く。そして一度は連れて行こうとする。
それでいて、真砂を蹴り飛ばしたりする。
結局、多襄丸は、真砂をどうしたかったのか。
欲しいの? 要らないの? 一見、よくわからない。
以前も書きましたが、単に奪って妻にしたいだけなら、強引にでも掠って馬で逃げれば済んだことです。
また、単に体が欲しかったのなら、事後さっさと逃げてしまえば済んだこと。
よって、「武広に、自分の女を本当の意味で奪われるつらさを味わわせたい」が目的の一つだった、と考えることは比較的容易です。
しかし、それならそれで、真砂のことは最後まで大切に扱ってもよさそうなものです。
そりゃあ殺人は大罪ではあります。「殺せ」と叫ぶなんてと、聞く方は思うかも知れません。しかし、何かしら叫んだときの真砂は通常の精神状態ではなかったのです。
そして、そうさせた責任の一端は、多襄丸にもあるのです。
何も蹴り飛ばすことはないじゃないですか。
何だか、よくわからない。
多襄丸は、真砂を、武広を、どうしたかったんでしょうか。
■未だ、藪は深いまま
結局、3人の供述は、それぞれ単体で考えていては、理解に限界があります。それぞれすべて照らし合わせて考える必要があります。
真砂の供述があまりにも判りにくいので、「真砂さえ、もうちょっとちゃんと供述してくれてれば、考えやすいのに」と一見思いそうになります。
しかし、じっくり考えれば考えるほど、「多襄丸も武広も、自分に都合の悪いところは言ってなさそう、という点では、大差がない」という気も、今の私はしてきています。
簡単には読み解けないので、時間はかかると思いますし、まとまりがない文章にもなるとは思いますが、気長にお楽しみ頂ければ幸いです。
次回は、真砂の供述を慎重に考え進める予定です。
ただし、予定は未定。
追記:難解すぎるのでしばらく中断します。
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