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カフェで会う人

さっきの興奮冷めやらぬ俺は、座れるところを探していた。ギターケースが重いしブーツの中に何か入ってるような気がするが歩く。
最近はちゃんと座って、ソーサーがついたカップで飲むコーヒーを出す店は、ちょっと探さないと見つからない。紙コップで飲むコーヒーを美味しいと思うやつらとは気が合わないから俺はいわゆる喫茶店に向かう。
カウンターに座りつつ、ダブルエスプレッソお願いします、と頼むとマスターは良い声で “はいよ” と言った。

ポケットから取り出したタバコに火をつけようと思ってから、ふと気になって小さな店内を見渡してみる。
壁に禁煙のサインがないか。誰かの席に灰皿はあるか。 子供連れはいるか。
キョロキョロと目を動かす俺を見てマスターが小さなマッチ箱が入ったガラスの灰皿をカウンターの端に座る俺に向かってすべらせた。

Caffè Giulietta.....何と読むのかな、カッフェ ジュウリエッタ?

彼はノリで襟がパリッと立ったギンガムチェックシャツの袖を肘ほどまで綺麗に折って捲り上げ、黒い別珍のようなベストを着ている。
ちらっと見えた裏地はピンクだ。整った口ひげとちょっと白髪の混じった顎髭はまるでもうそこに何十年もあるかのように渋く笑うと柔らかいであろう顔の一部になっている。まぁ、本当に笑ったかどうかはわからない。サングラスをしているから。

マスターがさらさらと豆を挽いている音を聞きながら俺は君のことを考えていた。

君との出会いは深夜のラジオだった。試験勉強だと言い訳し夜更かししていた俺の楽しみは、君が選ぶ音楽を君の声で紹介してくれる、あのラジオだった。
まるで魔法みたいに俺がむしゃくしゃしている時にはジャーンというギターを、恋い焦がれる女の子をどうデートに誘おうか悩んでいた夜にはポロポロンという音色を、俺の頭の中を覗き見ているように、君の選ぶ曲は胸を打った。
ちょっと昔の音楽だから、今時のクラブでかかる無機質な音しか聴かない俺のクラスメートたちは知らないのも気分が良かった。君と俺が好きな曲。

だいたい俺が今、せっかく今年入ったばかりの大学の授業をすっぽかして、ギターを手にしているのは君のせいなんだ。
コードはこうで、指の動きはああで、ハーモニクスは・・・とラジオ中も自由にギターをかき鳴らす君がそりゃもうカッコよくて、俺は君みたいには流暢に喋れないけど、ギターはいいんじゃないか、と買ってみたら最後、もう離せなくなった。
君が上手くなるにはひたすら練習!って言うから来る日も来る日も練習した。
俺は不器用だから人の倍は練習しないと上手くならないんだ、バスケに夢中だった時だってそうだった。

君の選ぶ音楽はどれもギターもハーモニーも美しくて、音楽って、一人でやるより友達と一緒の方が楽しいんだろうな、って自然と思ってた。だから今日思い切っていつもベンチで歌ってるあの二人に声をかけたんだ、ちょっと一緒にハモってみない?って。
こんな髪が長くて、全身緑色のロックな格好の俺だけど、あの二人がいつも歌ってた歌は知ってたんだよ。だって君と俺が好きな音楽を歌ってたんだ。

やー、あんなに爽快な気分になったことはそれまでなかったよ。三人で真っ直ぐに声を出すと翼になって、鳥になって、遠くにいるキラキラの星まで届きそうだ。あの二人も俺の声がちょうど上のパートにいい、って言ってたし、明日出るコンテストにも来いよって誘ってくれて俺は有頂天だ。
大学に行く楽しみが出来たよ。あの二人と一緒に歌うために行くんだ。ひょっとしたら運命の出会いかもしれないぞ。

ついさっき起こった魔法のようなコーラスの気持ち良さがまだ体に残っていて、明日あの二人に会うのが楽しみで仕方ない。手のタバコに火はついているけど、二人とのハモりを思い出してニヤニヤしてるから3口吸う前にもうほとんど灰になっている。
マスターが小さな皿に乗せられた小さなカップの8分目まで注がれたエスプレッソを持ってくると “何かいいことがあったんだね。ずっと笑顔だよ” と話しかけてきた。
彼に語りたい。君のこと、音楽のこと、ギターのこと、さっきの二人のこと。俺、さっきすごい友達が二人出来たんだ、って声にしたい。

“聞いてくれますか?”と言いかけたと同時に、からんからんとドアにつけた小さな鐘が後ろで鳴った。
マスターはそちらの方を見て、口ひげが曲がってサングラスから眉毛がはみ出るくらいに笑った。

“おう、何だ、久しぶりに顔を見せたと思ったらすごい荷物だな。骨董市の帰りか”

“お前がコーヒー以外の物を出すならもっと頻繁に来るんだけどな、俺はコーヒーが飲めないの知ってんだからよ。コーヒー飴は好きなんだけどな”

俺の隣のスツールに腰掛けながら喋る客の声は、どっかで聞いた懐かしいような心地いい声だ。あの二人のちっこい方の奴の声にも似てるな。

“おっ、お兄ちゃん、ギター弾くの?”

俺のギターケースを見てその客が嬉しそうに大きな笑みを見せた。笑い皺が彼の人懐っこい声を引き立てて、すごくいい人そうに見える。眼鏡の奥の目も優しい。

ちょっと顔を上げると、俺たちを見ているマスターの頬も緩んだままだ。長い友達なのかな。

ハイ、と小さく頷く俺に

“たくさん練習しなよ、上手くなるにはとにかく練習だよ!” と客はまた笑った。



・・・・あ!


シマフィー

なんとなく続くお話はこちら

*これはThe ALFEE の1979年リリースされたシングル ”星降る夜に” のB面 ”街角のヒーロー”という曲をもとに書いたフィクションです。坂崎幸之助さん作詞の今聴いても心に響くすばらしい曲です。作曲はもちろん高見沢さんです。

街角のヒーロー 歌詞

アルフィーさんは公式Youtubeがないので申し訳ないのですが、こちらの方が2019年のライブで歌われた映像をアップされてます。


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