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はじめてのおつかい(シマちゃん、30歳)

中国の大学で仕事を始めてからキャンパスを出る時は常に中国語が話せる外国人教師の同僚か英語を話す現地の教師と一緒だった。というのも私は全く中国語が話せず、1年限定の仕事(の予定だった)だということを理由に、特に学ぼうともしていなかったからだ。(*現在はアメリカ東で教師をしています)

そんな私が2ヶ月ほど経ったある日、初めて一人でお使いに出た。
欲しかったのはパンとバターだ。

大学では3食とも職員食堂で食べていた。こってこての中華で(当たり前)美味しかったのだが、毎日毎日お米と麺で、少々飽きてきたのだ。
週末は自室でパンにバターを塗って、とっておきのコーヒーを淹れ(当時中国にはスタバはなく、インスタントのネスカフェしかないため、日本から持ってきたシングルドリップのコーヒーを大切に飲んでいた)静かな朝食を楽しもう!

ちなみに職員食堂の朝のメニューは本当に素晴らしかった。
おかゆと何種類ものトッピング(私はパクチーとピーナッツが好き)、大きな肉まんあんまん、豆乳も熱いの冷たいの、水餃子、クレープのようなもの、などなど。
それでも私はトーストとバターがどうしても食べたかった。

その日の午後、中国語の辞書を片手に市場へ向かって歩いた。
一応紙にもお使いの品を書いてある。

面包(みぃぇんばぉ)と 黄油(ほぉわぁんよぅ)

もう10月だったがいいお天気だった。学校を出ると隣には一面のレタス畑が広がっている。本当かどうか知らないけれど、生徒がこの畑は学校のトイレから出た人糞を肥料にしている、と言っていた・・・・ので私はそこにいる間レタスを頑なに食べなかった。
一人で行動するのは本当に久しぶりで、追い抜いていく生徒たちが ”先生、一緒に行ってあげようか?”と声をかけるのを断り、しばしの自由を楽しんでいた。

さて市場近くのスーパーに着き、いよいよパンとバターを探す時が来た。

狭い通路を回るとパンはすぐに見つかった。思っていたようなパンではなかったがふわふわの美味しそうなパンを一袋カゴに入れる。
そして次はバター!

パック入りの牛乳(100mlくらいの小さな袋で売ってあった)やら小さなヨーグルトなどが置いてあるコーナーを見てみるが、ない。
行ったり来たりしてみるが見慣れた四角いバターも日本のようにプラ容器に入っているスプレッドのようなものも見当たらない。

いよいよ店員に聞かねばならぬ・・・・・ということで隅っこでおしゃべりしている姉ちゃんたちに近寄り聞いた

”黄油(ほぉわぁんよぅ)、有嗎(よぅま)?” 

姉ちゃんたちは大袈裟に大きな声で ほぉわぁんよぅ??? と繰り返す。
発音が通じなかったのかな、と思い手に握っていた紙を見せ コレコレ と指差す。

姉ちゃんたちは困っていた。漢字を見てもそれが何なのか知らなかった。
とりあえず油だということはわかったので油売り場に引っ張っていかれ

ほら、どの油だよ と聞かれた(と思う)

いやいや、私が欲しいのはパンに塗る油で牛乳から出来ているのだ、というのを身振り手振りと筆談で告げるが、それでも姉ちゃんたちはわからない。

後で判明したのだが当時の中国は大都市の大手スーパーに行かないとバターはなかった。何年か後にフランスのカルフールというスーパーが出来た時に私が真っ先に確認したのはバター(奶油 なぃよぅとも書く)だった。
日常的に使うものではなかったので田舎の小さなスーパーにはなく、姉ちゃんたちも食べたことがなかったのだろう。

色んな油を指さしては コレか? と聞かれるが、私は頭をぶんぶんと振り、結局はパンだけ買ってそこを出ることにした。

レジには店中の店員がわやわやと寄ってきていて、姉ちゃんたちが私が買いたかった ほぉわぁんよぅ について説明してあげていた(と思う)。
そこを出るときに、一人のおっちゃんが

”向かいの市場に行ってみな、あるかもしれん” と教えてくれた(と思う)

みなさんが一斉に道を渡った角にある大きな市場を指差し 行け行け! と叫ぶので、私はみなさんにありがとうを言い市場に向かった。
昔ながらのオープン市場で冷蔵庫などはなく、肉も魚も目の前でバッサバッサと切ってくれる市場だ。
ここには絶対にないわ!と確信していたが、みなさん見ているので向かわなければならぬ。

そして市場の入り口に差し掛かったときに見えてきたのは、片手でうさぎの耳をむんずと持ち、それをコンクリートに叩きつけているおばちゃんだった。次のうさぎも同じように叩きつけた。

それを見た瞬間回れ右し、足早に来た道を渡った。もうバターはいらんかった。

”なんでこんなとこ来てしまったんやろ”
色んな出来事と思いはぐるぐると巡るだけでどこにも辿りつかない。
30歳の初めてのお使いは暗く寂しく辛い帰り道で幕を閉じた。

シマフィー 

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