「好き」と言う勇気

小さな頃からゲームが好きな私は、みんなが外で遊んでいる間も家にこもりピコピコと楽しんでいた
家族はゲームをしている私を見て「好きなものならいい」という考えでいてくれたから好きなものに没頭して日々を過ごす
でも、その考えは私が中学生になる頃少しずつ不安に変わっていき「外で遊ぶことも大事、友達と遊んだら?」と声をかけられるようになっていく
子供にとって、親の心配は気にしていないようで心に根深く残るものだった
ゲームをしている間は没頭してそのことしか考えてないから良いとして、問題はその前後
学校に行ってる間は、周りが遊ぶ約束などをしてる時私は家に帰ってからのゲームについて考えながら寝ていて
帰ってからはもちろんゲーム
次第に好きなゲームにも嫌悪感を抱いてしまっていた

中学2,3の頃に周りにイケてるグループの友達が出来始めて、変わるタイミングなのかなっと思った
その当時は歌い手などボカロが好きで聴いていたが、それを隠し無理やりラジオを聴いて周りに合わせていた
ゲームもしていたが、隠し周りとの付き合いを大事にした
インドア派の為見た目に無頓着だったのを無理やりオシャレ情報誌を買って真似したりもした

卒業間際になると、グループの中でもいわゆる「ノリのいいやつ」になっていたが内心は「しんどい」「つらい」「隠さないと」という事でいっぱいだった
色んな建前の嘘をついてまで偽ってた
親も、楽しそうと安心していたが今思えばプレッシャーだった
決して親は悪くない、でも自分で枷を加えていた

そんなイケイケキャラの中、高校に進学
高校になったらもっと偽らなければならないと気張って登校した
すると、おかしな事に気づく
工業高校に通っていたので男しかいない
誰も自分を飾り付けることなく、好きな事を隠さず好きと言い合っていた
その人達はいわゆるオタクであった
皆から話を聞くと「クラスの端っこでラノベを読んでた」という
そういった人しかいない高校だった
最初こそ、中学とのギャップで気持ちが悪かったけど途中からは居心地がよく素で自分を出せていた

好きな事を好きと言えた

それが何より大きかった
周りを気にせず、自分の事に没頭でき、何が好きかハッキリわかった
いい意味でワガママになれた
ここでは何も偽らずに過ごそうと決意

好きな事を言い続けたら同士ができ、親友ができ、彼女が出来た
偽ってグループに入っていた数万倍楽しい人生が、そこにはあった
親からの心配をものともせず好きに没頭すると次はやりたい事が出来た
それに準ずる場所に進学を希望した
私の親は「あなたのやりたいことをやりなさい」と言ってくれた、本当に感謝しかない

だが、問題は別の所にあった
担任だけは許さなかった
「好きなだけで生きていけると思っているのか、甘すぎる
お前は工業の成績がいいんだから工業系に進め」と言われた
でも、工業は好きではなかった
そもそも、高校も別の事を勉強しに来たのにいつの間にか軸がずれていた
もちろん、担任を振り切り大学に入学

今もなお、大学で好きな事を勉強している
ルールはひとつ

好きな事に素直になる事

#好き #エッセイ #身の上話 #自分語り

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?