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【書評】『ゲームの王国 上』何かを変えようと思ったら、二つの方法がある

すごく面白くて、目を背けたくなった。

続編を早く読みたい、だけどその結末から目を背けたい。

小川哲『ゲームの王国 上』

ジャンルはSF、ディストピア。

SFといっても色は濃くない。
惑星間旅行は実現していない。デジタルなデバイスを駆使した人たちも出てこない。

現実に非常によく似た世界での物語。

伊坂幸太郎さんの世界観に通ずるものを感じる。現実の中の非現実というか。文庫本の帯のコメントも印象的。

印象的だったのは、前半と中盤以降とのイメージの変化。

カンボジアの国民の暮らしを圧迫する政権、革命を成し遂げようとする組織、超人的な能力を持つ子ども。

前半パートは舞台説明が大部分で読みやすい。
400ページあるけどもう100ページか。これならスッと読めるな。
そんな甘いことを考えていた。

中編パート。
政権が倒され新たなリーダーとなる組織、掲げる理想、新しい導き手への国民の期待、そして、

生々しくて残酷な現実。

新時代への高揚感、解放された国民の安堵した様子、次のリーダーはきっと素晴らしい世界を築いてくれるに違いないというカンボジア国民と読者との一体になった期待。

その全てが叩きのめされる。


これまでの俺たちの苦悩の日々は何だったんだ。
あのカタルシスは何だったんだ。
革命が起きて、世界は救われたんじゃなかったのか。

絶望の後に待ち受けていたのは、違う絶望。

後半パート。
幕をあけた"新しい世界"、争いも略奪も無くなった"素晴らしい世界"。

教師や医者、賢い知識人。
処刑。

リーダーの考えに反発する人たち。
処刑。

少しでも規則を破る者、認められていない所有を行う者。
処刑。

掲げられたハリボテの理想に、わずかでも抗う者はみな処刑される。まるでゲームの世界のように。

新たなリーダーへ向けられていた怒りは、いつの日か味方であるはずの者へと向けられていく。


知識人がいないことにより医療や教育が著しく衰退。国民は互いに密告し合う。いがみ合う。密告された者が待ちうけるのは、壮絶な拷問の末の処刑。

あまりに生々しく、凄惨な世界。
浮かび上がる悲惨な情景。ページをめくる速度が急激に落ちる。

上巻はここまで。
読み終わって振り替えると、自分が読んでいたのは伊坂幸太郎ではなかったことに気がつく。ジョージ・オーウェル『1984年』だった。

超人的な能力を持つ人たちがいる。天賦の才を持つ、嘘が見抜ける、土と会話できる、輪ゴムで占える。

そんなやつらであっても、新しいリーダーには新しい仕組みには歯が立たない。

ならどうすればいいのか。
作中、何度か出てくる表現がある。何かを変えようと思ったら、二つの方法がある。と。

一つはルールの中で最大限の振る舞いをすること。
超人的な能力を持つ少年ムイタックはゲームのルールを瞬時に理解し、最高のパフォーマンスをする。

でも、これでは新しいリーダーには、新しい仕組みには歯向かえない。
能力者の彼らでも、勝つことが出来ない。

なら、残されたのはもう一方。
もう一方は新しくルールをつくってしまうこと。
自分が作ったルールなら、負けない。
彼らに残されたのは、この道しかない。

ムイタックは、一度ルールをつくる。
だけど、力及ばずに崩れ去る。

続きは下巻。希望がどこにもない。くそみたいな世界。それでも、頼むぞ。

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