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「こういうの」って「こういう」の?〜『こういうのがいい』(双龍/YJコミックス)感想文

家宅を夫の同僚が訪れ酒を飲みながら夫とTENGAの話で盛り上がっていた時の事だ。
男は熱弁していた。TENGAがあれば女はいらんと。女と致すより余程楽ちんで気持ちがいいと。
私は肴をテーブルに運びながら、
「今は女性用もあるらしいですね。IROHAでしたっけ?」
と相槌を打った。男は突然興醒めしたようにスンとなり
「あー…ハイ。そっすね」
と話題を切り上げた。
人の家にあがりこんで、人の妻に酒と肴を準備させておきながらセックストイの話で盛り上がろうとした己を恥じた訳ではなかろう。
女が男同士の話題に首を突っ込んだからテンションが落ちたのだ。女が大人のオモチャの話をするなよと。

ノーモア彼女、グッバイ彼氏。

となりのヤングジャンプで掲載中の「こういうのがいい」(双龍/YJコミックス)の第一巻の裏表紙に記されている言葉だ。

主人公の友香は、彼氏の考える「友香ちゃん像」に耐えられなくなり別れを切り出す。もう一人の主人公・元気も、彼女の求める「誠実彼氏像」に応え続けるのが嫌になり別れを切り出す。もうしばらく彼氏(彼女)はいいや。そう思っていた時に二人は趣味のオンラインゲーム飲み会で出会い、意気投合してそのままラブホテルで夜を過ごす。

どれだけ歳を重ねても、わからない事の数が減らなくて、中でも「恋人ができた途端、恋人に様々な要求を重ねる人間」の気持ちが私には理解できない。恋人には自分の理想通りでいて欲しいのか、付き合う前からやっていた事に口出ししてきたり、やった事もない事をしてほしいと頼んできたり。相手側としては、自分と付き合いだしたんだから、気になる部分があれば自分にあわせて"修正"してほしいのかもしれないが、下ネタを封じられ、こういう服を着て欲しいと要求され、ルールもわからないスポーツに同行させられ、BLの鑑賞を禁じられ…それ、相手は私じゃなくて良くないですか!?
しかしこの辺の駆け引きが男女交際は難しい。
要求に応えなさすぎると誠意がないと思われる。そもそも応えなさすぎるという行為自体も、「変わる気がない」というこちら側の意志の押し付けだ。
…とか考えているうちに夜中にぶわっと溢れてくるのだ。

めんどくさっ


恋人じゃないけどセックスはして、でも性欲だけで継続しているセフレでもない。それってどういう関係?
気が合いすぎてラブホテルへ飛び込んだ二人がコトに至る前に交わす会話がある。

元気「…しても何も変わらないよな?」
友香「変わるとすれば私のスケベに遠慮がなくなることじゃ」
「こういうのがいい」一巻より抜粋

都合よくセックスできる相手が欲しいと思っている立場だとしたら(←元気の事ではない)、これほどラッキーな会話はないだろう。しかし大切なのは、友香が元気を喜ばせようと思ってこの言葉を口にした訳ではないということだ。してあげる、じゃなく、したいことをする。我慢しない。けど、相手に自分の価値観を押し付けない。すごくユルくて都合が良すぎて、こんな関係不可能!と思ってしまいそう。実際かなり難しいと思う。お互いがしっかりと「個」としての自分を持っていて、「こういうのは嫌」。「こういうのが好き」!と全てに感度が高くなければあっという間に相手のペースに飲み込まれるだろう。しかも相手の嫌に対して、そうかそうか、ならばこちらはどうだと不機嫌にならず柔軟に対応していかなければならない。
エッチなシーンが多いのでそちらに目が行きがちだが、これは対話で互いの理解を深め合う男女が織りなす、新しい関係を模索する物語なのだ。
印象的なシーンがある。
前人未到の新しい男女関係(後に彼らはフリーダムフレンドと名付ける)への第一歩を踏み出した夜、からの翌日。ラブホテルを出た二人はファストフードで朝食を頼む。友香はパンケーキセットにすると言い、元気は期間限定グラタンバーガーセットにしようかな、と決めかけている。パンケーキの魅力をひとしきり演説する友香に引っ張られるように、元気がついパンケーキセットを注文するとーー

元気「なんでお互い相手が頼もうとしたやつにしてるんだ」
友香「釣られやした」
「こういうのがいい」一巻より抜粋

元気はパンケーキ、友香はグラタンバーガーの乗ったトレイを持って精算所を出てくるのだ。自分の「いい」だけがベストではなく、時として相手の「いい」に惹かれてしまうこともある。譲り合ったつもりはない。遠慮もしてない。相手の意見も聞いてみて、そっちが魅力的に思えたから選択を変えただけ。これが二人にとって「こういうのがいい」関係なのだ。

元気と朝ごはんを食べてそれぞれの帰路につく途中、友香は前彼の好みに合わせて伸ばしていた黒髪をばっさりと切り落として目にも鮮やかなピンクボブに変身した。友香にとってこれが一番自分らしいスタイルで、一番魅力的な形なのだ。下ネタは好きだし部屋は片付かないし、スケベにも遠慮がないけど、ちゃんと他人と渡り合える。理解し合える友がいる。

社会で最も大切なのは譲り合う心だと、刷り込みのように思わされているがそればかりじゃ窮屈ではないか。相手の良きに計らってばかりいると、いつまでも自分が満たされない。かといって、相手に譲ってもらってばかりでは平和に暮らせない。しかし実際のところ、どちらかに偏っているのが現代人だろう。他人に譲らずに自分も満たされるのは大変難しい。難しいからこそ、「こういうの」としか表現できないのである。


双龍 著「こういうのがいい」
最新刊3巻は発売されたばかり。友香のむちむちの太ももが毎回好もしい

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