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ボディコンと、着ぐるみと。クリエイターネームの由来の話

東京で暮らしていた小学生の頃、隣の部屋に住んでいたお姉さんはほとんど毎日朝帰りしていた。お姉さんは出かける時と帰ってくる時で服装が違う。玄関から出てくる時は白いブラウスに暗めのジャケットとタイトスカートという真面目な格好なのに、帰ってくる時は大抵スカーフみたいにつやつやで総柄のピタッとしたワンピースだった。出掛ける時は額に降りていた前髪が、帰ってくる時は常に逆上がりしている。

お姉さんは近所付き合いにあまり興味がないらしく、エレベーターで一緒になっても私に声をかけてきたりなんてしない。こちらはマンション内の大人にはきちんと挨拶しろと言いつけられているため、すれ違えばとりあえず挨拶するのだけれどお姉さんは良くて目礼、なんなら聞こえなかったふりでシカトする。スマホも無かった時代だ。画面に気を取られてという言い訳すら成立しない中、堂々とシカトするお姉さんは当然のようにマンションの老若男女から評判が悪かった。

「あの人商店街の郵便局で働いてるんだよ。仕事が終わると電車に乗ってディスコで一晩中踊ってるんだって」

同じマンションにすむアスカちゃんが教えてくれた。

「へぇ〜、ディスコってあれでしょ?扇子をこうやって振る…」

私が頭の上で手を八の字に回す仕草をやって見せると、アスカちゃんは大笑いしてこうだよ〜と言いながら体を捩らせさらに扇情的に踊ってみせた。2人でああだこうだと言いながらくねくねと腰を振りつつ登校していると、犬の散歩をしていた近所の爺さんに破廉恥な真似するなと注意された。

「エッチだって」

「怒られちゃったね」

大して反省もせず、その後は大人しく学校を目指したが心は興奮ではち切れそうだった。商店街の入り口にある、古い小さな郵便局。何度も行ったことがあるけど、あの何処かでお姉さんが働いていたなんて。出勤前の、あの地味な印象のままなら気づかなくて当然かもしれない。でも日が暮れて、あんなのどやかな職場から一歩外に足を踏み出したらお姉さんは変身するのだ。てらてら光る薄い布地を身に纏い、逆上がりした前髪で冷たいピンクの口紅を引いて。アンタたち全員つまんないのよという顔をして、商店街を飛び立っていくに違いない。テレビでしか見たことがないミラーボールに照らされながら、爺さんが破廉恥と言い放ったあのダンスを踊りつつ、頭上で羽がついた扇子を振るのだろう。お姉さんの身体を蔦のように這う羽根でできたマフラー、汗ばむ肌を青白く浮かび上がらせるライト、それを目的にディスコまでやってくる男たちの視線(*すべてワイドショーで得た情報です)

エロい。

私が知らない真夜中という時間に、そこを生き甲斐、人生として蠢いている人たちがいる。日中は地味な勤務服に身を包んで素知らぬ顔で働いているけど、時がくればぺりぺりと皮を剥いでもうひとつの姿に変身するのだ。

あれから二十余年、深夜にひとり冷たい床に寝そべりながら私の皮は、そして皮の内側に潜む実体は一体何なんだろうと考える。お姉さんほどイケイケな女に成長する事もなく、私が統べる夜は動画配信サービスとそれを肴に飲む酒が忠実な僕だけれど、これが皮を脱ぎ捨ててまで熱狂している自分の生き甲斐かと問われれば返答に詰まる。正直、皮の外側も内側もさして形態が変わらない。これを平和と呼んでいいのか。

「リラックマってね、背中にファスナーが付いてるんだよ。中に何が入ってるのか、それは誰も知らないの」

学生時代、ショーコちゃんが教えてくれた。ギャルギャルしい外見にそぐわず彼女はリラックマが好きだった。シンパシーを感じるのだと言う。ふわふわの毛皮のその奥に彼女は一体何を秘めていたのだろう?

今ならわかる。纏いで隔たられる外界と内界。その明暗のコントラストが高ければ高いほど人は魅惑的に映るのだ。ショーコちゃんも恋多き女だった。

能楽用語で動物役に用いる毛がついた装束を「もんぱ」と呼ぶそうです。このnoteは外界と内界を隔てる纏いが機能してるのかしてないのか、いまいちよくわからない私の心に移りゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくるそんな場所にしてみようと思いスタートしました。更新ペースも決めていませんが、もし少しでも面白いと思っていただけたらどうぞお付き合いください。




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