人生を変えた一冊、蒼天航路
人生を変えた一冊。
それは、王欣太(キングゴンタ)先生の「蒼天航路」です。
ご存知でない方のために一言で説明すると、「三国志の漫画」。
「漫画?情報量が限られてるし、本と比べたらたいしたことないでしょ?」などいう方がいたら、世界中の漫画ファンを代表して、私が一発ペチンとひっぱたいて差し上げます。
「無人島に本を持って行くとすれば?」「死ぬ間際、枕元に置いておきたい本は?」「人生を変えた一冊は?」
いずれの問いに対する答えも、蒼天航路。
小学5年で吉川英治さんの「三国志」を読んで以来、約30年。横山光輝さん、陳舜臣さん、北方謙三さんなど様々な「三国志」に親しんできましたが、その中でも秀逸でお気に入りの最高傑作。
本は年200冊ほど(漫画や雑誌を除く)読みますが、再読する本はほぼなく、今なおときどき思い出しては再読、再再読、再再再読、再再(……もういいですね)するのは、蒼天航路だけ。
大人の鑑賞に十分耐える,いやむしろ,相当程度の読解力、理解力が要求され,子どもに説明を求められると答えに窮する描写もあるので、R15〜R18指定とした方がいいかもしれません(実際、作者のゴンタ先生も小中学生は厳しいんじゃないかなあ、とおっしゃってました)。
モーニング(講談社刊)誌上の連載は2005年に終了しましたが,不朽にして不滅の名作。
「具体的に,どこがいいの?」と聞かれると,沼にハマってる私が客観的な説明はもはや困難ですが、しいてコンパクトにまとめるなら、以下のような感じでしょうか。
●「乱世の奸雄」として悪役イメージのある曹操を主人公にして,三国志界にパラダイムシフトを巻き起こした
●フィクションの多い三国志「演義」ではなく正式な歴史書である「正史」をベースとしつつ,斬新な解釈に基づくストーリーを展開
●曹操、劉備、孫権などの主役級に限らず,登場人物ひとりひとりのキャラクターが狂おしいほど人間くさく魅力的
●九思一言的に思考と感情を極限まで凝縮し、余白の解釈を大胆に読者に委ね、読むたびに新たな発見や感動が喚起される名セリフ
●アドレナリンが爆発する戦闘シーンから、ウェットで切なく優しい描写まで,大胆かつ繊細で圧倒的な絵力
百聞は一読にしかず。
しかし、ここに漫画をペタッと貼るのはマズいと思われるので、たとえば以下のセリフを考察してみましょう(その三百七十九「戦線」より一部引用)。
「春風桃花(とうか)のころに契りを結び 以来 大旱(たいかん)に雲霓(うんげい)を望み四十年」「今 乱世に わが大王の道を拓く!」
ちょっと、難しい言葉が並んでとっつきづらいかもしれませんが、大丈夫です。わかりやすく、順を追って説明します。
セリフの主は,三国志上最強といわれた武将の関羽(トップ画像の人物)。
劉備,関羽,張飛の三人は,若き日に「生まれた日は別だけれども,死ぬ時は一緒だ!」「乱世を治めよう!」と桃の花の下で,義兄弟の契りを結びます。
この、義兄弟の契りを結ぶこと自体、洋の東西を超えて類を見ない、きわめて稀な熱い絆です。
しかも、親きょうだいの裏切りすら日常茶飯事の乱世にあって、3人はこの誓願を生涯貫き通します。
漢朝末期の混乱の時代、劉備たちは流浪に次ぐ流浪を重ね、10年、20年、30年、40年戦い続けても、寄って立つ地盤を得られません。
関羽、張飛も天下無双の豪勇を誇りながら、その比類なき武を発揮するのは、もっぱら負け戦の時ばかり。
しかし、「流浪の大器」といわれ続けた劉備は,ついに50代半ばで天命の地「蜀」を得ます。それまで劉備を守り、逃げ続けるばかりだった関羽も、反転攻勢を開始。
桃園の誓いから40年。40年ですよ!この時、関羽は50代半ば。
大旱(たいかん)は大ひでり、雲霓(うんげい)は雨の前ぶれとなる雲や虹のこと。まさに、大干ばつ時に雨を乞い願うような切実な気持ちで、劉備が花咲く日を40年も待ち望んできた。ようやく、その時が来た。
関羽の侵攻は、主君であり長兄である劉備のため、天下統一に向けた第一歩。思う存分、最強の武を振るう喜びに、関羽の胸はどれだけ躍ったことでしょう?
現代にたとえるなら、「おれたちは義兄弟!死ぬまで一緒だ!」と15歳で誓いを立てた3人が、起業、倒産、離散を繰り返し、しかし心は決して離れることなく、50代でようやくブレイク。
一躍、世間の注目を浴び、第一線に躍り出た状況であり、現代の感覚ではとても考えられません。
1800年前の当時も、中華の3分の2は曹操が支配しており、天下統一まであと数年と目されている状況だったので、流浪の弱小オジサン劉備の活躍は、想定外中の想定外だったでしょう。
以上の文脈を踏まえて、あらためて関羽のセリフを読むと、「うおおおおお〜っ!」と万感の思いが押し寄せてきませんか?
ああ、絵がないと、片手落ちどころか両手落ちで伝わらないかもしれませんね……
さて、「人生を変えた一冊」という意味でいうと、蒼天航路を読んで人生が変わった、具体的な事件があったわけではありません。
今なお、現在進行形で影響を受け続けており、その存在は常に寄り添ってくれる友であり、親であり、師であるといえます。
「人生を変え続けている一冊」といったら言い過ぎでしょうか?
前職の退職を決断した際、転職活動した際にも、大きな支えとなりました。
曹操なら、劉備なら、孫権なら、どうするか?荀彧なら、郭嘉なら、諸葛亮なら、どんな策を立てるか?関羽なら、張飛なら、夏侯惇なら、どんな気炎を吐くか?
気宇壮大な天下人の志や気概を、自分の中に取り込む。名軍師を招集して、脳内妄想会議を開く。天下無双の武将になりきり、気合いで難局を吹き飛ばす。
この効果は、抜群におもしろく、痛快です。(やりすぎるとアブナイ人になります)
さあ、あなたも蒼天人になってみませんか?
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