狂気を孕む 第一章 九話
「まず、二人のトークルームを開いてくれ。今回亡くなった木下樹から送られたメッセージと動画は同時刻で合ってるか?」
「あってるよ」
「よし。私はチャットツールに詳しくないのだが、同時に二人以上へ動画を送信することはできるのか?」
御門は基本メールを使用しているため、SNSに疎かった。メールで一斉送信が可能ならばチャットも可能だろうと思っているものの、念の為確認する。
返答は、予想していたものだった。
「可能ですよ。……ですが」
「疑問だよねぇ。動画見た限りだと先輩は悠長にトークルーム開けないでしょ。自分の死に様までバッチリ載ってるのにさ」
翠の言葉の先を引き継ぐように、深海は言った。
バッサリと言い切っているものの、動画の内容を思い出して青ざめていた。
御門は頷きながら口を開く。
「十中八九、ナニカだろうよ。木下樹と電話した相手が姉君でなく、ナニカだとしたら、ある程度知識を持っていたって不思議じゃない。まあ、そう考えるならナニカは知性を有しているという限りなく厄介なことになっているわけだが」
「確定でしょうね。なんせ、子供に擬態できる」
今度は翠がキッパリと断言した。
動画ではハッキリと映っていないものの、音声を聞く限りナニカは最初、子供に擬態していたと見ていい。もし、場所が外であれば疑問に思わなかっただろうに、現れたのは木下樹の祖母宅。知性はあれど、常識やらは疎い印象だ。
「うへぇ……怖過ぎて鳥肌立ってきた」
深海はゾゾゾと肌の泡立った腕をさする。
「なぜ、お前たち二人に動画が送られたのか。その意図が読めない。無差別なのか、狙っての行動なのか……彼の関係者にも同じように動画が送られている人がいないとも限らないからな」
「……そうですね」
なぜ自分たちなのか。それは翠と深海も考えていたことである。通夜に出ている関係者は、木下樹の突然の死に動揺していた。特に、親族は大層悲しんでいた。仮に動画が送られていれば、もっと取り乱すのではないだろうか。それに、通夜どころじゃないはずだ。
「ところで。確認なのですが、送られてきたおまじないを亡くなった彼のお姉さんが行ったということでよろしいんですかね? 僕は彼のお姉さんが亡くなっていたことを今日の通夜で知ったばかりでして」
「ハァア!? お前、知らないで話に混じってたワケ!?」
「お二人の話を聞いてなんとなく把握しました。何も知らない僕からすれば、あのメッセージに合っったおまじないは気味が悪いもの以外のなにものでも無いので」
目を剥いた二人に翠はサラッと言う。
そんな姿に、深海はありえないものを見る表情をし、御門は「ははは」と乾いた笑い声を零した。
「普通気になるでしょそこはぁ……下手したら俺とセンセ、オカルトマニアの変人に思われてたってことじゃん」
「今思われていないのですから、結果オーライでは?」
「マジかよお前」
そうして、夜は更けていく。
同時刻。総合病院から二駅の飲み屋街、一見さんお断りの隠れ居酒屋に和夫は居た。
個室制で、防音もされているため内緒話に適した場所だ。現に、客で賑わう店内は人数に反して人の声がしなかった。
和夫は、焼き鳥をかじりながら正面に座る男を観察する。
少しだけ草臥れたスーツはシャツが第二ボタンまで開けられており、ネイビーのネクタイは雑に胸ポケットへ詰められている。ジャケットは隅に放られ、捲った袖から逞しい腕が覗いていた。四十代前半といったところか。
「ーーそれで、話とは」
和夫は、ビールとつまみがある程度揃ったところで、そう切り出した。
「ーー木下美桜」
ポツリと名前をつぶやく。
「知っていますよね」
「……そりゃあ、もちろん。なんせ、私が担当医でしたから」
和夫は、ビールを一口飲み、なんともない顔でそう言った。なんだか、あまり美味しくない。
男は枝豆を一つ摘み、口に入れた。
「彼女について、なにか知っていることはありませんか。なんでもいい」
「……それはまた、どうして」
純粋な疑問だった。男の職業柄、漏洩はしないと思うが医者が患者のことを第三者に話すのは決して褒められたことではない。むしろ、処罰ものだ。正式な要請がない現在、おいそれと話すわけにはいかない。
唐揚げを口に放り、男の言葉を待つ。
「ーー彼女の弟さんが、亡くなりました。死因は異なれど、彼女と並ぶほどに酷い死に方だった」
和夫は息を呑んだ。思わず、胸ポケットに手を当てる。
そんな彼に、男は鋭い視線を向けた。
「なんと……」
「まだ報道もされていない事件です。担当は外れてますが、部署内ではその話で持ちきりですよ。姉弟そろって、酷いことになってしまった」
グラスに入ったビールを見つめて、どこか悔いるように男は話した。
その様子に、なにか感じ入るものがあった。
若い命が凄惨な方法で摘み取られたことに対する怒りだろうか。それはわからない。
ビールを一気に煽り、ダンとテーブルに叩きつける。
驚いたように和夫を見た男へ、真剣な表情を向けた。
「わかりましたよ、刑事さんーーどうにも、信じられないような話です」
そう言って、そっと胸ポケットから一枚の写真を取り出し、刑事に見せた。
刑事は、ひゅっと息を呑む。
その様子を見つめて、和夫は語ることにした。
彼女と自分の周囲で起こった、不気味な出来事をーー。
前作↓
次作↓
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?