狂気を孕む 第一章 八話
深海たちは、突然声をかけてきた青年に驚き、警戒を露わにした。
青年は手を挙げておどけて見せる。
「嫌だなぁ、そんなに警戒しないでくださいよ。僕は、ただ貴方方も同じ映像を送りつけられたのか聞いただけです」
「胡散臭ぇ、なぁにコイツ」
深みの辛辣な一言は、幸い御門にしか聞こえなかった。
御門は青年をじっと見据える。
シルバーフレームの眼鏡をかけ、ウェーブがかった髪の青年だった。一見冷たい容貌は、艶やかな笑みを携えると誠実さを醸し出す。しかし、それは相手によって胡散臭くも見え、御門たちの印象はは後者だった。
「すみません。会話を聞いてしまいまして……内容が他人事ではないと感じ、思わず声をかけてしまいました」
「盗み聞きか?」
「結果的には、そうなりますね」
悪びれもしない態度を見るに、聞いたのは本当に偶然で、聞き続ける判断をしたといったところか。
うっすらと隈がある。眠れていないのだろう。
「友達いなさそぉ」
「なっ……」
「こら、深海!」
「しーらね」
深みの発言が図星なのか、はたまた気に障ったのか、青年は固まった。張り付けられた笑みも消え、目を大きく開いて、口はへの字だ。
「つか、お前誰?」
深海は尋ねた。
「あ、ああ……失礼しました。僕は翠。水の木に翡翠の翠と書いて、水木翠と申します。以後お見知り置きを」
紳士然とした礼をしながら青年ーー基、翠は言った。
「ふぅん、あっそ。仕方ねぇから俺も自己紹介すんね。……黒田深海。黒い田んぼに、深い海って書く。よろしくしなーい」
「ええ。よろしくお願いしますね、深海さん!」
「お前話聞いてた?」
辛辣な深海に図太い精神を見せつけてくる翠。初対面であるのに、何故だか会話のリズムが合っていた。
二人のコントのような会話を制止するように、御門が口を開く。
「……あー私は御門尊。御門に尊いと書く。一応、大学の教授だ。専門は民俗学。よろしく、水木」
社交辞令として述べる。
すると、深海がすぐさま却下した。
「よろしくしなくていいよ、センセ!」
「なぜ貴方が言うんですか深海さん! ……コホン。御門教授ですね。よろしくお願いします」
深海に文句を言いながら、一瞬で好青年じみた笑顔を浮かべる翠。それがまた胡散臭いのだと言う深海。
……最近の若者は仲良くなるのが恐ろしく早い。そう思うと、何故だか二人揃ってーー。
「仲良くない!」
「仲良くないです!」
そう叫んだ。
場所を変えて近場のファミリーレストラン。夕食どきを過ぎ、人がまばらな店内で三人は最奥のソファ席に揃っていた。
堅苦しい上重苦しい喪服のジャケットを脱ぎ、空いたスペースに置く。
深海は鞄の上に、翠は膝の上に置いた。
「とりあえず、適当に何か頼もう。私の奢りでいいから」
水を飲みながら言うと、深海は嬉しそうに笑う。
「やったぁ、ラッキー!」
「僕は自分の分を払いますよ」
その言葉に、深海は怪訝な表情を作る。
「はぁ? 何言ってんのお前。こう言う時は奢られときゃいいんだよ! ありがとうございますって言うの!」
「ですが僕は今日が初対面で……」
「んなの関係ねぇし! お前が払うんだったら俺も払わないとダメじゃんか!タダ飯ほど美味いもんはないんだよ!?」
「貴方、本音がひど過ぎますよ!」
ぎゃあぎゃあと店の迷惑にならない程度に言い合う二人。やはり、仲がいいと思う。
御門は「いいから決めろ」と促した。
三人の注文の品が届き、一息ついた頃。
「それでは、動画について話しましょう」
翠が口火を切った。
しかし、深海が待ったをかける。
「それよりもぉ、お前と先輩の関わりについて知りたいんだけど」
「先輩?」
「故人だよ。木下樹。彼は私達の大学に通う四回生だった」
御門が補足を加えると、翠はなるほどと頷く。
「そう、ですね……。木下さんは、僕を昔虐めていた……本人曰く、イジっていた張本人になります」
「いじめ?」
御門は問いかけた。
思わぬ関係性だったからだ。
「はい。眼鏡を取ったり、人を雑菌呼ばわりしたり、リンチしたりと……まぁ、小学生時分の話ですが」
翠は、どこか苦々しい顔でそう言った。
「……マジ?」
唖然とした顔で深海は問いかける。
「嘘言ってどうするんですか」
「ええ……うわぁ、マジかぁ。全然そんな雰囲気ないのに」
「ああ、あの人、擬態は上手いので」
「は? いや、先輩じゃなくてお前のことだけど」
きょとんとしながらそう言った深海に、翠は呆気に取られていた。
御門も深海の言葉に頷く。
そう、見えないのだ。この食えない性格の翠がかつて虐められていたなど。たった数十分の付き合いでも心底驚かされる事実だった。
「先輩が昔虐めしてたとか別になんとも思わねぇけどぉ……お前が大人しく虐められるタイプとは思えないんだよねぇ」
「は、はぁ……」
翠は困惑してる様子だ。
「当時は困惑が大きかったのでやり返そうとは思えなかったんですよ。…。年月が経つごとに、少しずつ感情が伴ってきているように思えますが」
その言葉に、深海は興味がなさそうな相槌をした。
「……それじゃあ、そろそろ本題に入ろうか」
御門の軌道修正に、二人は頷いた。
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