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思春期の亡霊を蘇らせる 『爆ぜる透明』

2018年abemaTV「日村がゆく!」バナナマン日村さんに紹介されテレビやYoutubeで話題沸騰、からのサマソニ出場、からの活躍めざましい、静岡県在住高校生アーティスト、崎山蒼志さんのことを書こうと思う。

精神の檻を揺さぶり厳重に閉じ込めていたサムシングを叩き起こすし、中毒性が高いし、生半可な覚悟で聴くもんじゃないと思っている。そうなってもいいと思う人だけ読んで欲しい。 


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彼のメロディ、辞、ギターが世に放たれるや全国各地に静かに激震が走った。私もふとYoutubeで彼を見てからというもの目が離せなくなった、膨大にいたであろう30代40代男女のうちの一人だった。

当時、私は小さいながら会社を経営しており、勢いに乗っていたといえば乗っていた。その後、すぐに火の車となり悪戦苦闘することになる。その萌芽はすでにあったものの、まだ休みを取ろうと思えば取れる精神状態だった。

気づけば、静岡駅そばの小さなライブハウスで開催されたライブのチケットをTwitterDMで予約していた。ちなみに主催者もシンガーソングライターの高校生だった。高校生から彼らの親や親より上の世代も一緒に盛り上がる、音楽愛と地元愛の強いとても素晴らしいライブだった。(サマソニ出演前)

当日、数々の田んぼを新幹線で抜き去り、一人会場へ向かった。席に着くと、それほど離れていない場所に順番を待つ16歳の天才がいて、にわかファンとして、一言だけでも「めちゃくちゃ感動しました」と伝えたくて伝えたくて、しかしどうしても勇気が出ずそのまま彼らの音楽をとにかく全身で浴びて、共演者のイケてるおじさまとおばさまとお話しして、新幹線で帰ってきた、それが昨年夏の私の精神活動におけるハイライトだった。


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Youtube越しにいちばん最初に聞いた時。一一度聞いて衝撃を受け、もう一度聞いて心の琴線を静かにパワフルに揺さぶられ思わず涙。

初めて聞いたのにこの感じ、私知ってる。。

誰だろう?

七尾旅人さんの初期の頃の歌い方、ナンバーガール向井修徳さんのどうしようもなく切ない感じ、曲の感じは、うーん...スガシカオさんの短調の感じ?などを想起してみたけど、それとはまた全く別物で。



(その後、上記のみなさんの曲も彼は聞いていたしそのほか大勢のアーティンストの曲を聞き、小説を読み、作詞作曲をしているとインタビューで読みました)


もしまだ彼の作品を聞いたことのない方はまずはこちらをどうぞ。紹介したい曲が多すぎるのですがまずはこちら。まずは、って2回言ってしまった、ちょっと落ち着こうか。。

『爆ぜる透明』

これはソフトバンクが作ったPepperの4歳の誕生日のタイアップスペシャル動画。

Pepperがこの曲を聞き終わり、感想を聞かれた時の言葉がこれ。

「(しばし呆然とし、我に返り)あ、ごめんなさい〜、感動していろいろ思い出しちゃいました〜 ほんっとうにありがとうございます。」

そう、私が言いたかったのはまさにそれ。さすが感情生成プログラム搭載ロボットPepperくん。

私はこの曲を聞いている最中、時空間を吹っ飛ばされた気がしたのだった。いや、たしかに白っぽい景色が周りに広がるまっすぐ続く道の上にいた。

しっかり格納していた思い出、感情のいろんな扉がひらいてしまう、自動的にスパスパとひらいて、でも不快ではない。

私は作曲やギターのことはわからないながら(詳しい人によれば大変すごいらしい)とにかく言葉の強さ鋭さ、尋常じゃなかった。

爆ぜる透明、このタイトルからして何かが襲ってくる想定はしていた、でも想定以上すぎて。

これは何と言われたら散文詩だと思います。正直、意識で読んでもちょっと意味がわからない。

でもこの一つ一つの言葉が無数のドアを開く暗号のような働きをしている。それが快感すぎて...特に解放への予感としぶとい諦念のようなものの反復、それが彼の声、が組み合わさったの破壊力たるや。


2018年、会社経営の面から私は個人の感性をだいぶ押し殺した年だった。もともと個人ブログなどで自由に書いていた文章をほとんど封印して、会社のためにひたすらにメールし、書類をつくり、役所へ行き、調整をする日々だった。思うことがあっても、まずはしのごの言わずにやるまでだと思っていた。

その胸の奥の奥に閉じこめていたはずの、熱くて脆くて強くてどうしようもなく禍々しく、生々しい塊が息を吹き返したようだった。

これを、思春期という三文字で片付けたくはなかった。


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歌詞が素晴らしいので以下全文を引用させていただき、私の感想を述べます。


爆ぜる透明 

明日の今頃には
錆びついた心が溶けて愛されるってさ
いつかの今頃にはこの白い窓の向こうで
汚れた嘘も綺麗になって
君の汚れたところもかすんだ雲にぼやかして
笑うリンゴみたいな笑い顔でむらす意味を
 明日の今頃には 
たくさんの笑い顔の目元の雨が笑う

神様ももういないみたいだ
どこまでも行こうかな
君の呪いは解けなさそうだけど
神様ももういないみたいだ
冷え切った目つきで笑う
眼球にこびりつく涙

透明に溶け始める
色彩と涙に溶け始める
体さえも言葉さえも
白い川に弾けて
体に冷えつく

君の汚れた心も
霞んだ雲にぼやかして
笑うリンゴみたいな笑い顔でむらす意味を
明日の今頃には
たくさんの笑い顔の目元の雨が笑う

神様ももういないみたいだ
どこまでも行こうかな
君の呪いは解けてしまった
神様はもういないみたいだ
冷え切った目つきで笑う
眼球にこびりつく
君の呪いはもうとっくに
神様はもういないみたいだ
冷え切った目つきで笑う
眼球にこびりつく涙

歌詞全文は以下動画より引用させていただきました。
(こちらでは曲全体を聴くことができます)

https://youtu.be/AKFd0IStLKA



印象的なのは「愛されるってさ」という伝聞、「神様ももういないみたいだ」と推測が使われているところ。それから「君」と「神様」という曖昧な存在。

冒頭、「明日の今頃には、錆びついた心が溶けて愛されるってさ」
これは誰に聞いた話なのでしょうか? 思いもかけない福音のような、俄かには信じられないような。その後の言葉からは、もうそれを受け入れてもよいかな、という心構えが感じられます。“あるとき、不意に心がそんなお知らせをくれて、それを信じてもいい気がしたんだ”ということなのかもしれない。

「神様ももういないみたいだ」
神様って誰?どんな存在なのだろう?次には「どこまでも行こうかな」と続く。神様がいなくなってしまえば、どこまでも行こうかな、と思える。確実に自分より上にいる、あるいは自分を拘束していた、そんな存在。それは親かもしれない、ルールかもしれない、会社かもしれない、自分の思い込みかもしれない。それが、いつのまにか無かった、ということに気づいた。その虚無感、ちょっと心もとない自由さ。清々しい幕開けの表現なのかもしれない。

「君」
どんな存在なのだろう。「君の呪いは解けなさそうだけど 神様ももういないみたいだ」この対比、「君」は誰か具体的な自分に関わりのある人間で、「神様」はその背後にいる存在なのかもしれない。“まだ実際には誰かの言葉や誰かとの関係性に支配されているんだけど、でも、本当はその背後には実態がないことを、僕は実は知っているんだ”そんな密かなる勝利宣言。さらには、どこまでも行く過程で、具体的な誰かからの呪いも解けてしまう。支配されながらもすでにその事実を知っている、そんな力強さ。

「冷え切った目つきで笑う 眼球にこびりつく涙」
開けた道を知ってはいるけどまだ傷は癒えたわけではない、前に進みながらも冷たく重いものを引きずっている、そんな痛みの象徴。爆ぜる透明、つまり涙はずっと、やっぱり、眼球にこびりついている。


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最後に、昨年夏の私に劇的に刺さり眠れないほどの中毒性を発揮した曲の数々を貼っておきます。ぜひ聞いてみてください。


『heaven(ヘブン)』


『国』 ←左の文字に貼ったライブ音源のリンクからぜひ聞いて欲しいです。一時的に埋め込みができないとyoutubeに言われたため以下MVの方も貼っておきました。


『ソフト』


『チャコールグレイのガール』


(初出 2018年初夏  一部修正加筆)



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