『朱塗りの間』

今日は、嫌なバイト…いや手伝いか、お小遣いを貰える訳ではないが、ただ手伝いをするために人里離れた田舎へと足を向けていた。

自分は大学生で、今は夏休みである。

「お前、暇だろ?」と言われ、否定出来ない自分が悩ましくもあった。
そして呼ばれたのは同じサークルの奴の家である。厳密にいうと彼の祖父母の家で、古民家を好む彼は、その家で民宿を始めたいと思っているようで、片付けを手伝って欲しいと頼まれたのである。

しかし自分は、あまりそういった古民家と相性が悪いのだ、そう…必ずでは無いが〝視える体質〝なのだ。だから足が重いのだ。

だがしかし、これといった断る理由も思いつかず、しばしの間を置き、話を受けざるを得なくなったのである。

一時間ほど歩いただろうか、家に至るまでのバスは数時間に一本しかなく、そこからさらに歩かねばならなかったのである。だがその家には、温泉が引かれているらしく興味を持ってしまったので引き受けたのだった。

やはり安易に話を受けるべきではなかったのだろうか。否、最早ここまで来てしまったのである手伝いを早々に終わらせ温泉を満喫し帰りたいところである。

やっとの思いで辿り着いた古民家の蔵で友人の彼は、既に作業を始めており

「おぉ、遅いぞ!」

などと言われてしまったが、致し方あるまい、こんな山奥である。

──時間がかかるのも仕方がないだろう。内心そう思ったが口にはしなかった。代わりに休みの日に呼び出されたのである、嫌味の一つ言っても構わないであろう。

「こんなに山奥だとは、聞いてないぞ!地図を見ただけで来るのを辞めても良かったんだぞ!」

そう言い放つも、ここまで来てしまったのだから、手伝いをする他あるまい。

「で、何処を手伝えばいいんだ?」
「あぁ、大きいモノは、後日業者が来るから手を付けなくていいから、母屋の二階の奥の部屋の古本を整理してほしい。主に種類ごとだな!
大事な資料があるかもしれないから、そこにある新しいダンボールに分けていって欲しい。俺は蔵のほうを片付けているから」

「わかった」

そう返事をしてから土足でよいか、と確認を取り母屋へと向かっていった。
今にも足をかけると落ちてしまいそうな階段を、ギシギシと音を立てながら上り、ざっと二階を見わたし一番奥の部屋へと向かった。古くなっている障子を何とか力ずくで開け部屋の中を見た!

〝朱塗り〝の部屋だった。
そこは書斎であったのであろうか、本がたくさん山積みになっており、足の踏み場がほとんどなかった。
他の部屋は普通だったが、何故かこの部屋だけが朱塗りであった。

しかし気にしても仕方がないので手前からさっそく作業へと取り掛かった。

本の状態を確認しつつタイトルを読み分け、分からないものは、中身をパラパラとめくり確認し廊下へ少しずつ分けていく。そして、少し本が集まった山から順番に外のダンボールへと運び詰めていく。

──どれぐらい作業していたであろうか

たしか来たのは昼くらいであったはずである。日が暮れ始めたのか部屋が薄暗くなってきた。

──携帯で時間を確認する。17:00頃であった。

小腹も空いてきた頃でもあった。疲れもある。
なんといっても二階と外を行き来してたのであるのだから疲れもするだろう。

一応、道中パンを買い水筒に飲み物を持って来ていたので、勝手に休憩を取ることにした。
玄関付近の階段に腰を下ろしパンを食べながら、冷えたお茶を流し込む。
──あぁ美味い
玄関は開いている、日がくれ始めた時間である。
ひやりとした風が吹きこんでくる。

───疲れたなぁ

そう1人ボヤいたのち、また作業へと戻ることにした。
──あと1時間くらいで今日は、終いかな

そう思うと作業もなんだか捗っている気がする。
随分進み今は、机付近を攫っていた。

ヒヤリ…

一瞬であった。触れた本のどれかから、そんな感触を得た。

───ヤバい!しかも先程迄は、無かった背後の押し入れからも気配がする

咄嗟に振り返る。しかし何もない…だが嫌な気配は、消えない…

──もう作業は、終わりだ。これ以上は、ダメだと直感する。
机付近の最後の本の束を持ち、急いで階段を下りて外へと向かう。
玄関を一歩出たところであった。体が動かない。
冷汗が止まらず体も動かない、金縛りである。

──間に合わなかったか?!

パタり…パタり…何かが滴っている

血だ。

瞬間、鼻血かと思ったが違う
とめどなく視界の中で血の雨が降りはじめる

自分の周りだけが血溜まりになってゆく…
背後。ぐしゃり、ずしゃり…ずるり…
何かが歩み寄ってくる。
どんどん近づいてくる。
視界が朦朧とし、吐き気がする
─── 躱しきれない
恐怖で体が震える

ずしゃり…ずるり…ガシャリ、ずしゃり…ずるり…

徐々に近づいてくる気配
そして徐々に視界に入ってくる黒い何かが自分の周りをぐるりと這いずっている…

心臓は高鳴り続け、冷や汗も止まらず戦々恐々とする気配が、ただ早く通り過ぎるのを待つ他なかった…

視界の端に蔵で作業する奴と目が合った。

彼には、何も視えていない様だ。

口をかろうじて金魚のようにパクパクとさせてみるも、彼には何も伝わらず怪訝な顔をしている。

──彼にしてみれば自分はただ、立ちつくしているに過ぎないのだろう。

しかし、その間にも黒い気配は、ただただ自分の周りをゆっくりと周っている。

──早く消えろ!!

そう強く念じ続けた。

1周した頃、気配はやっと玄関から二階へと去るのを感じた。瞬間、視界が鮮明になり、膝から崩れ落ちる様に、その場にへたり込むと彼が駆け寄ってきた。

どうした?と聞かれ全容を話すと

「やっぱり?」と笑われ、ある曰く付きの話しをされた。

内容は、ほぼ同じ。

しかし憑いているのは部屋の壁か天井板に使われた板にあり血の痕が浮き出るため赤く塗り潰し、札を貼り、物置きとする事で封じていた、という事が分かった。

だから、あの部屋だけが〝朱塗り〝なんだと彼は、祖父からそんな話しを聞いていたものの、まったく何も感じた事が無かったため「視える奴」とわかってて俺に手伝いを頼んだのだと白状した。

───嵌められた!と怒りが湧いて来るものの体験した後では、意味は無い。ただし翌日以降も手伝う約束をしていたが「2度とこの家には関わらない」と断言し、興味深い本のみ大学で見せてもらう約束だけをし、早々に帰路へとついた。

奴は何ともないので泊まりで作業するらしいが…もはや自分には関係のない事だ。

おそらく彼の身には、何も問題は起こらないのだろう。

鈍い…とゆうのは何とも言えない気持ちになるが大事には至らないのなら、いいのだろう。と、放っておくことにした。

すっかり日が落ち帰り道がかろうじて見えるうちに早々に山を降りた。

──山にも出る、のだ。

何とか最終バスに間に合い、席についてやっと恐怖から逃れられた気持ちになり深くため息をつき、生きた心地のしなかった状態から解放された俺は、翌日、念のため神社でお祓いをしてもらい安心する事ができた。

――やはり視えるというのは、慣れないが視えてしまうから気を更に引き締めて平穏な日常を手に入れたいものだ

と、物思いにふけた。

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