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「苦にならない」と「ワクワク」

こんにちは!士載です!

「失われた二十年」と言われる頃に
社会に出た「氷河期世代」に対して、
「自己責任論」が主流だった頃の、、
「その人の個人的な責任」を強く責める
「社会的風潮」が最近緩和されてきて
いるのは、風潮としてイイです。

けれど、その「失われた二十年」の頃に
「社会の中枢」に居た人の責任という意味で、
「社会のせいだ!」と居直るのも
「どうなのかなぁ?」と私は最近、
思っています。

(私も後者の考え方に傾く傾向性が、
最近までありました。)

日本人って、「同調圧力」の影響を
強く受け過ぎる傾向があるので、
両者の中間くらいの考え方が出来ると
丁度イイのかな?と思ったりします。

(中庸ってヤツですね。)

そこで、思い出してみたいのが、
「苦にならない本業的活動」と
「ワクワクの源になる副業」を
両方持つという考え方です。

スピリチュアリストの江原啓之さんが
二十年前くらいから言っていたコトで、
「稼げる主体である『適職』」と
「心が満たされる『天職』」の
両方を持つという考え方です。

重要なのは、
「苦にならない適職だから、
手を抜かずにやる」し、、
「心が満たされる天職だから、
本気で取り組む(楽しむ)」っと
いうコトです。

そこのトコロが、
「全てソコソコの出来で満足する」
「ナリワイ」とは根本的に考え方が
異なるトコロです。

「適職」も「天職」も手を抜かずに
やるから、心から充実する。

そして、「適職」と「天職」があるから、
どちらかが行き詰っても、「逃げ道」がある。

そして、エネルギーが切れたら、
休息を摂ればイイのです。

私の場合は、小中学校の頃には、
勉学が苦にならなかった方なので、
医療福祉の勉強をしたり、調べ物を
するコトは苦になりません。

そして、写真散策をするときには、
「本気」でやります。

やっと「生き方上手」になってきた
感じがしています。


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