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3.11 復興日記②「仮設診療所のスタートと苦労」南三陸診療所 歯科口腔外科部長・斎藤政二 Dentist Diary ―Recovery from the Great East Japan Earthquake 2011

 2011年3月11日、宮城県南三陸町にある、5階建ての「公立志津川病院」は4階まで津波に襲われ、甚大な被害に遭いました。
 週刊「日本歯科新聞」では2011年7月~2012年2月まで、歯科口腔外科部長の斎藤政二先生による、コラム「復興日記」をほぼ毎週、掲載しました。深い悲しみを抱えながら、仮設診療所「南三陸診療所」で、地域医療の復興のために仲間と取り組む様子を、静かに、そして熱く、時にユーモラスに記した文章は、読む人を励ましてくれるものでした。
 本コラムは「3.11歯科界の記録という書籍に収められましたが、東日本大震災から長い年月が経つ中で、より多くの方と記憶、記録を共有したいという思いから、全文を公開することにいたしました。
 ご許可をいただきました斎藤先生には、心より御礼申し上げます。
 なお、医療施設の名称や肩書きなどは2012年書籍発行当時のものです。

(文・写真ともに)
 
公立南三陸診療所(現・南三陸病院) 歯科口腔外科部長
 斎藤政二


学生時代の友人らからの支援


 3月29日、総勢60人のイスラエル医療団がベイサイドアリーナで診療を開始した。これは、2008年の宮城内陸地震の際、南三陸町が栗原市に救援活動を行った恩返しとのことで、栗原市の佐藤勇市長が学生時代に留学経験のあるイスラエルに救援を要請し、成立した。

 6棟のプレハブで4月10日まで診療を行ったが、その後は公立志津川病院が仮設診療所として引き継ぐことになった。しかしながら、イスラエル医療団に歯科ブースはなく、使える器材は全くなかった。そのような中で、ジーシーから、歯科用ユニット、コンプレッサー、バキューム装置などが提供された。
 4月18日から公立志津川病院仮設診療所は開始したが、歯科口腔外科はユニット設置の遅延から、21日となった。そのほか、松風、モリタ、スリーエム、オサダ、ケーオーデンタル、歯科技工所の方々が災害見舞いに来られ、支援物資として器材などを提供してくださった。それでも、まだまだ足りない物がたくさんあった。

埼玉県の益子祐二先生からのヘーベル。「天行健 君子以自強不息※」の文字が。
※天の運行が健やかで正確であるように、君子は休むことなく自ら強い意志を持ち、
発展させ続けなければならない、の意


 私は学生時代、サッカー部で活動していたが、全国の先輩や後輩から、「大丈夫か?」という安否を尋ねる電話が来るたびに、「元気です。いらなくなったけど使えるような器具があれば、何でもいいからください」と遠慮なく頼んだ。この時ばかりはサッカーというスポーツは人数が多くてよかったと思った。

 秋田からすぐに器具類を持ってきてくれた先輩、東京や静岡から車いっぱいに日常品や材料を持ってきてくれた後輩たち、九州から飛行機とレンタカーで来てくれた先輩など、学生時代と全く変わらぬ情熱を持って会いに来てくれた。大学に所属していた口腔外科の同僚や先輩にもヘーベルや鉗子類をおねだりした。ヘーベルなどには名前が刻印してあり、使うたびに懐かしい顔が浮かぶ。診療中もその都度、胸が熱くなる。
 それでもまだ足りない物が多かったが、私とは全く無関係の、会ったこともない茨城、神奈川、名古屋や大阪の歯科医師の先生方から、携帯に電話があり、「私たちは、南三陸町を支援します」と物資を頂いた。本当にありがたい。日本はすばらしい国だと感じた。

 仮設診療所ではレントゲンが設置され、より正確な診断を行った上で、いわゆる“根拠に基づく治療”ができるようになった。根治・根充やインレー形成・印象など、震災前はごく当たり前の治療だったが、そんな当たり前の治療が普通にできたときは、ものすごい充実感があった。
 ライフラインが復旧して、久しぶりに炊きたてのご飯を食べたり、久しぶりにお風呂に入ったりした時の感動に似ている。約26年携わってきた基本的な歯科治療は、日常不可欠な生活の一部なんだと再確認した。

 ある時、難抜歯の際にマイセルがなく、ヘーベルの柄をマレットでたたいて骨削除しながら骨癒着した残根を抜歯した。この時ばかりは、口腔外科を標榜している私の血が騒いだ。

(日本歯科新聞2011年8月9日号)

笑顔の下の深い悲しみ

 
 患者を診療する際はカルテ作りから始める。カルテも津波ですっかり流され、紙切れ1枚も残ってないからだ。私のかかりつけ患者の家族から、御遺体の身元確認を頼まれた時も「私の記憶から意見を述べることしかできません」と言いながら協力させていただいた。
 不明者が多く、90%以上が溺死で遺体損傷が激しい本震災では、口腔内所見は身元確認のための貴重な手掛かりになる。初診時のデンタルチャートを記録する際は、以前より丁寧になった気がする。

 仮設診療所に来る患者さんは、震災前と雰囲気が変わった方が多い。その理由の一つは服装だと思う。支援物資から配給された靴を履き、服を着ているので、以前のようなその人なりの個性が感じられないためだと思う。 ある時、キティちゃんのTシャツを着て、同じくキティちゃんのサンダルを履いていた年配の女性に「かわいいですね」と言ったら「支援物資です」と言われ、何とも気まずい思いをしたことがある。

 また、死者・不明者が人口の6%以上にも上るこの町では、患者さん本人が元気でも、身内で死亡・不明者がいるというケースは多々ある。以前、お母さんと共に治療に来ていた女子高生に、「元気だったか。お母さんどうした?」と気軽に聞いてしまったところ、「お母さん、アウトでした」と明るく返され、言葉に詰まってしまったことがある。表面は明るいのだが、それだけに計り知れない悲しさを感じてしまう。

 そのようなことがあったので、治療の際にこちらから家族の安否を尋ねることはしなくなった。患者さんに、「元気でよかったね」と声をかけ、「あの日はどこに逃げたの?」という程度しか聞かないが、それでも家族のことを話し始める方もいる。

 母親と来て、いつも泣きながら治療を拒んでいたが、何とか治療していた6歳の女の子がいる。津波で母親を亡くし、今は父親と来ているが、ずいぶんお利口さんになったように思える。私もスタッフもちょっとしたことを褒めながら、気分を盛り上げて何とか治療している。

 理想的な口の健康とは何か?
 理想的な口腔衛生状態とは?
 そう考える時、口だけではなく、精神面やほかの健康面も考慮しなければならず、通り一遍にはいかない。この震災で、個人個人の背景にも配慮した、カスタムメイドの診療が大切だとあらためて強く感じた。

(日本歯科新聞2011年8月23日号)

暑さでハエとトイレに苦労

 
 6月に入って診療中にウグイスの鳴き声がする。
 ホーホケキョと鳴くのはオスで、接近するほかの鳥に対する縄張り宣言だということである。
 のどかな山の上は3月11日を境に大勢の人や車などが集まるようになった。ウグイスの鳴き声を聞きながら治療するのは何とも風情があってよいのだが、ウグイスにとっては、この騒がしくなった環境が迷惑なのかもしれない。

 6月30日。東北地方は2、3日前に梅雨に入ったとのことだが、よく晴れて、とにかく暑い。エアコンの設置されていないプレハブ内は36℃にも達した。扇風機があるが、焼け石に水である。
 患者さんは汗だくでユニットに座るが、治療が始まるとさらに汗が出てくる。治療中、熱中症に注意しなければならない。特に高齢者には「大丈夫ですか?」と声をかけ、その反応をうかがいながら治療を行っている。

南三陸町で必需品となったハエたたき。まさか診療室で必要になるとは。


 また、ユニット周囲にはハエが飛び交っており、気になる。ハエの数は日増しに増えてくる。根治の時、リーマー片手に邪魔なハエを払いながら治療している右手は、さながらオーケストラの指揮者のようだ。あまりにもリズミカルなので、ハエのしつこさをあらためて感じる。
 患者さんの口元に来なければいいなと考えるが、一度、口の中に入ってしまったことがある。「まずい」と思った瞬間、歯科助手がすかさずバキュームで吸い込んだ。ホッとして、心の中でつぶやいた。「グッジョブ」。

 この蒸し暑い時期、仮設トイレは強烈に臭い。何とも言えない上昇気流、こもった室温に排せつの開放感などなく、自ら拷問部屋に入ったようだ。入った途端、クラッとする。臭い時、換気扇をつけたり、音が気になると、さらっと水を流しながら用を足していた3月10日が懐かしい。レストルームという表現とはほど遠く、便所の原点を感じる。

 また、このトイレは男女別でない。トイレのドアを出た瞬間に、つい先ほどまでアシスタントについていた女性スタッフが隣のトイレから出てきて再度顔を合わせることもある。いわゆる連れションであるが、目と目が合った瞬間、意味もなく「おぅ」と言ってしまう。何とも新鮮な雰囲気だ。

 さらに、この仮設トイレはドアノブが操作しにくく、内鍵が分かりにくいのが難点だ。トイレのドアを開けたら、ご老人の先客がその最中ということもしばしば。「あっ、すいません」と謝るが、和式形態のトイレにしゃがみながらこちらを向いて動じないおばあさんには恐れ入る。時々、入ったはいいが内側から自力でドアを開けられず、次の使用者がドアを開けてくれるまでジッと閉じこもった状態で待ち続けるご老人も。

 被災地での災害、すなわちこれも二次災害と言えるかもしれないと思った。

(日本歯科新聞2011年8月30日号)



本コラムは下記の書籍に収録されています。


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