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〔質の担保2〕医療広告を規制する理由? 【⑪Another view 医療システムの過去・未来・海外】

 こんにちは。歯科医院経営・総合情報誌『アポロニア21』編集長の水谷惟紗久です。
 本コラム「Another Viewー医療システムの過去・未来・海外」は、「どの国の医療制度が良いのか?」「歯科と医科はなぜ分かれているのか?」など、医療とお金にまつわる疑問を世紀からの歴史的背景からひも解いていきます。

 

1.  18世紀、何でもありの医療広告


医療の質を担保するのに意外に重要な役割を果たすのが「広告規制」です。

18世紀のイギリス都市部では、顧客を広く集めるため、医師や、医薬品の過剰な広告宣伝が見られました。

現在では広告規制で「一発アウト」と考えられるような誇大広告、虚偽広告が目白押しでした。
 

2. 経歴詐欺、2つの事例


■ 事例1

Ruspini, Chevalier, A Treatise on the Teeth, London, 1797.

このシリーズ第2回「18世紀・英国デンティストに学ぶ歯科マーケティング」に登場したシュバリエ・ラスピーニという歯科外科医は、当時、医療先進国と考えられていた「イタリアのベルガモ大学医学部で学位を取得した」と経歴をアピールしていましたが、この学位記は真っ赤なニセ物だった疑いがかけられていました。

彼はイギリス各地、東インド会社を通じてアメリカやインドにも販路を広げた歯みがき粉やチンキ剤、そして、「非凡なる止血剤」(An Extraordinary Styptic)として当時有名になった薬の宣伝パンフレットには、必ず、この学位記のコピーを添付していました。

この「非凡なる止血剤」の宣伝は、「動脈からの出血も立ちどころに止める」という信じがたい効果効能をアピール。海軍や東インド会社の士官や上流階級のご婦人方からの「このおかげで助かりました」的な手紙をパンフレットにして出版するなど、メディア戦略も先進的(?)でした。

ラスピーニは、経歴詐称を含む広告宣伝に関連して、印紙法違反で司法のお世話になったこともありましたが、驚くべきことに、そうしたことは彼のキャリアに全く影響がなかったばかりか、その後も同じ宣伝を続けていたようです。
 

■ 事例2

Chester Chronicle Chester, Jun. 6, 1776.

もう一つ。当時、イギリスで一番有名だった「王室付き歯科外科医のトーマス・バードモアの弟子だった」と勝手に宣伝し、バードモア本人から「そんな人、知らない」と否定されても新聞広告に同じ宣伝文を載せ続けたロバート・ウーフェンデールも、今で言えば、立派な学歴、経歴の詐称に当たるでしょう。

こうした誇大広告や虚偽広告は、患者さんをミスリードするだけでなく、医療の品位を損なうという意味で、医療団体の側でも神経をとがらせています。

現在は、医療広告が持っている「患者さんに対する情報提供」というプラスの役割の反面、「あやふやな情報で自院に誘導」というマイナス面が問題と見なされ、ネット社会に対応する形でより厳しく規制する傾向が強まってきています。

3. 経歴詐欺2人の世界的な功績!


ちなみに事例2で取り上げたバードモアとウーフェンデールは、相次いで砂糖が歯の健康に悪い影響を与えることを最初に見つけた功績で、今では揃って世界歯科連盟(FDI)のサイトで紹介されている著名人となっています……。
 

4.  小さい文字の広告は、識字率の低さのため


ちなみに、18世紀の新聞広告は、いずれも小さなスペースに小さな文字で、目いっぱい色んなことを書き連ねる傾向があります。

これは、新聞が読める程度の識字能力を持つ人は18世紀のイギリスではごく少なかったことが影響しています。

コーヒーハウスなど、不特定多数の人が集まる場所で、文字の読める人が大きな声で読み聞かせる文化があったためです。

多くの人の目に留まって読んでほしいのであれば、文字数を減らして文字を大きく、見やすくするものですが、「読み聞かせの原稿」と考えれば、小さなスペースに多数の文字を入れる方が理にかなっているのです。



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この記事を書いた人
水谷惟紗久(MIZUTANI Isaku) 
Japan Dental News Press Co., Ltd.

歯科医院経営総合情報誌『アポロニア21』編集長
1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒、慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。
社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て現職。国内外1000カ所以上の歯科医療現場を取材。勤務の傍ら、「医療経済」などについて研究するため、早大大学院社会科学研究科修士課程修了。
2017年から、大阪歯科大学客員教授として「国際医療保健論」の講義を担当。
 趣味は、古いフィルムカメラでの写真撮影。2018年に下咽頭がんの手術により声を失うも、電気喉頭(EL)を使って取材、講義を今まで通りこなしている。
★電気喉頭を使って会話してます ⇒ ⇒ ⇒(ユーチューブ動画)

【主な著書】
『18世紀イギリスのデンティスト』(日本歯科新聞社、2010年)、『歯科医療のシステムと経済』(共著、日本歯科新聞社、2020年)、『医学史事典』(共著、日本医史学会編、丸善出版、2022年)など。10年以上にわたり、『医療経営白書』(日本医療企画)の歯科編を担当。

【所属学会】 日本医史学会、日本国際保健医療学会

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