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シカク運営振り返り記 第44回 新生シカクの光と影(たけしげみゆき)

Bが姿を消した瞬間から、シカクの雰囲気はガラッと変わった。

まず店の入り口からして変わった。ケチなBが作った看板(という呼称の、実際は拾ったイーゼルに段ボールを立てかけただけのもの)を光の速さで捨て、新品のホワイトボードのA看板を置いた。またBが作った現代アート作品(という呼称の、植木鉢からニョロニョロした何かが生えているゴミみたいなもの)も捨てた。
スッキリした入り口を見たシェアメイトの香山さんが「ここを見るだけでB体制よりたけしげ体制のほうがいいってことがわかるね」と言ってくれたことが嬉しくて今でも覚えている。

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また、店内の床はBが工事費をケチったためガタガタのコンクリートだったのだが、光の速さで大工の田中さんに連絡し、水平な木の床を作ってもらった。これにより棚や机を安定して置けるようになり、在庫がコンクリートの湿気でやられる恐れも軽減され、冬の底冷えもマシに……と、人間が働く本屋として最低限のスタートラインに立つことができた。

それから、あまみさんの提案でおだ犬さん・ビロくんがシカクのスタッフになった。といっても2人は平日は別の仕事をしているので、あまみさん・ナオさんのように店番はせず、力仕事などを頼みたい時に来てもらったり、何かやりたいことがある時に相談に乗ってくれるスポットスタッフだ。それまでのシカクには力仕事やDIYができる人がいなかったので、とてもありがたかった。

プライドの高かったBは、お店のスタッフたちが頼んだ以上のことをやろうとしたり、自分以上の力を発揮することを嫌がっていた。またケチなので出費を細かくチェックし、少しでも高い資材などを買っているとすぐに文句を言ってきた(彼の頭には「ちょっといいものを買ってその分作業を効率化させよう」という発想はなかった)。でも私にはそういうプライドはなかったし、スタッフのみんなが自分以上の力を持っていることはわかりきっていたので、「こうしたほうがよさそう」と思うことはどんどん言ってもらうようにお願いした。
私は商品や企画内容のようなソフト面を考えるのは好きだが、その本を並べる棚や机をどうするか、といったハード面を整えるのは得意ではなかった。だからそういうのが得意な3人の提案に従って什器やテーブル、在庫の保管方法などを変えていくと、店内はみるみる綺麗に整っていた。
さらにそのかたわら、出張イベントの予定を立て続けに入れたり、スズキナオさんとパリッコさんの共著『酒の穴』を制作期間2ヶ月という超突貫スケジュールで制作・発売もした。

こんなに一気に色々なことをやり始めたいちばんの理由は、Bにお伺いを立てたり気を使う必要がなくなって、やりたいことがたくさん溢れていたからだ。
しかしそれだけではなく、私は「Bじゃなくて自分が代表でも、充分面白いお店ができる」ということを証明したくて躍起になってもいた。

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私はずっとシカクのことを、Bのセンスと才能によって成り立っている店だと思っていたし、周りにもそういう風に話していた。そしてBがほとんど仕事をしていないことを周囲に悟られないよう尽力していたため(詳しくは第18回参照)、内情を知らない周りの人たちからは当然
「Bさんがいなくなってシカクは大丈夫ですか?」
と心配されていた。それが悔しくて、新生シカクの存在感をアピールしたくて必死に走り回っていた。

そんなことをしながらも矛盾しているようだが、私はシカクをこれからは「たけしげみゆきのお店」ではなく「みんなのお店」にできないかと考えていた。
漠然とした話なのでうまく説明はできないが……私は一応代表をしているし、形としてはみんなにお給料を払っているけど、実態としては何人かの人たちで共同経営しているという形にしたかった。

離婚騒動の時、精神的に追い詰められた私はシカクを閉めることをかなり現実的に考えた。その時、これまで何年も積み重ねてきたものが、自分1人が追い詰められるだけであっさりと無になるという事実がとても悲しく思えた。でももしシカクが「みんなのお店」なら、自分がこれから折れることがあっても、別のみんながシカクを存続させてくれるのではないかと思ったのだ。要は大型店舗と同じで、店長が1人いなくなったら次の店長が就任するというようなイメージだ。

私は「ずっと変わらない関係」を誰かと作ることを求めて、無理してBと家族を続けていた。結局それは失敗に終わり、変わらない関係を他人と作るのはどうも難しいようだとわかった。でも、自分のお店ならそれが実現できるかもしれないと思っていた。
おかしな話だが、今にして思えばBという依存先を失った私が、次に精神的に依存しかけていたのが自分が作ったお店だったのだ。

それに、この時の私には自分が1人でお店を背負って立つ覚悟もなかった。
もともと私は人を先導したり目立ったことをするより、縁の下の力持ちでいたいタイプだ。Bが店長として社会的な責任を(名ばかりだったとしても)引き受け、大きな判断を委ねられることは、ある意味では気楽だった。
だから自分が突然すべての責任を追う立場になったことは、正直かなり不安だった。その不安から目を背けたくて、責任を分散できるようなやり方をしたくなっていたんだと、今にしたら思う。
それに実際問題、私が代表になって本当にお店をうまくやっていけるかということも不安だった。


モラハラから解放されて生活はどんどん楽しくなる一方、そういった焦燥や不安に駆られてもいて、精神的には決して安定しているとは言い難かった。しかしやるからには不恰好でもやっていくしかない。
私は様々な感情を抱えながら、新生シカクをガムシャラに動かし、その結果これまでとは全く違ったつまづきや気付きを体験していくことになる。

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