【短編】「首切り女学生のピアノ線とホルマリン固定」

あらすじ
女子高生である小道梅は、容姿端麗で人望もあった。しかし順風満帆な彼女にも一つの悩みがあった。それも隣の席に座る戸田のおかげで半分は解消されたのだが、残る半分は深い問題として奥底に影を落としたままであった。
そしてやがて、ある一つの考えに行き着く。

 あのね。心理テストが流行っていて、中でもサイコパス診断ってのが面白いの。なんで面白いのかはわかんない。でも普通に考えればハズレになんて当たりたくないのに、自分が異常者だって言われるとちょっと嬉しい。こじらせてんのかな。思春期特有のへそ曲がりかも。まあどっちでもいいや。ドラマとかでもそうだけど、主人公の刑事や探偵とかよりも人を殺したりする殺人鬼の方がかっこいいよね。きっとそういうお話。


 高校生という身分には特権がある。制服を着用する学生でありながら、義務教育の軛から解き放たれた限定的で特別な三年間。適度に責任を問われ、適度に保護される。自由気ままに日々を謳歌する生物であると言えるのだ。課されたもの膨大さや不足する懐に不自由を訴えることもしばしばあるが、何をしても何に時間を使ってもよい。当該期間はそれほどの力を有すると断言出来る。ならば社会に出る前に最大限の背伸びを試みて自己主張に腐心する子羊は、時に突飛な大事を犯す。
 小道梅は今日も今日とて笑顔を振りまいていた。この個人を表す最も適した言葉は「八方美人」だった。実際、その顔は他人から羨望の声が止まないほどである。身の丈は百七十センチメートルを優に超え、一般的に高身長と呼ばれる部類のスタイルをしている。規定を超える長く真っ直ぐな髪、それを明るめの茶に染めているが、美貌が免罪符になっているのか、そこらの生徒より教師の目は甘い。スカートだって膝下の校則を守ったことはない。悠々自適に高校生活を送っているのは自明だろう。
 さらには人間関係も良好で、妬み嫉みを買っていないのも驚愕だった。人当たりには人一倍気を遣い、嫌味たらしくならないようあどけなさを常に心掛けていたからだ。
 そんな彼女にも長年の悩みがあった。それは名前だ。完璧主義ではない。自分でもあまりに出来すぎた人間だと慢心することもしばしば。多少は減点要素があった方が人間味があって面白い、そう考えるときもある。それでも頭に過ぎるのだ。小道梅という名前のことが。
 苗字は弱そうだし、煌びやかさの欠片も無い。名前もお婆さんのようで現代的でないのが不服だった。自信を持って姓名を名乗れたことがない。母親や父親は、苗字はともかく名前は素敵だと熱弁した。梅は内心、三月生まれだから適当につけたくせにと毒づいていた。花が開く頃合いになると、「梅の季節じゃん!」と学友らに揶揄われるのも嫌いだった。
 二年の秋、夏休み明けに梅の隣の席へ転校生がやってきた。学年の人数の関係で梅のいる三組は奇数だった為、一人後方の座席が飛び出る形になっている。二つの席を合わせた列が三つある。窓際の列の廊下側、梅は一人長い手足を伸ばしてその特等席を堪能していた。転校生という非日常が左手に場所を取った。どこにでもいる平凡な女子生徒だった。
 名は戸田と言った。戸田はまだ化粧も覚えたてといった具合で、黒子や生え際を隠すのも下手な上、髪は毛先のダメージが一目で窺えた。「校則は法律」といわんばかりにスカートは長く、短い爪も常に肌色を変えることはなかった。無頓着というわけではないが空回り。成長株でもなく、印象の薄い田舎娘。制服が届くまでの間、前の学校でのセーラー服のままでいるのが周りと差別化され、少し特別に見えるくらいだった。その恩恵も一週間足らずで消えてなくなった。
 戸田は梅に懐いた。完全無欠な美女。そんな存在に出会い、近くで生活を送ることが出来るのを喜んでいた。子犬のように目を輝かせ質問をしたり、可能ならば梅についていったりした。帰りにチェーンのコーヒーショップへ寄った時もあった。一緒に時間を過ごせることを至上の幸福として微笑んでいた。
 梅としては邪険にするでもなく、別段不快にも思わなかった為に好きにさせていた。自身の人生にさしたる影響がないと高を括っていた面も大いにある。しかしそれは見立て違いだった。奇妙な心地良さを伴っていたからだ。
 容姿端麗な彼女は、その美貌に遠慮してか、友人との間に距離があった。間違いなく親しい間柄であるのに、必要以上に触れられたり何かを要求されたり、強く言葉を掛けられたりすることが一度もなかった。つまり戸田は異分子だった。ある意味ではずかずかと、梅に対して少しの壁も作らずに接した。嘗てない経験。どこか寂寥を感じていた梅にとって、真新しい刺激であることは確かだった。
 ある日の戸田の言葉が梅の深層に突き刺さった。
「梅ちゃんて名前負けしてないよね。綺麗な名前で綺麗な顔してる」
「前時代的じゃない」梅は予てからの愚痴をこぼした。
「そんなことないよ。梅の花なんて、ただの花みたいに抽象的じゃないし、桜みたいなメジャーとも違う。菊だと古すぎるし、百合はなんだか近寄り難い。向日葵は子供っぽいし、菫は狙い過ぎてる。ほらね、梅って可愛いよ」戸田はそう持論を展開した。
 そしてこう加えた。
「可愛い名前」
 はじめ聞いているうちは眉唾物であったが、彼女の目に嘘はなく、梅の心を僅かに揺らすに至った。
 そうなると後は苗字か。その夜、梅はそんなことを考え床に就いた。

 十二時を回る。薄汚れた鏡。点在する水垢、手垢。正面に大判、左右の脇に細長いもの、計三面の長方形。寂れて乾いた夜の室内を克明に映す。瞬く間。刹那を通り過ぎる小柄な悪魔。三つの鏡面を横に滑り、駆ける。そこを捕獲する。優しく、握りしめて殺さぬように。命乞いをさせる。要望を受けさせる。すると願いが一つ叶う。馬鹿馬鹿しい。

 首が欲しかった。微塵も魅力の感じない自分のフルネームに意味を見出したかった。名前はどうしようもない同級生から褒められた。だがしかし苗字は依然、瑣末で味気のないハリボテのままだ。
 道、という漢字の成り立ちをご存知だろうか。梅は嘗て、何とはなしに調べてみた過去がある。普遍的な言葉にも拘らず、しんにょうの上に首が乗っている。見ようによっては物騒に映る。そしてその感覚は正しい。生首を携えて歩く人の姿からきているというのだ。これは飛躍した一説というわけだが、幼少の頃に聞き及んでからは梅に深く刻まれてしまっている。露悪的な趣味があるわけではない。純粋な興味、好奇心。
 首が欲しいとなれば切断する必要がある。色々なミステリーやホラー、その内のスプラッターやスラッシャーでよく見かける生首の生まれ方は大抵似通っている。処刑のような大義名分があれば刀剣やギロチンなのであるが、こういった突発的なものはワイヤーが用いられることが多い。あとはその媒体独自の殺人ギミックくらいのものだ。例えば、大きな刃がプロペラのように数枚ついた回転機だとか。笑い草だ。あまりに非現実的なのは赤子でも分かる。
 時折リビングで流れていたサスペンスを想起する。首を落とすような猟奇的で過激な作品。定番の品がある。それはワイヤーだ。少し突飛な手段かもしれないが、紛れもなく界隈にはお馴染みの殺人道具。仕入れは思いの外簡単だった。ネットショップに安価で並ぶそれをクリックするのは、ひどく容易なことに思えた。ワイヤー単品を頼んだ。目下いち早く欲しかったので先走ってしまった。後から、それ以外の必要なものをホームセンターで揃えることにした。
 決行直前になって一番重要なものを買い忘れていることに再度気づき、やはりウェブ通販サイトで探した。梅の手元は実行に必要なもので溢れた。これで恙なくその日を迎えられる。

「彼氏何人目?」
「知らない。数えるのやめちゃった」
「かっこいい!」
 戸田が声音に合わせて跳ねると路上の土瀝青の段差に躓いた。びたんと体を地面と並行にさせる。バリアフリーは彼女のためにあるべきだった。
「どんくさ」
 吐き捨てる梅に、戸田はへらへらと笑いながら膝をはたいて立ち上がった。目に焼きつくような光景ではない筈のそれは、梅の記憶に意外な程へばりついた。

 罠を張るなんてのは荷が重く、自信もなかった梅は強行策に出た。標的は無作為に選んでもよかったが、それこそ判断に迷うというもの。可能な限り知っている人間にしよう、そう決めた。親しい間柄というわけではなく、顔を認識している人間。初めに犠牲になったのは通学路で目にするサラリーマンだった。
 自宅から数回、角を曲がった先あたりから同じ進行方向になることの多い男性。等間隔を空けてバス停までを目指す。出会い頭、何度か会釈やアイコンタクトをしたことはある。相手だって梅のことを大雑把に女子高生としては認知していた。梅の朝は早い。クラスメイトで席が埋まる平均的な時刻は八時半。対して梅は七時半には教室へ到着する。バスでの通学である梅が家を出るのは六時五十分を過ぎた頃だ。度々見かけるこの人は午後四時上がりなのかな、などと考えていたものだった。
 足を曲げ、軸足の後ろでローファーの先をこつんと玄関の床に当て整える。長い髪は一切の絡まりが無く、手で掬おうが水のように隙間からするりと零れ落ちてしまう。背筋をぴんと縦に、胸を張り長身を際立たせれば、海外でも名を馳せるスーパーモデルの誕生だった。学校には休みの連絡を入れた。優等生は両親がわざわざ連絡せずとも培った信頼だけで事足りる。荷物は学校で用いている鞄だが、いつもと異なるのはその重量だ。はち切れんばかりに膨張したそれは教材のせいではない。犯行に必要なものの一式が全て入っている。
 人通りの少ない朝方。閑静な街並み。予定通り男性は現れた。愚直に紺のスーツを身に纏い、決まった歩幅と速度で、礼儀正しく職場を目指している。薄い朝靄さえ視認出来る淡き世界。背後から気配を殺し、忍び足で歩み寄る。不織布のマスクを着けた梅は、両手で握りしめる黒々とした直径七十五センチメートルのバールを目一杯振り被った。両足を踏ん張り、上半身を捻らせて男性の頭部を振り抜く。炭素鋼と、頭髪や皮膚、その奥にある頭蓋の感触がぶつかり合った。手に伝わる硬くも鈍い感覚。男は悲鳴を上げるでもなく、面白いほど直線を保ったままに殴られた右方向へ倒れた。実に呆気なかった。
 さほど乱れていない息を整える。内出血の割合が大きいのか、血もどばっと流れるには足りない。血溜まりなんてものは出来ず、どろりとした鮮やかな赤がバールの先と右にある民家の塀、そして地面に少々付着しているくらいのものだった。梅は急いで用意していたナップサックを被せ、口のところを男性の首あたりで締める。厚手のそれは血を薄く滲ませるだけだ。うつ伏せになった体の両脇に腕を差し込み反転させ、後ろ歩きで曲がり角へ戻った。梅が隠れていたそこは開けたつくりになっており、今年で八十六になる老婆の住んでいる家の庭が広がっていた。庭は草木が生い茂り、地面が見えづらいほどだ。膝下の浅い塀は緑を隠せずに、さらにはその主張を引き立たせている。家の側面まで進めば、林のように細長い木々が乱立している。無論、塀も高くなる。三、四種類の広葉樹が立派に聳え立っている中に、男性の死体を紛れ込ませる。頭部を露出させる。男性は瞼を閉じるでもなく半分に開けていた。肉体はぐったりとしていて移動させるのに随分苦労した。四肢の先を何度もぶつけてしまい擦り跡が出来ている。瞳は輝きを失い、生気の無さをありありと感じさせた。
 人体は脆い。人類は弱い。ほんの些細なことで死んでしまう。外的な要因なら一瞬だ。手で殺せる。物で殺せる。急所は皆同じ。そして多い。つまり我々は常に、いつでも互いを殺せる状況にいる。その上で法や倫理を伴う社会が成り立ち、殺人を経験することなく見ることもなく生涯を終える人間が多いのは、それだけ精神異常者の割合が天文学的確率ということなのだろう。梅は見慣れた顔の見知らぬ姿を目にしながらそんなことを思った。
 朝が弱いという珍しい老婆を起こさぬようにひとまずその場を離れる。状況証拠は残さないに越したことはない。月並みだが血液の跡を残さぬように消す。駆け足で戻ったものの、既に飛び散った血は酸化し固まっていた。粘り気のある光沢を帯びている。持参した重曹を取り出す。鞄の中にはあれこれ様々なものを入れており、探しにくい収納をした筈だったが、比較的大きく質量のあるこれはすぐに手に吸い付いた。バールと塀、そして地面にペットボトルに入れた水を掛ける。全体が濡れると、その上から重曹を満遍なく振り掛けていく。またもや鞄から取り出すのは清掃用ブラシだ。拳二個分はあろう硬いナイロン部分を力強く押し当てる。上下左右に揺らし、一心不乱に擦っていく。バールはすぐさま綺麗になった。反して、塀と地面はその凹凸などからかなりの苦戦を強いられた。重労働に手足を痺れさせる。「こっちの方が大変じゃない」梅は独りごちた。
 老婆の敷地へ戻る。梅は手首の時計を確認した。七時十三分。まだまだ老婆は起きない。死体は変わらず無意識に横たわっている。当然だ。死んでいるのだから。出血は止まっている。先程と同じ様にしてさらに家の真裏まで運ぶ。室外機の微風が届かない緑と土の上へ。
「さて、メインイベントね」
 深呼吸をしてから鞄のファスナーを開ける。一ミリメートルを切るワイヤーの束。ゆっくりと解き、左右の開いた手に巻きつける。腕を軽く伸ばした程度の長さを持ち、死体の首に一周させて元の位置へ戻す。それはまるで返事をしない人間に首輪を着けたようだった。
 梅の両手には防刃の手袋が嵌められている。素手で人の首を切断するくらいの力が加われば、自らの手だって危険といえる。強靭なのは頸椎のある首の方だろう。届いた手袋を触り、台所にある数種類の包丁を引いたり突き立てたりしてみた。奮発して高価な品を選んだ為、貫通はしていないし傷も殆ど見られない。耐穿刺性・耐切創性ともに高い。それでもワイヤーのような悍ましい凶器を耐えうるかどうかが信じるには至らない。そもそも実物に触れた時から、「何これ、掌のとこだけじゃない。甲や側面は血だらけになってもいいっていうの」と文句を垂れた。追加で同じものを注文した。継ぎ目のところを鋏で切り取り、防刃の部分と分ける。それを器用にもう一つの手袋の中に押し込むように入れていく。中々に無茶な作業だったが、なんとか各指先まで行き届かせることが出来た。防刃と防刃の間に手を入れると平と甲が挟まれ、守られる。苦心したが、若干の安心を手に入れることに成功した。
 実際に力を入れ反対方向に力の限り両手を引っ張ってみると、全くといっていいほど切断は叶わなかった。僅かにワイヤーが皮膚に食い込むばかり。「うわ。まじ?」想定とは異なったが、意を決して力を込めたまま両手を同時に一定の速度で動かす。左手を手前に引き、右手を死体の首の近くへ。そして同様の動作を真逆にして行う。交互に反復させ、頭部と胴体の別離を目指す。一往復で金属線は表面の皮膚を切り裂き、感触の変化を齎した。筋肉の繊維や血管、神経をずりずりと削っていく。気泡緩衝材をすり潰すように小気味良い音が聞こえた気がした。気のせいかもしれない。血が表に現れ始めている。中はまだ固まっていないらしい。往復の度に出血はひどくなる。ワイヤーの切れ味の悪さというより、人体の往生際の悪さに嫌気が差した。生命活動を終えているのならもう少し潔さというものがあってもいいのに。噴き出る汗。朝の気温に纏う艶ではない。学校を休んでまでして課される懲罰でもない筈だった。
 骨に到達したのが明確に分かった。頸椎の間に上手くワイヤーが入り込むことを願ったが、奥まった肉と骨の感触では判別が難しい。手前と奥でも形は複雑に異なる為、円柱をただ切ればいいというわけではない。骨の切断は肉以上に困難を極めた。しかし硬さを持つ組織は、幾分か先程よりも安定して作業を行える。美術でやった木材の切り出しを思い出した。一定のリズムでワイヤーを滑らせ、単調な動きに専念する。時間だけは掛かったが、何とか手前と奥、そして中に通る脊髄の全てを断つことが出来た。
 凝った体を解すように伸びをする梅。三枚のビニール袋を広げ、無造作に頭部を入れ、重ねて縛っていく。
「よし」
 頭部の入った袋を窮屈な鞄の中に押し込む。梅は視線を塀側の地面に向ける。やはり草木の多い中に、乱暴に盛り上がる黒々とした土が確認出来る。予め掘っておいた、男性の体が収まる大きさの窪み。幅は狭いが深さのある墓穴。深夜帯に二日かけてスコップと友達になった梅の力作である。死体を転がし、木々を避けて窪みに落とす。周りに積もった土を元あった位置へ足で戻し入れていく。殆ど初めての足癖の悪さだった。
 ペットボトルに残っていた水を全て逆さにする。目視で分かる血液の足跡を満遍なく濡らす。死体の埋まった不恰好な土の上にもだ。これで下の命が躍動を始めることなんてないというのに。
 消臭スプレーを噴射した。行動した範囲全てに振り撒く。無香料のものだ。梅は下腿に視線を落とした。少し汚れている。作業にそれなりの時間が掛かったことを考えれば当然だろう。付着した土を特定されれば自分の身は危うい。しかしながら小道梅という人間が疑われさえしなければどうということはない。警察はサラリーマンの男性の痕跡を辿るだろう。通勤ルートだって調べる。そこに毎朝通る自分。しかし明日以降道筋を変えることはしない。あくまで平静を装う。警察が来てからでは遅い。自分という個の記憶を改竄するが如く、殺人を知らぬ状態を作り上げる。新しい知識が入ってきたときはそれ相応の反応をして自らを騙すのだ。
 下調べは済んでいる。男性は独身でアパートに一人暮らしだ。会社の人間も無断欠勤は訝しむだろうがわざわざ行方不明者届を出すほどではないだろう。出すにしても時間が空く。そうすると自分は万全を期せる。そもそも、一介の老婆の家の裏庭を掘り起こすなんてことはまず無い。案外、人の死体は見つからないものだ。
 自宅に着くや否や、梅は自室へ駆け込んだ。制服を脱ぎ捨て、ラフなスウェットのセットアップに着替える。鞄に加え、用意しておいた巨大なガラス瓶を携えて浴室へ向かう。梅の両親は共働きであり、父親は単身赴任で都外の為不在、母親は昼過ぎの勤務に備え、まだ就寝中であった。梅酒用に販売していた貯蔵瓶は想像より重く、これで中身が空の状態であることにうんざりした。
 ズボンを膝まで捲り上げ、浴室内で腰を下ろす。梅は眼前にある水色の線を差し色に入れたハンドルを捻った。シャワーヘッドは細かな無数の穴から冷水を放出する。静寂に意を唱える流水の轟音が床のタイルを叩きつける。心臓の鼓動が若干速さを増しているように思えた。音で耳が埋まっている状態のまま、バールの飛び出た鞄の中からビニール袋を取り出す。赤いワイヤーが視界に入った。洗い忘れだ。シャワーで入念に汚れを落とし、首へ戻る。三枚に重ねた袋は白い曇りを見せていた筈だったが、濃淡の違いが顕著な赤い斑模様に変貌していた。からりとした音の中にべたつきを感じる。縛っていた口を開けていくと、ごろりと頭部が浴室を転がり出た。閉所から開(ひら)けた空間に出たからか、息を吹き返したようにさえ見えた。脱出に成功した頭部は未だ袋の内側に幾つかの赤い糸を引いていた。
 梅は頭部を拾い上げた。生首を手にしている。まずない経験だ。大人しく、無防備に顔面を晒している。無抵抗で少し青ざめた顔はどこか儚げな美しさを纏う。こういう時、映画のサイコキラーだったなら著名な絵画などで形容するのだろうな、と梅は幼稚な考えに耽った。ただの殺人犯は分からないが、連続殺人鬼というものは大抵IQが高かったり雑学に造詣が深い。
 彼氏などでは出来なかったことだって出来る。この顔には何をするにも自由だ。所有物であるから。梅は男性の瞳を見つめた。男前というには少し顔が角ばり過ぎていて、頬骨の主張が強く、仕事の疲労が皺の数として表出しているせいで老け込んでいるようにも見える。精悍な顔立ちなのだろうが、今この状況で逞しさの一つも感じられないそれは滑稽に映った。
 眼球を舐めた。眼球を覆う角膜や結膜は水分を過度に失いはせず、ゲルのような確かさを感じさせて残った。梅の舌の感触が対象の水分を誤認したのか、実際は脂ぎった皮膚と大差ないようにも思える。味はしなかった。
 口づけをした。血の通っていない人間の唇は少し固さを感じた。まだ冷たくなっている程ではない。梅は自身の唇を僅かに開閉させ、斜めに触れた男性の唇を押し開くように動かした。舌を滑り込ませ侵入を試みる。すぐに到達する歯の防壁がそれを遮った。もっと力を入れれば不可能ではなかったが、こちらの舌に万一のことがあれば大変だと思い、渋々諦めることにした。
「血抜きってどうやるんだろ。てか必要かな」
 梅は排水口の上に頭部を置き、勢いのある冷水で全体を洗い流していく。汚れを落とし、中に詰まっている邪魔な血液を濯ぎ落とすように。
 絶え間なく溢れ出る鮮血。頭部の外傷は出血の量を減少させたが、首の断面からは、洗えど洗えど微量の赤インクが漏れ出るのを止められない。
「かぴかぴになるまでには時間が掛かりそうだし、もうこれでいいや」
 頭部を軽くタオルで包み込む。断面以外の水気を可能な限り拭き取る。飼い犬を愛でる際の仕草に似ていた。無口な愛玩対象が手元にあることの不可思議。これが姓に意味を与える。自身に充足感を齎す。満たされる。
 脱衣所の床でタオルを四つ折りにし、その上に頭部を置く。自室へ戻り、段ボールに入れたままにしておいたボトルを一つ取り出した。化学薬品である。内容量は一リットル。仰々しい注意書きと共に、カタカナとアルファベットという横文字で品名が並んでいる。
 時刻を確認する。八時を過ぎていた。体が重い。大きく伸びをしてから肩を回す。運動は得意だが、運動の習慣は無い。久方の重労働に肉体が悲鳴を上げているのだろう。梅は帰宅部を呪った。
 己に喝を入れ、ボトルを片手に作業を再開するべく体の節々に電気信号を送る。踏ん張るだけの気力に全霊を込めた。
 脱衣所に着くとぎょっとした。男性が目を見開いている。こちらを凝視しているようにさえ見えた。そこで梅は数日分の検索画面を思い出した。死後硬直には個人差がある。早ければ一、二時間でそれは始まるのだ。同時に、皮膚の乾燥が原因で瞼が持ち上がり開眼することがあるという。死後すぐに切り離した頭部、入念なタオルドライ。あり得ない話ではなかった。ものの十分ほど寛いだつもりだったが、思わぬ事態を招いてしまったようだった。梅は口角を上げて鼻で笑った。
「丁度いいじゃん」
 水を九リットル、ホルムアルデヒドを一リットルの割合で瓶へ注ぐ。一本丸々使い切る形になった。目盛に沿い、蛇口を瓶へ向けると一分足らずで水は溜まった。犯行に用いた凶器であるバールを念の為再度流水で洗い、瓶の中を軽く掻き混ぜる。その後も同様にバールを洗い流した。水溶液の完成だった。
 頭部を優しく抱え、液へ浸らせる。全ての表面が液に触れるよう真ん中へ徐に置く。八割程まで入り、頭頂部を掴んでいた手を離すと僅かに液を溢れさせ緩やかに沈んでいった。神秘的に思えた。「木こりとヘルメス」に出てくる川から姿を現す神ヘルメス。彼の去り際もこれほどまでに雅な装いで寂寞の残り香を撒き散らしたのかと思いを馳せた。
 封をした。冷房を効かせている。温度管理は万全だ。十年で黄ばむだとか縮むとか、二十年経っても大まかな形がそのままなら良いのではないかとか様々な情報が混在していた。後者は私見が入っているのも不愉快だった。そもそも適切に標本として固定されている確率は低く、高い難易度の前で失敗する例も多いらしい。一年に一回は取り替えるようにしよう、梅はそう誓いを立てた。
 しかしながら、今日のような作業は夜が適している。それを学んだ。今回のケース以外で朝方の決行は悪手である。夜の闇に紛れ、次からの標的は迅速に処理する。夜通し作業を行う辛苦は仕方がないので目を瞑ろう。
 登校時に見かけていたサラリーマンの男性の頭部が液の中で虚ろに瞳を留めている。目は口ほどに物を言う。ガラス越しの様相は惑溺を誘った。魅入られぬように、梅は堕ちる瀬戸際での駆け引きを楽しんだ。赤子の柔肌に触れるように瓶の冷たい光沢を撫で、隔たりのある男性の口を目掛け、そっと唇を近づけた。

 翌日の空は広さを増したように澄んでいた。空の大きさというものが確かに違って見えた。少なくとも、あたしの空は今世界で一番広くて綺麗。そう思った。
 あの後は一日中、外で羽を伸ばした。ずるの休みを母親に告げていない以上、アリバイの為に軽くショッピングにでも耽るつもりだったが、想像以上に満喫してしまった。洋服を見て、バッグを買い、スイーツを頬張って、映画を観た。帰りは高めのビルの上階に位置するカフェで東京の煌びやかな夜を見下ろして、最近SNSでしつこく言い寄ってきていた証券会社の男とコーヒーを飲んだ。ホテルでは朝からの疲れを吹き飛ばすよう事に及んだ。男は金を持っていたし、やたらとスマートフォンやビデオカメラを翳すような人物でもなかった為に体を許した。最高にストレスを解消した一日だった。家に帰れば彼も待っている。
「何よ。文句ある」
「べ、別に」
 教室で何やら揉め事のようだった。向かい合う女子生徒と男子生徒。梅がさも興味ありげな表情をつくり窺っていると、近くにいるクラスメイトから情報の詳細が自動的に入ってくる。
「今度の文化祭の役柄が気に入らないんだって」
「役柄」
「うん。戸田さんの」
「ふうん」
 冴えない風貌で癖っ毛をした男子生徒は、戸田の劇での配役に対して友人に不満を打ち明けていた。クラスの演目は「シンデレラ」。戸田はその主演の一人に選ばれた。それだけ聞き及べば吉報のように思える。しかしそうではない。シンデレラは二人一役の仕組みになっている。戸田が演じるは、ガラスの靴を履く前の姿。継母や血の繋がらない姉に散々な扱いを受け続ける不憫で無様な少女だった。無論、魔法の力で美しく変化した後の姿は梅が務める。ドレスも靴も、すでに小道具は梅に合わせてあった。
 文化祭準備活動の時間で、配役の発表と脚本の配布がされた。そこで男子生徒が委員の女子生徒に声を上げたのだ。今は自由時間のようで生徒は疎ら、教室には半数が、もう半数は隣の教室や多目的室などに出払っていた。梅は脚本に目を通してはいない。
 男子生徒は一人。委員の女子生徒二人に目をつけられるや否や、友人は逃げてしまい、すっかり一人になった彼は萎縮してしまっている。そもそもは、ぼそりと友人に劇の愚痴を溢しただけなのを拾われたのが運の尽きだった。
「で、でも。ト書き? って言うのかな、戸田さんを思いきり叩いたり蹴ったりとか書いてあるけど、ひどくないか」
 男子生徒は必死で口を開いた。癒着していた唇を解すように言葉を紡ぐ。
「あのね、こっちは本気で文化祭取り組んでんの。大真面目。遠慮とかしちゃったら舞台に迫力も出ないし観てる人にも何も伝わらないの」
 横にいる女子生徒も「そうよ」と同調する。数の不利は明白だ。ただでさえ内気な男子生徒には手強い相手だった。
「戸田さんはお前らみたいに派手なタイプじゃないし、配役発表の時も乗り気じゃないように見えたぞ」
 素直な感想だった。教室中が賑わう中、喧騒の合間を縫って焦点を合わせた戸田は浮かない表情をしていた。それが男子生徒には気掛かりだった。
「は。何、差別するんだ。戸田さんが可愛くなくて一軍でもないから可哀想って? 勝手に決めつけないでよ。大体、戸田さんには許可取ってるし」
「お、俺が言いたいのは」
 そこまで言ったところで、女子生徒は背を向け、話の終わりを示した。
「あっそ」
 女子生徒二人が梅の方へやってくる。
「梅、多目的室行こ。先生と簡単に打ち合わせも兼ねて」
 梅は了承して椅子を引いた。
「大丈夫なの」
 率直な思いを吐いた。梅としても険悪なムードに思わず好奇心が働いたのかもしれない。
「マジでめんどくさい」「あいつ、変わってんのよ」「いけてないよね」「あんな根暗、ほっとこ」散々な言われようであった。
 友人数人と教室を出る間際、ちらと男子生徒を見ると視線が合ってしまった。急いで目を逸らし、淡い曇り空に変色した窓の方を見やった。転校してきて一ヶ月弱しか経っていない戸田には難しい要望かもなあ。梅が思案するのとほぼ同時に、女子生徒の嘲る声が聞こえた。
「てか戸田さん以外に務まらないでしょ」「ハマり役だよね」

 三日後、梅は二人目を手に掛けた。九月二十九日木曜日。慣れに徹する修行期間とし、多少の不恰好さには目を瞑った。公民館の近くにある駄菓子屋の主人を狙った。やはり高齢者は足がつかないのではという考えに基づいてのことだった。孤独死というものに心を痛めていた時期のあった自分のすることとは思えなかった。道の為なら仕方がない。あの満ち足りた感覚は替えが効かない。

 土曜。戸田と舞台を観に行った。ダークで少し悪趣味な作品。劇に対しての意気込みはあるらしい。あの男子生徒は余計なお世話を働いたということだ。梅は内心彼を小馬鹿にした。
 道中、乗り換えで渋谷に降りる二人。人の往来が群れを為している。ホームへ向かって歩いているとエスカレーターが見えてくる。梅はやや右に進路をずらした。戸田もそれに合わせる。こういったことは初めてではなかった。
 人がすし詰めになっているわけではない。それなりに並んでいるくらいだ。それでも梅は階段を選んだ。梅は、目の前に自らを遮るものが少ない方を選ぶ。以前理由を答えた際には、戸田は「だからスタイル維持出来てるんだね。日頃からそういう意識が違うんだなあ」などと言って呆けていた。

 体育の授業。少し肌寒い十月。半袖半ズボンの生徒と上下ジャージの生徒が互いの主張を曲げない時期だ。今現在は校庭でサッカーが行われている。人数とローテーションの関係で五対五のフットサル仕様になっていた。左右を男女で分かれ、二つのコートで二試合を同時に行う。二十人が試合をしている間、残る十人は石灰で引かれた白線の外側で応援や見学に徹する。実際は、無駄話をしながらの休憩と化していた。
 喉の渇きを感じた梅は校舎近くに設置してある水道へ向かった。日差しも弱ければ気温も低いので、水飲み場の冷水は少しばかり不評である。口元を潤していると視線を感じた。気配の先を辿ると先日の男子生徒がこちらを見ていた。冴えない癖っ毛の彼だ。梅は興味本位で声を掛けた。男子生徒は逃げはしなかった。
「あたしに何か言いたいことでも?」
 男子生徒は言い辛そうにしていたが、やがて口を開けた。委員の女子生徒と仲の良い梅には気が引ける、といった具合の眼をしていた。
「あの脚本、書き方がちょっと」
「え、下手って言いたいの。それあの子らが聞いたらキレるよ」
 梅は老婆心を働かせたつもりで言う。
「だ、だろうね。だから言わねえよ」
 男子生徒も、重々承知の上といったふうな返しをした。
「でも一番気になってるのはやっぱり」そう男子生徒が言いかけたところだった。
 件の女子生徒だ。男子生徒は口を噤んだ。間が悪い。流石に居心地の悪さを感じているようだ。梅は苦い顔で友人を迎えた。
「梅もなんか言われたの」
「世間話。サッカーの」
 余計な心配は無用だった。加えて、諍いに巻き込まれるのもごめんだった。
「梅のこと好きなんじゃない」弄るように揶揄う女子生徒。
「まさか」
 梅は慣れた様子であしらい、男子生徒へ目を向けると、彼はそそくさと退散してしまった。女性経験が少ないのは明明白白だ。
「あいつが変なこと言ってきたら無視していいからね」
「ありがと。あたしは平気」
 足裏に力を入れ、軸足を捻る。様々な方向で地面を穿った。校庭の土は柔らかい。

 十月三日、月曜日。三人目。
 学校の近くに住んでいる有名な高齢男性。常日頃から全方位に対して怒りを向け、居丈高な振る舞いが知られている。八十に差し掛かる頃合いで、憤る元気はあるのだろうが隙さえ狙えばどうということはない。頭を金属で殴られて平気な人間など存在しない。妻に先立たれた不幸から苛立ちが絶えないと風の噂で耳にしたことがあった。世の為人の為と転嫁出来る先があるのは都合が良かった。
 殺し方は変えない。一時は趣向を凝らした方が同一犯に見えず、捜査の目を掻い潜れるのではなどと浅知恵を働かせようとしたが、手間を考えて止めた。
 バールで頭部に外傷を与え、ワイヤーで切断する。頭部は持ち帰り、残りは埋める為、被害者の周囲の人間が気づかなければそれなりに時間は稼げる。捜査が始まったところで遺体が見つからなければ犯行の日時が割り出されることもないだろう。とはいえ人数も増えすぎるとリスクが高くなる。梅はここらでの打ち止めも考えていた。反して、自室の押し入れに並ぶ三つの首の魔力は凄まじく、自らの苗字を愛し始めていたのも事実だった。
 社会に対して不満があるだとか、ある個人に対して憎悪があるだとか。そんな大きな動機を持たずに行動する自分を恐ろしく感じた。それ以上に、少し後ろめたくも思った。月並みの罪悪感はあるらしかった。けれどもそれも、人数を重ねていくうちに、回数をこなす度に、徐々に薄れて麻痺していった。四人目に着手するのも早いものだった。

 十月十日。
 学校に居ると受動的でも多くの情報が飛び込んでくる。梅は戸田の相手を片手間にしながら廊下側に向けた顔に頬杖を突いている。窓の外を眺めるのが常だったが、今それをすると彼女の話は永続的に行われてしまう。
 癖っ毛の男子生徒は廊下側一番前の席で出入り口に最も近い。喧騒とは切っても切れない関係にある。にも拘らず彼は驚異的な集中力で本を手にしていた。出入り口で屯する連中の声も、教室の入退室の際に生徒の体がぶつかり机がずれる衝撃も、意に介さず読書を続ける。恐らく、雑念を完全に遮断出来てはいないだろう。それでも執念のような形で読書に拘っている。その光景がなんだか梅にはおかしかった。
 三時間目終わりの休み時間。梅が用を足してから戻る間際、細糸のような声に呼び止められた。癖っ毛の男子生徒だった。話があるようだ。
「小道って帰宅部だよな」
 梅は部活動に所属していない。中学の頃は陸上部に属しており、体型はその時に培った部分も大いにある。肌は焼けてしまっていたが、中学三年の春過ぎに退部してからは白くきめ細やかな肌を目指しトーンアップに努めた。
「うん」
「帰って何してるの」男子生徒の瞳は潤沢を帯びている。
「勉強とか? あ、遊びってことか。色々JK楽しんでるよ」
「夜更かしとかもか」
「何、えっちな質問?」
 梅は真面目な顔を崩した。茶化すつもりはなかったが真剣な素振りがかえっておかしい。
「違う」
「冗談。規則正しい生活してるつもりだよ」
 梅の美は、整った時間管理と食事という生活の上に成り立っている。
「だよな。いつも遅刻もしないし、顔だって綺麗って評判なくらいだし」
「え、急に告白?」
 予想外の方向に話が向かうのに身構えた。
「それも違う。たださ、最近は顔色悪いんじゃない。疲れが取れてないのか寝不足なのかと思って」
 何か、嫌な感じがした。男子生徒がこちらを詰問している。そういう図だった。梅の脳内にストーカーという俗語が浮かんだ。人の好意は一瞬で嫌悪に変わりうる。
「別に、何もないよ」
「そっか。じゃあと一つ」
 男子生徒は梅の返答を待たずして続けた。
「最近さ、お菓子とか食べる? ヘルシーなものばっかり食べてるイメージだけど」
「え。いや、なんで」
「ならいいんだ」
 あたしはよくない。そう言って引き止めたところで男子生徒が答えそうにもないなとも思ったので会話を終わらせた。正解の見えぬ時間だった。奇妙な感触だけが空気に籠もった。

 二日後の水曜。
「みんなが出来るからすごくない、じゃなくて良いものは良いの。何に価値を見出そうが、何を楽しもうが自由でしょ」
 文化祭委員の女子生徒は白々しく戸田に吐いた。聞かれてもいない事柄を弁舌に乗せる。戸田が配役に見せる不安気な表情も虚しく、彼女の正当化の餌として消え去った。
 誰でも出来る役どころ。戸田の見窄らしいシンデレラの共通認識である。対して、梅のシンデレラには美貌が要る。稽古が本格的に始まろうとしていた。多目的室での実演練習の前段階として表方全員での本読みがある。自分が舞台に立つという実感がまざまざと湧き上がってくる。戸田は肯定や否定というものとは異なる、純粋な緊張に身を震わせていた。同級生に殴られ蹴られることが嫌だとかいう思考は持ち合わせていない。内なるものの出力の仕方も、感情の発露だって、周囲には上手ではないと思われていた。
 本読みは滞りなく終了した。振り付けの無い以上、特段進行が詰まるなんてことは起きず、次の練習を楽しみにこの日は解散になった。
 生徒がざわめく中、梅は戸田の元へ近寄った。いつもは戸田の方から子犬のように擦り寄ってくる。梅には最近目にした言い合いが去来していた。戸田は梅に気がつくと、怯えたような哀しげな瞳を向けた。梅は反射的に訊ねた。
「助けてほしいの」
 戸田は前半こそ出づっぱりなものの、変身を遂げてからは出番がない。ガラスの靴を履いて舞踏会に参加し、十二時を過ぎて魔法が解けた後も、最後の王子との山場のロマンスを駆け抜けるのは劇の顔である梅だ。役と戸田の悲哀は重なるところがある。
「ううん」
 戸田は否定した。虚勢を張っているようにも見えないのが驚きだった。
「嘘」
 梅は確かにそう聞いた。しかし戸田はそれ以上何も言わなかった。筆箱や台本といった手荷物をまとめ、共に教室へ戻るよう梅を促した。
 道中、渡り廊下で呟く戸田。
「堂本さんも、梅ちゃんに引けを取らないくらい綺麗」
 戸田が挙げたのは、委員であり、男子生徒と衝突を繰り広げる梅の友人の名だった。戸田の瞳の奥は純粋で、心の底から憎しみなど無縁の潔白が見て取れた。梅は戸田の無邪気さを少し気味悪がった。
「強がらないでよ。嫌なものは嫌って言えばいいのに。でも、あんたしかクラスで適任が居なかったってのも本当だろうし、あの子も委員として必死だからね。恨まないでほしいけど」
 自分でも驚くほど偽りの私見が並んだ。思ってもいないことをぺらぺらと捲し立てた。自分は誰の為に言っているのか、何の為に気を遣っているのか。一つだって分からなくなる。説明が出来ない。
「恵まれた人の不満って、贅沢が過ぎるよね」
 不意に飛び出た言葉。ましてやそれが戸田の口から発せられているなどとは衝撃だった。現実味というものが微塵も存在しなかった。
「それ、どういう」
「何でもない。気にしないで」
 戸田は笑わなかった。きっと冗談ではない。梅はどこか彼女がおどけた物言いであることを祈った。しかしそうはならなかった。
「その人の苦しみは、その人だけのものだよ」
 何か速度の速いものにしがみつくように、梅はまたふわりと並べた。軽い羽毛はどこまでも飛んでいく。狙った場所へ着地してはくれない。
「そうかも。でも私は、大小はあると思うなあ」
 両目が見えなくなった。戸田の口元が独立している。知らない他人のようだった。澱んでいく。自らの人生、視界に入れていなかった百姓。そんな小作人が、よく目を凝らせば刀を脇に携えているではないか。生唾が重い。世界が反転している。
「あ、梅ちゃんは別だよ? 大好きだから」
 戸田の声が聞こえなくなっていく。人を理解したつもりになっていただけだったのか。梅は自分の名前にのみ目を向けていたことを思い出した。クラスメイトも教師らも、サラリーマンも老人さえも、何か別の見てくれをもった怪物に思えてくる。あれを見たい。自らの汗水を垂らして作り上げた芸術品で心を落ち着かせたい。古風な名前も、力のない苗字も、繕った容姿も、積み上げた人望や評価も、その場凌ぎの快楽も、父親も母親も、隔絶された世界も、切断したあれを見ればきっと許容出来る。
「ホントに、だいすき」

 五日が過ぎた。十月十七日、月曜日。梅は殺人の手が止まっていた。自室に籠り、四つの整列したガラス瓶を眺める。視界は愛蔵の品で埋まり、脳内は戸田や堂本といったクラスメイト達の姿が右往左往している。行住坐臥。動揺を鎮める手段が首の観察とはなんとも笑い話だ。覚束ないまま送る学校生活。五人目は必要ないのかもしれない。現状維持で事足りる。梅は毎朝のルーティーンを終え、学校へ向かうべく制服の皺を伸ばした。

 放課後、梅は音楽室に来ていた。文化祭を目前にして、一週間前には全部活が停止する。テスト期間と同様、学校は早いうちに生徒の数は少なくなり、夕焼けがナラフローリングに更なる暖かみを帯びさせる。吹奏楽部が不在の室内に梅が居るのは、登校時、机の抽斗に入っていた手紙で呼び出されてのことだった。拙いノートの切れ端だった。
 告白での呼び出しはなんら珍しいことではない。小道梅というアイドル的存在ともなれば、二ヶ月に一度は発生する定期イベントのようなものだ。梅が時計近くの高所に並ぶ額装された音楽家達を見ていると、がらりと低めの金属音を混ぜた扉の開く音が聞こえた。
「肖像画に魅力を感じるか」
 扉の小窓からこちらの様子を見ていたようだった。意外な人物に刹那の喫驚があったが、すぐに収まった。記憶を辿れば合点がいく。
「千崎くん」
 癖っ毛の男子生徒だった。千崎は後ろ手で扉を閉めた。施錠こそされていないが、力強い衝撃を響かせる。
「物言わぬ人の見てくれがたまらないとか」
「何それ」
 梅は謎めいた千崎の佇まいに警戒する。彼は迷いなく答弁を始めようとしていた。
「小道。俺は今から変な話をするけど、身に覚えがあったらそれ相応の反応をしてほしい。嘘は、嫌だ」
 千崎の前置きはさらに空間の緊張を高めた。
「小道は何か人に言えないような疾しいことをしてるか?」
 ごまかしの無い、真っ直ぐな言葉。未成年が刑事になる。素人が探偵へ至る。真似事は真実に近づけば本業と変わりない。
「急ね。前の続き? そうやって問い質されるの、あんまりいい気分しないな」
 梅は話題の転換を試みた。不躾を自覚させる為に罪悪感に訴える。感情的な反駁は賢明ではない。
 残念ながら、結果は実らなかった。千崎は負けじと己の領域へ引き摺り込もうとする。梅の声には耳を貸さず、右手の曲げた人差し指を唇に当て、親指を顎に添えて熟考の体勢を見せる。持論の展開は強引に行われた。
「先々週の金曜の朝、戸田さんが電子辞書を忘れたって言ってるのが聞こえたんだ。だからこっそり鞄に俺のを入れてやることにした。名前を書くようなものでもねえからな」
 唐突に話される内容は、無関係の茶飯事かと思われた。
「体育の授業中だよ」
 しかし梅は千崎が好意を寄せている相手の正体が分かると、堪らず吹き出した。あまりに趣味が悪い。
「まさか戸田とはね。あんな寸胴のどこがいいわけ?」
 呆れ顔で梅を見やる千崎。
 都会で生まれ育った男性は牧歌的な田舎娘を好む。こんなふうなことをよく耳にする。これを隣の芝と断ずるのは簡単だが、早計とも言える。親しみはあるが、憧れとは対極にある筈だ。ようは野心の違いなのだ。色んな楽しみを味わいたい。あれも知りたいしこれも知りたい。手中に収めたい。権力欲や支配の欲求とさして変わらない。変化は魅力的な起伏だ。
「はあ。お前は戸田さんと仲良いし、あんな脚本、文句を言ってくれると思ってたよ」
 失意を瞳孔に塗り、梅を糾弾する。
「あたしだって可哀想だと思ってる。けど仕方ないが勝っちゃったの。あの子演技力あるし。心を痛めてるのは本当」梅は口を速めた。
 梅の弁解は聞き入れられなかった。それどころか、かえって千崎の不信感を煽ることとなる。今度は千崎が吹き出した。乾燥した憂鬱を隠さない。
「はは。まるで擬傷だ、ヒトの擬傷。傷ついたふりはやめろよ。俺は逃がさない」
「勘違いしないで。あたしに演じてるつもりなんてない。」
 じっとりと染み込む汗のような千崎の声音。音楽室は寒々しい。世界は橙から灰へ穏やかに落下する。
「キモ。何が『こっそり入れてあげる』よ。戸田の制服でも盗みたかったんじゃない」
 本心だった。瞬間的に様々に色彩や輪郭を変える周囲に対応しきれない。あべこべを感じる。千崎の論説も、戸田への好意も到底理解出来なかった。反射的に吐かれる毒。
「違う! 俺は、お前とは違う」
 千崎は強く否定した。犯罪者のレッテルを貼られることを拒んだ。同類の烙印は忌避すべきもの。なおざりの人間に自らを判断されるのも憤りを禁じ得ない。
「話を戻すぞ」
 この場で主導権を明け渡すのは、千崎の望むところではなかった。この世は彼女の独壇場ではない。悪しきことが罷り通って良いわけがない。
「戸田さんの席に近づいた時、隣の席である小道の鞄が目に入ったんだ。口が開いてて中が丸見えだった。そしたら光沢が目に入ったんだ。鞄の内側、素材の上に付着した何かの反射だった。不思議に感じたよ。よく見ると鞄の中の端々に薄赤い模様が幾つもあった。まさかとは思ったけど、微かに変な臭いがした。鉄の匂いとか、そういうのはあんまり分からないけど、とにかく日常じゃ嗅がない臭いだ。不快だった。鉄っぽさもあるし薬っぽさもある、つんとした何か」
 長々と詭弁を弄する千崎を、梅は疎ましく思った。焦燥は無い。完全犯罪を成し得たなどとは到底思っていなかったが、隠匿も案外難しいものなのだなと実感した。何より、専門職の大人でなく身近な同級生の方が余程脅威として警戒する必要があるのだ。子供だから、未成年だから。そんなフィルターの無い、等しい目線。屈む必要すらない、事実としての視界の広さ。
 有機的なものの見方を鼻高々に主張する。教室の隅の案山子が偉そうに。嘱望されていた無二の女子高生の輝きを曇らせる権利があるとでも。梅は千崎に刃を向ける。
「推理小説の主人公にでもなったつもり? あんただって異常じゃない」
 変わった朴念仁。高い蓋然性を持って発言している。そんな千崎の心を折る必要がある。論争の準備は出来ていた。しかし、相手側の反応は想定とは異なるものだった。揺らぎのない声が届く。
「か、かもな。俺も、心のどこかでわくわくしてたのかもしれない。退屈な現実じゃ味わえない探偵気分に、心躍ってた」
 千崎はそこで言葉を切った。
「けど、現物を見れば別だ」
「どういうこと」
「しらばっくれるんだな」
 大気が静止する。時間が凪ぐ。音が行方を晦ます。
 血流が騒めいた。瞬きを忘れた刹那、虚無の更地をただ見つめた。
「小道、お前は人を殺してる」
 千崎は明言した。クラスメイトの殺人を断定し、指摘した。梅は何も言おうとはしない。薄い言葉は弱点を増やすだけだ。僅かでも光明を探す。
「俺、じいちゃんが駄菓子売っててさ」
 梅は目を見開いた。眼前の同級生は哀しげな顔をしていた。
「丁度お前の鞄を見た翌日の土曜。じいちゃんに会いに行ったんだ。たまにしか顔を出さないけど。そしたら店には誰もいなかった。休業の看板が表に出してあったんだ。用意はしてあるけど滅多なことじゃあ出さない。なんだか胸の内がざわざわした」
 千崎は言葉に詰まりそうになりながらも懸命に意識を繋いでいる。
「近くで聞き込みしたんだ。常連さんを中心に。そしたら駄菓子屋は一週間くらい前から看板を出してたと。連絡しても繋がらない。高齢者用のケータイを常日頃持っておくように言ってあるのに」
 標的を間違えた。梅は二人目に選んだ首の後悔をした。
「勝手に行方不明になる程認知が進んでもいないし不審に思った。数人にじいちゃんのことを聞いた後、店に戻って手掛かりを調べた。必死になってあちこち見た。そしたらよ、陳列された駄菓子の隙間に血が付着してた。棚の隅にも血痕みたいな跡が見えた。雑巾とかで拭いたのかもしんねえが、大方、濡れた水分のテカリで消えたように見えたんだろ。早とちりだ。時間に追われると油断するよな」
「おじいさんが誘拐されたの。それは心配ね。でもそれとあたしに何の関係があるのよ。被害妄想も大概にして。血を発見したならすぐに警察に行きなさいよ」
 千崎は臀部にあるポケットから取り出したスマートフォンを操作し、画面を見せる。そこにはある写真が映し出されていた。一軒家の外観だった。
「昨日、お前の家に行ったんだ」
 聞き捨てならない発言だった。文化祭練習として、本番前最後の土日は二日間に渡る学校での練習があった。
「お前が不在と分かっていて訪問した。お母さんが出てくれたよ。お前に文化祭のことで要件があると言った。お母さんはお前に電話してくれると言ったけど、俺が止めた。資料だけでも置いていく、ついでに梅さんの部屋に探し物があるから入らせて下さいと頼んだ。堂本の名前を出した。彼女にしか場所が分からないから電話しながら探しますと言ったら、すんなり部屋に入れた」
 次に奏でられる音が怖い。千崎の声を聞くのが苦痛だった。ストレスは臨界点に達した。感情が、人とそうではない何かを隔てているものを曖昧に濁した。
 千崎が指を動かし画面上の写真を左にスライドすると、横並びになっている四つの首の列が映し出された。
「愕然としたよ。どこかで俺の間違いであることを望んでた。探しに探した。まさかクラスメイトの押し入れで、変わり果てた祖父と再会するなんてな」
 唇か喉を震わせていた。梅の視界にははっきりと映っていない為にあまり分からない。不幸だというのはなんとなく伝わった。
「瓶詰めにして、く、首を」
 オタクでも実際の猟奇を目にすると青ざめるものなのか。梅はおかしくなって笑いそうになったが、空気が悪くなりそうなので止めた。
 家に帰りたいな。頭の中はやがて利己的な考えが占めていった。安寧を脅かす虫に抱く嫌悪感。不利益は意識から除外し蓋をする。それが得策であり、吉となる。
「そ、保存してる。ホルマリンに漬けるの。みんな家で行儀良くしてるわ」
 悪びれもなく吐き捨てる梅に千崎は慄いた。翼と尾のない悪魔がそこには居た。角を持たず、何食わぬ顔で人間社会に擬態している。小道梅の自宅で目にしたあの絶望が甦る。産毛が逆立ち、胃液の逆流を覚悟した。朦朧とする現実を否定したかった。千崎は今まで一度も明晰夢を見たことがなかった。
「なんて恐ろしいことを考えるんだ。そして平然としている」
 梅は微笑んだ。瞳が黒に染まり、瞼を下ろし、両眼が横に広がりをつくった。頬骨が上がり微かな痙攣を見せる。
「やっぱりお前はおかしい」
 千崎は動悸で苦しくなる胸を無意識に押さえた。触れた自分の右手がやけに小さく感じた。
「こ、殺すのが楽しい?」
 梅の顔が固まる。何も楽しくはなかった。ふと、自分にサイコパスの資格はないのだろうかと思った。少なくとも素質は無い。ただ、必要だからやっている。それに尽きる。
「詰みだよ。小道」強い決意を宿して言う千崎。
 駆け引きも捲り合いも、ノーガードの殴り合いも。疲労だけが募る時間経過に意味を見出せなかった。名前も苗字も、意味が全てだ。無意味な人生を歩めはしない。無意味な人間に価値は無い。何も得られず、何も失えない。
「涙って漢字あるじゃない」
「何だよ、急に」
「あれさ、氵(さんずい)に戻るって書くのよね。素敵だと思わない」
 涙という漢字は面白い。水を表すへんに、戻るというつくりを充てている。梅は話を始めた。どこかの誰かに聞いて欲しかった話だ。
「きっとね、こうなのよ。人は、誰かを哀れんだり心配したり、亡くしたりしたとき、泣くでしょう? だからこれは、時間を巻き戻したかったり、過去に戻りたい、あの頃へ帰りたいって強く願うことから来てるのよ」
「それはネガティブなもんだけだろ」
 梅は千崎の言葉を聞かずして続ける。無視は得手とするところだ。
「流行ってるでしょ、そういうのって。人との出会いを阻止したり、助言したり。何らかの形で過去に介入してハッピーエンドへ辿り着く」
 声に熱がこもってきた。冷めた侘しい人格に、灼熱の語気はそぐわないかもしれなかった。
「でもあたしは涙は流さない。だから未来を変えるの。自分の手で道を切り開いて、自分の道をつくる。自分だけの道。やりたいことはやるし欲しいものは手に入れる。あたしを納得させるためなら、その手段は厭わない」
 修正の利く余地は存在しない。不動が白日の下に晒される。
「だからって。お、お前の目的ってなんだよ! 訳わかんねえよ」
 虚ろに瞳を留めた。説明の労は割かない。愚者へ懇切丁寧に共感や同調を求める無駄は排する。冒涜は許さない。十七年を易々と理解されてたまるか。普遍の十七年ではない。共通項でもない。唯一の十七年。粗忽な馬鹿には永遠に足裏を見せつける。
 梅の艶やかな口がゆるりと開く。
「ペルソナ、アニムス。アリアドネの糸。円周率。ジャンヌ・ダルク。イカロスの翼。マキャベリズム。卑弥呼。ノブレス・オブリージュ。ヨブ記。ソシオパス。冥王星。オラクル。フクロオオカミ。使徒ヨハネ。辻斬。プロクルステスの寝台」
 意味不明な言葉の羅列。千崎は一歩、左足を後ろに引いた。きい、と甲高いワックスの作用した音が足元の靴から響く。
「お前の中には一体何が巣くっているんだ。お、俺は、お前を蝕む病理を理解したくはねえ」
「そう。それも良いんじゃない」
 梅は応える。直線に伸びた茶色い長髪は、天使の輪なる光の反射を常に纏い続けていた。


 掌に豆が出来てる。いつからだろう。帰宅部らしくないなあ。
 あーあ。こんな終わりなんて呆気ない。勿体無い。もっと話したかったな。
 ホルマリンの原液なんて簡単に手に入るわけないよね。誰だってわかる。あたし教職に就いてもないし、科学者でもない。
 くるくる畝ってる髪の毛。あたしとは違う。綺麗なつむじ。かわいい。それで、ちょっと凛々しい眼。
 健全なる身体は、慣れ親しんだ還るべき場所へ。やっぱり、あたしの人生には首が必要みたい。


 カーテンの開いた自室の窓は夜の闇を不鮮明に映し、下方から揺らぐ赤い光を規則的に瞬かせていた。




ありがとうございます。 作家になるための糧にさせていただきます。必ず大成してみせます。後悔はさせません。