見出し画像

ぼくたちは ぼくたちは

酔ったわけでもないのに頭の回らない今日である。防寒着は包まれるとどこでも眠たくなってしまって着るシュラフと化している。外に出る用もあったから、カイロも腹と腰に貼った。ネタを探す暇もないような年の始まりの通常に戻る加速列車に乗って、僕は遅れまいと窓にへばりついては去り行く景色を見ている。いつしか列車はがたんごとんと速度を落とし、ワンマンの1輌車へと変わっていた。車窓についた青っ洟を左の袖で拭っては、果て、ここはどこかと360°を見渡す。春にいた、春の午後のあの窓辺である。大きなあくびを静かに吐ききると、鶯が、けきょと鳴いた。

夏より訪れた僕の銀河鉄道の片割れはそっとその地に僕を落とすと、空へと透過しながら消えてゆく。僕は確かにここに忘れ物をした、その感覚はうっすらと脳裏に痒みを伴いへばり付くようにあるのだが、果たして何を取りに来たのかと問われれば釈然としない脳みそが歪な回路不全の音を鳴らす。澄んだ池のほとりではアマガエルがケロと鳴いては水に飛び込んだ、奥の森林からはやさしき夏鳥たちの美しい囀りが聞こえる。僕はどうすべきか、そう思い空を見上げると銀色に輝くものが緩やかに落下してくるではないか。眩しさを左の掌で遮りながら高く高く右手を伸ばした。池に落ちそうになりながらもぎりぎりまで右足のつま先を淵に踏ん張り、触れた感触を知覚した途端、それは重量を開放し、急激な重力に耐え切れず僕は結局見事美しき池に着水した。

ひどい…、など一人愚痴りながらあの天啓の如くきらきら眩く光を放ちながら落下した物体を見つめる。それに対し視覚と触覚は同時に幾何学の神経回路を滑走し、脳に一つのイメージを施した。

「ビールだ、しかも、きんっきんにひえてる、アサヒの生だ」

下に落ちているようなものならばたとえ開封されていなくともまず手を付けないこのご時世のお約束だが、重力を無視しふわふわと天よりおりてきたシータ如くの缶ビールであれば、悪い作用はないだろう、と誰しも思うはず。ましてやこの美しき初夏の湖畔にたどり着いた僕の先を示す、1つのオラクルであることに間違いはないのだ。(ありがとう)そう誰にともなく小さな感謝の言葉を紡いで、僕の唇はそのまま銀色をした宇宙の入り口を乗せた。

あふるる黄金の滝は喉を通るたびうなり声をあげ、がっぷがっぷと野太きその神秘の本性を垣間見せる。ひたすら真上を見上げ、ビールを垂直に落下させる滝となり果てた僕は、無意識のうちにみごと肩甲骨に白き羽を生えさせ、飛ぶ準備をしていた。この極上の心地を前にして語ることなど何一つない、ただ、飛ぶのだ。飛んでこそ伝わる真意がある。とべ、とべ、イカロス!

下界を見渡せば永遠と夏の草原が続いていた、森は後ろへと下がり、動植物の混ざり合う美しき緑の景色と、空に育った入道雲の峰々が僕を迎え入れる。人とは、やはり地球と一心同体であったのだ。そう真理を悟り、僕は目をゆっくりとつむり、浮かんだままに反転し、仰向けになっては太陽光を全身に受け入れた。(ほら、熱くもなければ、まぶしくも、ない)意識が宇宙を網羅していく頃、左目をそっと開ける。宇宙の外の黄金の海が絶黒の宇宙の一隅に少名昆古那神を遣わせ穴をあけ、直径1㎜に満たないその穴から、黄金の麦酒を流し込んだ。僕は口を開け流し込む。これより世界は僕が一つの機構として仕組みとなった新宇宙と生まれ変わる。ほら、空に黄金がにじんできて、程よくハイになっていく、黄昏のデジャブはいつも、いつも誰かが笑っている。

どれだけの杯が掲げられ、そして交わったのだろうか。僕たちはこの大きな世界という、ビール祭りの会場にいるのだよ。宇宙ビールはそれはそれはとてもおいしい、子供だって飲めるさ、18歳だって、0歳だって。僕たちは、同じ飲み物で、同じグラスで、同じ時に、杯を交わす!かちん!乾杯。

tu90u61-2のuiopywoijywも今、空を見上げて602-02i9(乾杯)と言っている。僕たちは、いつも待っていたよ(世界語訳)

どうりで、どうりで楽し訳だ。僕はそうしてゆっくりと発泡酒のプルタブを鳴らした。カップス。青き電子の波々の、交互する信号の、01の、世界の返還する地球の、信号であり、言葉である。

どうりで、僕があついと話せば、日本を知る人々は空を眺め太陽を見づらそうに見つめる。反対側の世界の人々は、目くばせして、にっこりわらって、ポータブルの量子望遠鏡で太陽を見ている。ぐつぐつとに立つように、フレアの魚が飛び交うと祭りの合図です。(誰かが宇宙語で言った)

どうりで、ぼくたちはぼくたちはというよ、

ぼくたちは、ぼくたちは いつも空を見ていた
周りの木々がざわめくと ぼくたちは ぼくたちは まばたきして
しゅういをかくにんして すこしはずかしくなって すこしたのしくなって
めをとじてみた うちゅうのおとは きこえるっていうんだから

ぼくたちは ぼくたちはというよ
ひろいせかいのかたっぽで だれかがうたってるかないてるか
じつはよくわからない けれど そらをみたら太陽はにかってわらってるし
かぜもおまえはバカだ大丈夫っていってくれてるし
それが、みんなにきこえないはずがない!

ぼくたちは ぼくたちはというよ

みんな、 ぼくたちはぼくたちはって、いうよ。


おわり

#ほろ酔い文学

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?