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豊潤な、深い夜

いつもより少しばかり豊潤で、芳醇な、深い夜である。

しかし日々に罅入ることなくときとはなんともねっとりと流れ、今ここに僕を落とすのである。スプリングバレー、うまかったな。ついついよった勢いでアマゾンに再発注をかけてしまった、そんな、深い夜である。

鹿田です、よろしくね。

エアコンの効く部屋に一人戻る。カーテンを開ければまだ明かりを放つ星星がにぎやかに話しかける。僕は黙って、静かに微笑みながらその扉を再び閉めるが、明日になれば僕以上に無機質な、白き何かがすべてを奪っているかもしれない。クマムシさえ存続の危うい、そんな、夜にいる。

かき分けてもがくように沈んだ、その、一つの夜である。感覚を純粋に伝えるならば拡散的街明かりを塞ぐ、路地裏のバーでとろりとためる、一杯のストレートである。真ん中に鎮座するのは透明な月で、僕は今からそれをなめるように飲むのだ。

よく見れば窓一つないその世界からは月の光はまやかし程度にしか届かない。入口のドアの隙間より薄く刺しいるそれも、電灯か、月明かりか、区別のつかない程度だ。明日に荒れるという天気の真実具合に躊躇するのは、その行き過ぎた乖離的現実になれすぎたせいでもある。僕は、1杯のそれを飲むとき、いつも果たして意味があるのかと訝しげに飲むので、片側の気管支より肺に至る。

むせると振るう空気圧の不安定な变化が、その波長が比例し泳ぎ、視界の回転と上下揺さぶる根拠なき酩酊と、その奥底にひたひたとたまりつつある広角よりはみ出た残滓と、一口目吹き出した咳の成す、散らばったエキスと化す。(僕はいつもそうして、冬にいながら夏に錯覚したいのだ)

酩酊。

混沌し酩酊し、いずれ停止せざるを得ないくるくると渦巻く柔らかき鏡に向けて、僕は両手を限界まで振り子にしては向かって、走り出す。ぷるん、そうなる確信がある。鏡の孤城の浮き立つ異世界にきっと、僕が踏み入ったのならば初夏の田園の風景があるはずなのだ。酔いとは、それを根拠なく確信に至らせる最強の武器である。

くるくると回ると、いずれ気持ちは悪くなり、嘔吐の気配がするのは当然。しかし僕は、僕らはいつかそれを過ぎたことがあったなと、思う。酩酊に呪力の働く頭部の重力は、そんなとき、いつも後頭部に集中した。

それで、自然と空を見上げるのである。

HAHAHAハハッあーハハッ。

そうしていつか、出会ったときのことを思い出したよ月、だいぶ遠くて、またそれは現実と幻想の合間というファンタジックなタイミングだったから、いつか夢見心地に忘れてきてしまったけれども。それは、たしかに、冬だった。

帰り道のコロッケが熱くて、白い息を吐いては頬張る。そして満腹になった頃、腹圧にまけては見上げるオリオンの制する空に、君がいたのさ、月。

月、随分と、遠いな。

星星は高速の瞬きのように一瞬にして居心地を変えた。北風の猛威のナス技と思いつつも、その夏空とは打って変わって変貌を遂げるその逐一変わる千変万化のシアターは、巡るにめぐり、その間の光速の一コマに、いつもサブリミナルを差し入れた。「きみは…に…ろ」

高速のサブリミナルを、果たして、無意識で受け取ることが可能と言うなら、果たして、脳とはどんな奇跡を残りの90%に秘めているのかとわくわくしたが、実際説は何ぺんも角度を変え、常に90%の稼働をしている、とか、もしくは定説(僕的)通り、10%程度しか普段は働いていないとか。

脳の中の幽霊を、3分の1読んで人に貸してしまった僕は、その理由を今年中にしれそうにないが、それがうれしいのだ。僕はいつまで経っても子供のように逐一疑問のすべてを神秘に置き換えて、キラキラと目を輝かせ探ってしまうくせがある。それが楽しいのと同時に、知識欲がもう少しなまけものであったなら、果たして今僕の両手両足に抱える不安はどれくらい減っていただろうとも思ってしまう。ああ、今また読みたい本はもう一冊あり、家のどこかには隠れているのだがすぐに取り出せそうにない愛読書の1冊、「永い夜」である。あんな素敵な本はない。お前のその不安は正常だよ、大丈夫、みんなそうなんだと頭をなでてくれる。

僕は僕が好きだから、それはみんなが同じように。それを心の奥底で理解しておきながら、再び興るアイディンティティーの不確立や、もしくは結局僕のやっていることとは宇宙規模で見たら、とか、そんな意味不明な思考回路に乗っ取られ、全てが無に感じる夜。僕はそれこそを聖夜と呼びたいのである。それこそが心の奥底から肯定できるなら、そんなに素晴らしいことはない。

けれどもがく。幸せは続くと普通になるから、その逆もまた然り。僕らは刺激がなければ生きていけないのだ、そういうふうに作られている。(きっと、つくられている)

そんなみんなの雄叫びが上がったあの夜から、僕の世界線は4次元的に不動で、僕はまた一人さまよっているのだ。いつか、常夏の懐かしきあの世界がどこかに存続しているのならいいのだけれど。


そんな僕だ。

明日から天気はあれるらしい。星や月もすっかり避難して、今見上げれば真っ暗な空が世界を包み込んでいる。けれど僕らは技術や知識があるから、電気があるから、素敵にカラフルに電飾飾るさ!僕が僕の理由に、いくらでも副次性はつけられて、それが周囲から奪ったものでも、ものにしてしまえばいつかオリジナリティの比率の方が強くなる。

その組立てている試行錯誤の最中だ。そう思えることが何より今は楽しいし、幸せを感じる。馬鹿なことをやって、笑ってもらえるのが一番だし、僕は笑いながら夏に適当に揺蕩っていたい。

これからも、みんなも、数多な夜に足跡をつけて、次の日に向かう。
晴れればその朝日に心は動く。夜が好きなのは、朝が来るからだ。

それでいいだろ。

またね!

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