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煌めく灰 1.

1.
「いらっしゃいませ。」
 自分の口からロボットみたいな声が出るようになったのは進化というべきか、それとも退化というべきか。

 小さいころからコンビニが好きだったのはきっと僕だけではないはずだ。弁当から雑誌に500円くじ。あらゆる物が揃っていて、なんて素敵な施設なんだろうかと思っていた。小学生の卒業論集での題材はありきたりな「将来の夢」。クラスメイトが王道のプロ野球選手やサッカー選手だったり、近年人気急上昇しているユーチューバーなどと書いている中で、僕は将来コンビニで働きたいと書いた。母親には、「夢が叶った時のことを考えなさいな。」と言われた。当時気になっていた隣の席に座っている女の子には、「いつか太一君のレジでプリン買いに行くね。」と言われた。その後行われた席替えで廊下側と窓側で真反対の席になった。中学生になり、おこずかいを月1000円もらえるようになってからは、友達と買い食いしたり、週刊誌の立ち読みが大好きだった。ほとんど毎日同じコンビニに行っていたので、皆勤賞かログインボーナス制度を作ってほしかった。

 10年間陸上部に入っていてアルバイトをしないまま就職したこともあって、大学を卒業してから働き始めることになった。僕の夢があまりにも煌びやかだったのか、現実があまりにも荒んでいるのか、僕が研修後半年経ってから副店長を行うことになった店舗での時間は、心苦しいものだった。時に中年のおばちゃん達に愚痴を言われ放題のサンドバッグになり、時に女子高生のおもちゃとしてコスプレや着ぐるみを着て働く羽目になり、時に人手不足で朝10時から早朝5時まで働く文字通り奴隷になった。夜でも明かりがついていて、いつでもキラキラしていると思っていたその光は、人間の精力を燃やして輝いているのだと知った。
当時の僕の希望は灯火のように今にも消えかかりそうだった。

 最近の太一の睡眠時間は夜勤を終えてからお昼に出社までの数時間程だった。勤務地まで自転車で通える月5万円を切るボロアパートは、灰色のコンクリートで塗り固められた海外ドラマの刑務所みたいな色をしている。そういえば今日は七夕か。店の装飾をバックヤードからまだ出していないことを思い出して、太一はそのまま溶けるように眠りについていた。早朝の配達員のバイク音が遠くで聞こえた。

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