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国民全員が持つ“母子健康手帳の全人生化”を目指しませんか?

月刊『日本歯科評論』では歯科界のオピニオンリーダーに時評をご執筆いただく「HYORON FORUM」というコーナーを設け,コラムを掲載しています. 本記事では12月号に掲載した「国民全員が持つ“母子健康手帳の全人生化”を目指しませんか?」を全文公開いたします(編集部)

里見 優
さとみ矯正歯科クリニック

口腔機能の重視

平均寿命と健康寿命の乖離を是正するために,口腔機能を維持する大切さが注目されてきている.そして,われわれ歯科医療に携わる者にとって,人々の口腔機能の成長と維持の支援が重要なテーマになりつつある.

一方,ロコモティブシンドローム(運動器症候群,通称ロコモ)とは,骨や関節,筋肉など運動器の衰えによって日常生活に障害をきたしている状態を指し,進行すると要介護や寝たきりになるリスクが高まる.平均寿命は延びたものの,私たちの運動器はそれほど長持ちするようにはできていないようで,自立した生活を長く送るためには,定期的に運動器のメインテナンスを行いながら,大切に使い続ける必要がある.

平成30年の診療報酬改定では,「ライフステージに応じた口腔機能管理の推進」として「口腔機能低下症」という新しい病名が誕生し,オーラルフレイルやロコモに対応できる医療手段(技術)が歯科保険制度のもとで利用できることになった.

また,「食べる機能」や「話す機能」「呼吸する機能」が十分に発達していないか,正常に機能の獲得ができていない状態で,明らかな摂食機能障害の原因疾患がなく,口腔機能の定型発育において個人因子あるいは環境因子に専門的な関与が必要な状態に対して「口腔機能発達不全症」という病名が認められることになった.このような流れは,人々の口腔機能の成長と維持の支援を目指すわれわれにとって追い風となると思われ,これを皆で大切に育て,大きな流れにしていきたい.

国はなぜ,「口腔機能発達不全症」と「口腔機能低下症」の病名をほぼ同時に保険導入したのか? 「口腔機能発達不全症」と「口腔機能低下症」が国が掲げる「健康医療2035」の基本理念の一つである疾病の治癒と生命維持を主目的とする「キュア中心」の時代から,慢性疾患や一定の支障を抱えても生活の質を維持・向上させ,身体的のみならず精神的・社会的な意味を含めた健康を保つことを目指す「ケア中心」の時代へ転換する象徴の一つであるからと思われる.

口腔機能を重視する背景

「口腔機能発達不全症」と「口腔機能低下症」に関する基本的な考え方とは何だろう? それは,平成25年7月に開催された中央社会保険医療協議会で示された資料(図1)に示されている.そこには,高齢期に口腔機能を維持して健康寿命を達成するには,成人期の高い口腔機能の維持が必要であり,それを達成するための,乳幼児期・学齢期の高い口腔機能の獲得が必要である,と示されている.

20211129_HYORONFORUM_図1

健康寿命は,健康上の問題がない状態で日常生活を送れる期間のことだが,平均寿命と健康寿命の間には,男性で約9年,女性で約13年の差がある.「健康寿命ジジイ」とは筆者の造語だが,健康なまま平均寿命を全うできる,寝たきり(ネンネンコロリ)にならない,ネタ切らない老人を指す(笑).ピンピンコロリ(PPK)! 治療費要らず! 健康保険,介護保険使わず! 介護医療財政万々歳!! 国家財政の危機に貢献!! これが国の健康戦略なのだ!

健康寿命延伸に向けての提言

筆者が子どもの頃は,健康優良児が表彰されていたが,その人たちは健康寿命ジジイになっただろうか? 極端に言い換えれば,オリンピック選手など優れたアスリートは,健康寿命が長いのだろうか? 十分に検証する意義があるのではないだろうか.

20211129_HYORONFORUM_図2

図2はいろいろなところで見かけるスポーツ種目ごとの平均寿命の一覧だが,このグラフの出所の『スポーツと寿命』*2にはこのグラフは見当たらない.調べてみると,この本には未発表のデータの原票があり,何らかの意図を持った者が,そのデータから各種目の中央値のみでグラフ化したものが図2のようだ.元データでは各種目のSD値(標準偏差)が大きく,種目間の有意差は現れにくいようで,ゆえに「種目によって平均寿命に差はなかった」かもしれない.

われわれはこのような意図的に歪曲化されたデータに惑わされてはならない.国勢調査のようなビッグデータから得られる疫学データのEBMを集め検証しなければならないと思う.筆者は,この問題の解決に一つの提案をしたい.それは,「国民全員が持っている母子健康手帳の全人生化」である.

乳幼児期・学齢期の高い口腔機能の獲得は,本当に高齢期の口腔機能を維持し健康寿命の達成に寄与するのだろうか? これまで個人の公的健康記録は,縦割り行政の悪しき影響を受け,母子健康法(厚労省子ども家庭局)から学校保健安全法(文部科学省),介護保険法(厚労省老健局)まで異なる組織に記録され,生まれてから死亡するまでの「全人生」の健康記録は管理・保管されていない.

世界に誇る全国民が持つ母子健康手帳を基に学校保健データ,健康保険・介護保険データ等の紐付けを行えば,全国民の健康ビッグデータが確立され,図1のグラフを裏付け証明する疫学研究が可能となるはずである.そうすれば,全国民の健康についての終身データ集約がマイナンバーカードより簡単に可能になり,マイナンバーカード制度の究極の目標達成となるであろう.

参考文献
*1 中央社会保険医療協議会総会(第246回)資料「歯科医療について」.平成25年7月31日.
*2 大澤清二:スポーツと寿命.朝倉書店,東京,1998.

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