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生涯成長できる歯科医師となるために

月刊『日本歯科評論』1月号 特集「令和を担う若手歯科医師」より,倉富 覚、先生ご執筆のイントロダクションをご紹介します!(編集部)

倉富 覚、/くらとみ歯科クリニック
北九州歯学研究会/日本顎咬合学会 副理事長

「歯科開業医は十種競技」

筆者がまだ開業したばかりの頃に,所属する北九州歯学研究会の先輩である上田秀朗先生(日本顎咬合学会・前理事長)が懇親会の場で必ず言われていた言葉が「歯科開業医は十種競技」である.

われわれ開業医が習得しなければならないことは,多岐にわたっている.

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陸上競技の十種競技では何かの種目で高得点を出せたとしても,大きくポイントを落とす種目が1つでもあれば,表彰台には届かない.

“これだけは絶対に他人に負けない”という得意種目を複数持ちながら,なおかつ他種目でも押しなべて平均点以上を取らなければならないこの競技の特性は,歯科臨床と非常に共通するところがある.

現在の大学教育ではカリキュラム上の制約などもあり,残念ながら臨床で行うすべての手技やコンセプトを学びおおせるものでないことは,周知の事実である.

したがって,卒業後にさまざまな講演会やセミナーに参加して技術と知識の習得に努めていかざるを得ない.
そこで重要となってくるのが,そのような場で学んだことを正確に理解し実践できているか,という確認である.

自分自身の若い頃を振り返ってみると,高名な先生のセミナーを受講したのはいいが“受講した事実”に満足して,そのコンセプトと手技を理解できた“つもり”になっていたことが多々あった.

考えてみれば,講師の先生が長年かけて培われたテクニックをたった数時間(数日間)教えてもらうだけで完全にマスターできるわけもなく,セミナーはあくまでも“貴重な臨床ヒントを伝授してもらう場”なのである.

教わったことをベースにし,自身で考察して実践し続けなければ真の意味で技術と知識が身に付くわけではない.

そして自信が付いた頃に,必ず第三者に体得できているかどうかの客観的な評価をしてもらったほうがよい.そうしてはじめて,確信をもって治療に臨めるようになるのである.

スタディーグループ所属のすすめ

スタディーグループに所属しているメリットとして図2に示す8つのことが挙げられる.

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①自身の臨床手技や概念に対する客観的評価

技術や知識の“INPUT”はもちろん大事であるが,同等に“OUTPUT”も上達のための重要な要素である.

勤務医時代は院長や先輩歯科医師にOUTPUTをチェックしてもらえる環境にあるが,開業して院長になることは「自分の臨床に対して率直な意見を述べてくれる人間が院内には一人もいなくなること」と考えるべきだろう.

歯科医師が一人きりで自身の臨床を客観的に評価することは,思っているよりも難しいものである.

しかし,スタディーグループに所属していれば目の肥えた先輩方が,時に優しく時に厳しく,客観的な評価を下してくれるだろう.
筆者の経験で言えば,優しく褒められたひと言よりも厳しいお叱りのコメントのほうが,いつまでも記憶に残り自分を律してくれている気がする.

一人よがりになりがちな臨床の方向性を正し,時に自信を付けてもらえ臨床技術の向上にもつながるという点で,スタディーグループに所属する意義は大きい.

②患者さんに対する説明の練習の場

スタディーグループでのプレゼンテーションは,患者さんへの説明の練習という意味を含んでいる.
聞き手の理解を深めるために,いかにわかりやすい説明を心がけることができるか,その練習の場なのである.

同業者の歯科医師に対して行ったプレゼンテーションでさえ「いったい何が言いたいのか?」と思われてしまうようなものであれば,その先生が日頃患者さんに対して行っている治療説明では,真の理解を得られていない可能性が高い.

③症例の擬似体験を通じ,診断,治療計画の参考にできる

他の歯科医師が経験した臨床ケースをプレゼンテーションを通じて擬似体験できることは,診断力の向上に繋がる大きなメリットだと考える.

特に先輩方が思うようにいかなかったケースを通じて学ぶことは非常に多い.
スタディーグループ全体で情報を共有し同じ轍を踏まないという意味でも,成功症例だけでなく失敗症例も交えてディスカッションできる環境が望ましいと考える.

④治療計画,治療結果は妥当であるかの客観的評価

患者さんは自分の疾病に対する治療方針に関して疑問を抱いたり,期待していたものと違うようであれば,セカンドオピニオンを受けることができる.

では,歯科医師サイドはどうであろうか? 当然のことであるが複数の歯科医師がいない歯科医院では,治療計画や治療結果について“独り”で判断しなければならない.

しかし,自身で立てた治療計画であるにもかかわらず「本当にこれがベストの選択であったのか?」と自問することがよくある.

そこで,いわば他の歯科医師による“セカンドオピニオン”を訊くことのできる場としても,スタディーグループは非常に有用だと考える.
時には思いもつかなかった方法や知見を得られ,患者さんと術者の双方に大きな恩恵をもたらすこともある.

⑤スペシャリストからのアドバイス

スタディーグループの中には,ある分野に関して突出した知識と技術を持っているマニアックな先生が少なからず存在するものである.

前述した十種競技の“得意分野”を持つ先生から,たくさんのアドバイスをもらえることは臨床力の向上に大きくつながる.

わざわざ教えを請わなくても例会などで症例発表をし,その道のスペシャリストの先生にさりげないコメントをいただいたことが臨床の中で大きな変化をもたらしたことを,筆者自身も多く経験している.

⑥最新機器を導入しているメンバーからのクチコミ

近年CBCTやマイクロスコープ,CAD/CAM,レーザーなど治療機器の発展は目覚ましい.
それらの導入に踏み切ろうとする際に,メーカーごとの特性などを考慮すると選定に悩むこともある.

症例発表を通じ先行して導入されている先生が,使用している機器のメリットや具体的な使用法を提示してくれることも多く,パンフレットには載っていない貴重なクチコミ情報を得られる.

ただしメンバーの誰かが購入すると刺激を受け,ついつい自分も欲しくなって衝動買いをしてしまうというデメリットもあるので,慎重な対応が必要である.

しかし,今までスタディーグループの仲間から勧められて購入に至った器具・器材について,後から「失敗した」と思った記憶はほぼない.

⑦さまざまな情報の収集と相談ができる

開業医であれば患者さんから信頼を寄せられる医院でありたいと願うのは当然であるが,そのためには臨床技術を追求し続ける姿勢はもちろん,清潔な院内環境や医院全体の接遇なども必須の時代となっている.

歯科界の現状や動向,保険点数算定に関することなど,臨床とは直接かかわりのないことからスタッフに関する悩みまで,さまざまな情報収集と相談ができる場としても役に立つことだろう.

⑧「守破離」の過程

歯科医師が臨床技術を習得していく過程は,日本の伝統文化である茶道や武道における成長の概念である「守破離」にも通じる点がある.

まず「守」に当たる時代は大学を卒業し,勤務医の時代であろう.自分の勤務医時代を振り返ってみると,師匠の技を徹底的に模倣して基本の型を身に付けることに必死であった.

次に「破」であるが「より自分に合った型をつくるため,他流派にも学びながら型を破る」という定義となる.

筆者も開業して以来,この「破」の真っ只中である.1つのスタディーグループに所属していてもメンバー全員が同じ流派であるわけではない.
他流派に学んでいる先輩方や仲間といろいろな情報を共有し,ディスカッションすることで自身の臨床の幅が広がり,オプションを増やすことができる.

ついでに言っておくと「離」は「師匠の型の上に立脚し,自分の流儀を確立する」ことであるが,これはなかなか難しい.

グループの垣根を越えて交流する意義

先日,筆者が所属する北九州歯学研究会と,主に福岡市近郊の歯科医師で構成されているスタディーグループJUC(水上哲也会長)による定例の合同研修会があった.

学校が違えば校風が違うようにスタディーグループの色もさまざまである.

われらが北九州歯学研究会は,先輩が言われることに対して絶対服従の“体育会系”スタディーグループである.
ラグビー日本代表とまではいかないが,合宿を行っている日数は非常に多く家族よりも会のメンバーと過ごす時間が長い週もある.

それに対してJUCは,先輩・後輩の垣根を越えて忌憚のないディスカッションができるような筆者が憧れる“開かれた雰囲気”のグループである.
その場で発表された若手の先生の発表スタイルや治療コンセプト,またベテランの先生によるコメントも,それぞれのスタディーグループの特色が出ており興味深いものがあった.

発表者のみならず,その場に居合わせた参加者全員が大変勉強になったと思っている.

複数のスタディーグループが,その垣根を越えて全国規模で集まり研鑽を積むという趣旨の会は古くからあり,金子一芳先生主宰の「臨床歯科を語る会」などが有名である.

さらに大規模なものとして学会があり「日本顎咬合学会(黒岩昭弘理事長)」の学術大会もその要素が大きい.
日本顎咬合学会は臨床家が主体の学会としては国内有数の規模を誇る学会である.

毎年6月に東京国際フォーラム(東京・有楽町)で行われる学術大会は,海外招聘講師による特別講演やスペシャリストによる依頼講演,市民を交えた公開フォーラムなど,そのプログラムは多岐にわたる.

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中でも全国の会員が日頃の臨床の成果や取り組みを発表する場である会員発表(一般口演,ポスター発表)や,テーブルクリニックの場で繰り広げられるディスカッションは,真摯に臨床に取り組んでいる臨床家同士だからこその熱い討論となることもあり大変見応えがある.

筆者自身も勤務医時代からスタディーグループに所属していることで,先輩・後輩を問わず全国のいろいろな先生方と触れ合うことができた.

「世の中は広い」の一言に尽きる.

日本全国には素晴らしい臨床家がたくさんいる.たくさんの先生方に出会えて,臨床の幅だけではなく人間の幅も少し広がった気がする.

そこで今回は『日本歯科評論』編集部の企画を受ける形で,全国で活躍されているスタディーグループにお声掛けをし,会の紹介とこれから歯科界を担っていく若手歯科医師による誌上ケースプレゼンテーションをしていただくこととした.

各グループの特色がそれぞれ十分に出ていると思うので,楽しみながらお読みいただきたい.

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関連リンク
日本顎咬合学会 第38回学術大会
北九州歯学研究会

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