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キュビズムってにゃに?

「週末のアート」マガジン

日頃は、デザインについての記事を書いていますが、(あまり記事が読まれない)週末は、アートの話を書いています。アートとデザインは別物ですが、アートがデザインに及ぼす影響は随時あるので、アートについても何かと抑えておくと(デザイナーにも、デザイナーじゃない方にも)便利です。


キュビズム

時期:20世紀初頭(1910年代から1920年代)

パブロ・ピカソ『マンドリンを持つ少女』(Girl with Mandolin)1909-1910年
By Pablo Picasso - wordpress, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=38782663

キュビスム(仏: Cubisme、英: Cubism)は、20世紀初頭にパブロ・ピカソジョルジュ・ブラックによって創始され、多くの追随者を生んだ前衛芸術運動(avant-garde art movemen)です。それまでの具象絵画が一つの視点に基づいて描かれていたのに対し、キュビズムでは、いろいろな角度から見た物の形を一つの画面に収めようとしています。それまでの西洋美術で当たり前とされていた遠近法や、単一の視点から描くというルールを覆そうとした試みです。

キュビズムの画家

  • パブロ・ピカソ

  • ジョルジュ・ブラック

  • ジャン・メッツィンガー

  • アルベール・グレイズ

  • ロベール・ドローネ

  • アンリ・ル・フォコニエ

  • ジュアン・グリ

  • フェルナン・レジェ

  • フアン・グリス

キュビズムは、ジョルジュ・ブラックが描いた風景画が「小さな立方体(キューブ)による絵のようだ」と、評されたことが語源といわれています。日本語では、「立体派」と訳され、現在でも一部の文献ではこの訳が用いられていますが、正確に訳すのであれば「立方体派」とすべき。

キュビズムの歴史

パブロ・ピカソ『アヴィニョンの娘たち(Les Demoiselles d'Avignon)』
By Pablo Picasso - Museum of Modern Art, New York, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=547064

キュビスムの出発点は、ピカソが1907年秋に描き上げた『アビニヨンの娘たち』(Les demoiselles d’Avignon)。この絵をピカソはごく一部の友人にだけ見せたのですが、反応はあまり良くありませんでした。しかしジョルジュ・ブラックは、ピカソのこの絵の重要性に気づき、ひそかに『大きな裸婦』( Grand nu)(1908年)を描いてそのあとを追いました。

ジョルジュ・ブラック『大きな裸婦』( Grand nu)(1908年)
Georges Braque, 1908, Baigneuse (Le Grand Nu, Large Nude), oil on canvas, 140 × 100 cm, Musée National d'Art Moderne, Centre Pompidou, Paris

そしてブラックは、ポール・セザンヌゆかりのエスタック地方に旅し、『エスタックの家』をはじめとする7点の「セザンヌ的キュビスム」の風景画を描き、1908年秋にダニエル=ヘンリー・カーンワイラーの画廊で公開しました。これを見た批評家のルイ・ヴォークセル(Louis Vauxcelles)が『ジル・ブラス』(Le Gil Blas:19世紀末から20世紀はじめにパリで発行された定期文芸誌)紙上で「ブラックは一切を立方体(キューブ)に還元する」と書きました。

『ジル・ブラス』

これがキュビスムという名の始まりでした。ブラックは、この展覧会に7点の作品を持ち込んだが5点の展示を拒否され、これを不服として全作品を引き上げています。翌1909年からピカソとブラックは共同でキュビスム追究を始めます。1911年ごろの作品は、どちらに帰属するのか判別しがたいほどよく似ています。しかしこの頃、ふたりはほとんど作品を公開していません。ピカソとブラックの共同作業は、ブラックが、第一次世界大戦でフランス陸軍に召集される1914年まで続きました。

アンデパンダン展

キュビスムがはじめて世に知られることになった契機は、1911年の第27回アンデパンダン展でした。アンデパンダン展(Salon des indépendants)は、無審査・無賞・自由出品を原則とする美術展であり、1884年にフランスのパリで初めて開催され、その後、世界中に広がっていきました。

ピカソとブラックの仕事に影響を受けたピュトー派(Puteaux Group:キュビスムを志向したグループ。1910年から第一次世界大戦が始まる1914年まで存在)の画家たちが会場の一室を占拠し、キュビスムの一大デモンストレーションを行いました。観衆はそれらの作品を見て衝撃を受け、口々に非難を浴びせました。この事件は、詩人で批評家のギョーム・アポリネール、アンドレ・サルモン、ロジェ・アラールが意図的に仕掛けたもので、その呼びかけに応じて参加した画家はアンリ・ル・フォーコニエロベール・ドローネーマルセル・デュシャンなど。キュビズムは、アンデパンダン展への出展により世に知れ渡りますが、第一次世界大戦前後に収束を迎えます。しかしその後もデザインや建築、彫刻などに大きな影響を与え続けました。

パブロ・ピカソ

ピカソ(1962年)

パブロ・ルイス・ピカソ(Pablo Ruiz Picasso)( 1881年–1973年)は、スペインのマラガに生まれ、フランスで制作活動を行った画家。彼の本名は「パブロ・ディエゴ・ホセ・フランシスコ・デ・パウラ・ホアン・ネポムセーノ・マリーア・デ・ロス・レメディオス・クリスピン・クリスピアーノ・デ・ラ・サンディシマ・トリニダード・ルイス・イ・ピカソ」。当初ピカソは、「パブロ・ルイス・ピカソ」と名乗っていましたが、後に「ルイス」を取って「パブロ・ピカソ」と名乗るようになりました。「ルイス」という名前は故郷スペイン・マラガでは、ありふれた名字であることが理由だそうです。

アヴィニョンの娘たち

アヴィニョンの娘たち(Les Demoiselles d'Avignon)(1907年)
所蔵:ニューヨーク近代美術館

スペイン・バルセロナのアヴィニョン通りにある売春宿で働く娼婦を描いた作品です。「アヴィニョンの娘たち」は、伝統的な遠近法を徹底的に廃し、写実的な要素も排除されています。平面的で漫画のように描かれた女性たちの表情は、当時のピカソが影響を受けていたとされるアフリカの仮面彫刻古代イベリア彫刻の特徴が表れています。


ゲルニカ

ゲルニカ=ルモ・ムニシピオ(基礎自治体)にある実物大のセラミック製壁画レプリカ
Papamanila - 自ら撮影, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=9469068による

『ゲルニカ』(Guernica)は、1937年にスペイン北部のバスク地方にある都市、ゲルニカがドイツ空軍により受けた無差別爆撃をテーマにして描かれました。当時スペインは、王制打倒を目指す左派と、保守派の右派が対立し内戦状態にありました。そして右派を支持していたドイツ空軍により、ゲルニカは空爆を受けました。ゲルニカが空爆を受けた時、ピカソは万国博覧会を控えパリに滞在していました。博覧会のスペイン館で展示される予定の壁画を作成していたピカソはゲルニカの空爆(4月26日)を受け、当初予定していたテーマを変更して、6月4日には「ゲルニカ」を完成させました。

「ゲルニカ」は、右端にドアが描かれていることから、場面は部屋の中であるといわれており、左端から、死んだ子供を抱いて泣き叫ぶ女性、解体された兵士、馬の頭上には爆撃を象徴するかのような光を放つ電球、手にランプを持ち窓から惨状をのぞき込む女性、といった絵が描かれています。

動物と兵士以外の人物は全て女性であるといわれており、爆撃時のゲルニカが、おもに女性と子供たちによって占められていたことから、人口構成比を反映しているといわれています。

黒・白・グレーのみで表現された作品は、ピカソの憂鬱な気分や、苦しみ・混沌を表現し、あえて血の色を表現しないことで、作品に深みを与えています。


ジョルジュ・ブラック

ジョルジュ・ブラック

ジョルジュ・ブラック(Georges Braque)(1882年–1963年)は、フランスの画家。パブロ・ピカソと共にキュビスムの創始者のひとり。第一次世界大戦を挟んで画風は一変しますが、生涯に渡って絵を描き続けた画家。仲間から「白い黒人」と描写されるほど体格が良く、また好んでスーツを着ていました。

ブラックはポール・セザンヌに影響を受けて遠近のダイナミズムの強調する技法で、幾何学や複数の視点から同時に対象物を見るという要素を反映した作品を創り出しました。また、ステンシルによる文字、新聞の切り抜き、木目を印刷した壁紙、ロープなど、本来の絵とは異質のオブジェが導入され、ピカソとはまた違う総合的キュビスムを表現していました。

『メトロノームのある静物』

ジョルジュ・ブラック『メトロノームのある静物』(1909年後半)
By Georges Braque - Metropolitan Museum of Art, PD-US, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=44949226

『ギターを持つ男』

ジョルジュ・ブラック『ギターを持つ男』(1910年) 

一見、何が描かれているのかわからないこの作品ですが、タイトルから「ギターを持つ男性」であることがわかります。画面中央の右上から左下へと伸びた細い線はギターを、右上から左下角へと伸びた大きな斜線は右腕を曲げギターに触っている様子を描いています。そして一番上には人物の顔があるのがわかるように、ブラックは特定のヒントを与えて、観る人の理解を手助けとなるように描いています。


まとめ

「キュビズム」といえば、パブロ・ピカソやジョルジュ・ブラックが試みた、脱遠近法的な絵画であり、1910年代から1920年代までが活動時期と捉えて良い芸術運動です。アヴィニョンの娘、ゲルニカ、ギターを持つ男を覚えておくと、「キュビズム」を知る切っ掛けとなる鍵を手にすることができるのではないでしょうか。しかし以降もキュビズムは絵画、建築に影響を及ぼし続けているので、消えてったわけではありません。


参照



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