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『スーパーマリオブラザーズ』のオープニング画面にあるアフォーダンスという魔法

ビジネスに役立つデザインの話

ビジネスに役に立つデザインの話は、こちらのマガジンにまとめています。


今回の話がどうビジネスに役立つのか?

今回の話は、人の動かし方に関わるものです。ビジネスというのは、頭の先から尻尾まで「人を自分の都合のようにように動かす」という要素が含まれた世界です。今回は、人が(なんなら猫や犬までもが)動かされる仕組みのひとつを紹介します。ビジネスに使えないわけがない内容です。

スーパーマリオブラザーズの最初の画面にある多くの「デザイン」

日本では1985年に登場した『スーパーマリオブラザーズ』

「デザイン」という言葉についての意味や定義については、『“デザイン”と“アート”の違いとは?』の記事でも書きましたが、そのときデザインとは機能だと説明しました。今回は、その定義にひとつ意味を付け加えます。デザインには、機能の他に元来持っている意味として「設計」というものがあります。研究するときにその研究の対象や検証の仕方などなどを「デザイン」と呼びますが、それは、この「設計」の意味から来ています。ということでデザインの意味として、設計を加えます。

デザインには、設計という意味もある

さて、設計という意味としてのデザインが、この『スーパーマリオブラザーズ』の画面のなかにいっぱいあります。見た目はシンプルなのに、恐るべき完成度のデザイン(設計)が施されています。そしてその設計は、ばっちり機能しています。それらをひとつずつ説明していきます。この画面にある設計(デザイン)は次の3つです。

(1)マリオが向いている方向
(2)マリオに髭がある
(3)マリオが左側にいる

(1)マリオが向いている方向

このゲームを起動して、コントローラーを握ったわたしたちは説明書のなどほとんど読まずにいるはずです。ゲームセンターにあったスーパーマリオにもやはりろくな説明がありません。その状態でこのゲームの初期画面に対して、マリオを操作すべきキャラクターだと認識するはずです。そのマリオが右を向いています。

(2)マリオに髭がある

つぎにそんな操作すべきキャラクターであるマリオには、髭があります。この髭はひとつの機能を持っています。おしゃれ?性別がわかる?違います。向いている方向が小さなキャラクターにもかかわらず瞬時に判別できる機能です。

(3)マリオが左側にいる

右を向いているマリオが画面の左側にいます。

この3つのデザイン(機能)は、プレイヤーにある動機を芽生えさせるために作らてたものです。何だと思いますか?それは……


仮説を作らせる

それは、

「右に行くべきなのかもしれない」という予感を確かめたい

という動機です。なんだかよくわからないけれど、とりあえず右に行ってみたらいいじゃないかな?そう感じさせるためのデザインがこの画面の中に施されています。

画面は水平。マリオは画面の左側にいて、右を向いている。髭のおかげで右を向いていることがすぐにわかる。

そして、プレイヤーは、右にいくことができるボタンのついたコントローラーを握っています。「右を押してください」と言われたわけでもないのに、押しちゃいます。

正解をあげる

右に進むと画面はスクロールしていきます。でもプレイヤーは、まだ右に進むべきなのか、何をすべきなのかわからないままでいます。最初の3つのデザインによって、たぶん右に行くべきなんじゃないかな?という仮説を抱いたままです。なんならちょっと不安なくらいです。そして右に進んで少しするとあることが発生します。

?マークのついたブロックと怖い顔をした動くなにかが現れる。

それは、「?」マークのついたブロックと怖い顔をした(つまり敵)動く何かが現れる、ということ。このとき、プレイヤーは、何を感じるのか、それは……

自分が立てた仮説が正しかった!

という喜びです。このゲームは、上手にプレイヤーに「仮説」をたてさせて、上手にすぐに答えをあげているんです。そういう設計(デザイン)が施されているんです。その結果、わたしたちは、仮説を立てる→試してみる→正解を見つけて喜ぶ、ということを体験、体感します。これはもう病みつきになります。仮説を立てたい、試してみたい、そして正解を出したい、という動機が、無から生まれます。

もちろん、右に進むべきかも?という仮説だけじゃありません。「?」のブロックに何かすれば、何かが起こるかも? 敵らしきものに触れれば死ぬかも?上から乗ったら倒せるかも?「?」マークのないブロックは壊せるのかも?等々いくつも仮説を立てさせるデザインが右に進むほどでてきます。

人間は、自分でみつけた法則に魅了され、囚われます。このゲームでプレイヤーがとらわれる法則は、「とにかく右に進む」です。そのため、ラスボスの倒し方すら「右に進む」というものになっています。わたしたちは、ラスボスを倒すことより、ピーチ姫を助けることより、実は、「仮説→検証→正解→気持ち良い!」というループをこのゲームに求め、得ています。そしてやめられなくなる。

アフォーダンス:なぜ「右に進むべきかも?」と思っちゃうのか

つぎの絵をみてください。

玉樹 真一郎(著)『「ついやってしまう」体験のつくりかた』より

下にあるピースを鼻の穴にはめたくなります。これを認知心理学で、アフォーダンスと呼びます。

アフォーダンス

アフォーダンス(Affordance)とは、環境のさまざまな要素が、人間や動物に影響を与え、感情や動作が生まれることです。アメリカの知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソン(James Jerome Gibson)が、「与える、提供する」という意味の英単語「afford」から作った造語です。

知覚心理学者ジェームズ・J・ギブソン(James Jerome Gibson)
source: https://monoskop.org/James_J._Gibson

言葉はちょっとむずかしいですが、意味するところは簡単です。つぎの写真をみてください。

source: Royaldesign.com 

わたしたちは、何も教わらなくても、これを中に液体を入れて、右にある出っ張った部分を手に持って、使います。まったく知らない場合は、多少の試行錯誤はあるかもしれません。しかし、この取手の部分をみて

「たぶん、ここを指で持つんじゃないかな?」

と思ってしまいます。これがアフォーダンスです。先の鼻の穴とピースのイラストの引用もとである本の著者、玉木真一郎氏は、アフォーダンスをこうわかり易く説明しています。

(アフォーダンスとは)あなたが何かを見たときに思い浮かぶ「○○するのかな?」という気持ちです。

玉樹 真一郎(著)『「ついやってしまう」体験のつくりかた』

このアフォーダンスを発生させるものをシグニファイア(signifier)と言います。こちらは、アメリカ合衆国の認知科学者ドナルド・ノーマン(Donald Arthur Norman)によって提唱されたものです。さきのアフォーダンスは、「○○するのかな?」という気持ちが湧くことを意味していますが、このシグニファイアは、

「○○するのかな?」と思わせる要素

です。『スーパーマリオブラザーズ』なら、マリオの髭、マリオの向き、マリオの位置が、このシグニファイアです。べつのシグニファイアの例を紹介しましょう。

日本の駅などにあるゴミ箱
This photo was taken with iPhone 6S - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=72799703による

このゴミ箱、ぱっと見ただけで、缶や瓶は丸い穴が空いたところに捨てて、薄くたためそうなものは細長い穴に捨て、その他は、大きな穴に捨てる「のかもしれない?」というアフォーダンスを発生させます。この場合、これらの穴の形状がシグニファイアです。

アフォーダンスに踊らさせ、喜ばさせられる

世界的なヒットゲームになった『スーパーマリオブラザーズ』ですが、なぜわたしたちはこのゲームに夢中になってしまったのかというとこの優秀なアフォーダンスの設計(デザイン)に、仮説→検証→正解して喜ぶ!というループを魅了されてしまったからでした。

冒頭で、デザインは機能だ、という以前紹介した定義について触れましたが、この意味では、売れるゲームを作るという目的に達成させるために大いに機能したとも言えます。マクロで見ても、ミクロで見ても、素晴らしいデザインのゲーム、それがこの『スーパーマリオブラザーズ』でした。


アフォーダンスを解説した本

任天堂の開発室にいた玉樹 真一郎氏による『「ついやってしまう」体験のつくりかた』という本には、アフォーダンスだけではなく、ひとを魅了して、ついついやってしまう構造の設計について、この上なくわかりやすく解説されています。


まとめ

デザインというとつい、目に見えるかっこいいものを想起してしまいますが、その本質は、「機能」とか「設計」という概念的なものです。概念なら捉えにくいかというとそうでもなく、デザインには、簡単につかめるしっぽを持っています。それは結果。売れたゲームは良いデザインと言え、ストレスない商品や建築物もまた良いデザインであり、どうにも使い方がわからない、何を言っているのかわからないというものが悪いデザインです。(たとえば、わたしが今日見た健康診断の結果の表は非常に分かりづらいものでした。これが悪いデザインです。しかし!何を言っているかわからないのに良いデザインもあったりします。それはスマホなどの料金システムとか保険のシステム。よくわからないでいてもらうためのデザインなので、これは売り手にとって良いデザインなんです)。


参照



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