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イヴ・サン・ローランのロゴと密かな名作“Peignot”という書体のあいだにある人

「ペイニョ」って読むのはフランス語だから

https://www.creativebloq.com/computer-arts/greatest-fonts-countdown-63-peignot-121413595

ぜんぜんどうやって読んでいいかわかりにく書体名ですが、Peignotは「ペイニョ」と読みます。デザインされたのは、1937年。時代はアールデコ。アール・デコ(Art Déco)とは、幾何学的なデザイン志向した美術様式です。1910年〜1930年に世界で流行しました。ニューヨークのクライスラービルのデザインがわかりやすいアール・デコのデザイン例です。

アール・デコ建築のクライスラー・ビルディング オリジナルのアップロード者は英語版ウィキペディアのPetri KrohnさんLater versions were uploaded by Cacophony at en.wikipedia. - Photograph by User:Leena Hietanen (In real life: fi:Leena Hietanen) March 2005. (Uploaded with permission.)Interwiki transfer detailsOriginally from en.wikipedia (All user names refer to en.wikipedia):2006-04-09 06:41 Cacophony 1115×1252×8 (427654 bytes) straightened2006-02-11 19:14 Petri Krohn 1200×1600×8 (226931 bytes)2006-02-11 19:11 Petri Krohn 1600×1200×8 (460169 bytes) The top floors of the [[Chrysler building]] seen from the east on [[42nd Street (Manhattan)|]] in morning light. Photograph by Leena Hietanen March 2005. (Uploaded with permission.), CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1892006による

アール・デコに似たアール・ヌーヴォーってのもありますが、その違いはこちらで詳しくかきました。

ホテル、コンラッド東京で使われているPeignot

ヒルトン系列のラグジュアリーホテル、コンラッド東京でこの書体が使われています。

エレベーターのなかの表記もPeignot

このPeignotという書体がどういうニュアンスで使われているのかというと、「美しく、装飾的ながら、それでいて読みやすく、この二律背反が生み出す奥深さを持つ」という気配ではないでしょうか。二律背反、アンビバレンスというのは、ファッションにもみられますが、同居が難しい相反する要素を併せ持つと、奥深さと哲学が生まれるんです。コンラッド東京は、けっして装飾的ではなく、どちらかというとすっとしたシンプルな気配のあるホテルです。しかし一歩足を踏み入れると良い香りがして、そこはかとない色気があります。そんなコンラッド東京のコンセプトにPeignotはうまくマッチした書体と言えます。コンラッド東京は汐留のちょっと不便な場所にありますが、私の好きなホテルのひとつです。

コンラッド東京のラウンジ

Peignotはどんな書体?

By J4lambert - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=91060137

Peignotは、1937年にポスター作家のA・M・カッサンドル(A. M. Cassandre)氏によってデザインされた書体です。書体名は、この書体を販売したフランスの活字鋳造所Deberny & Peignotが由来です。Peignotは書体の分類としてはサンセリフ体のディスプレイ書体になります。サンセリフとは、文字の端っこに鱗(セリフ)がないという意味です。

ディスプレイ書体というのは、「装飾に使う系」というカテゴリーです。観ての通り、装飾的といえば装飾的です。ちょっと変わっている書体で、どこが変わっているかというと小文字に大文字の形が使われている点です。これを「マルチケース(multi-case)」と言います。

Peignotは、発売された1937年から1940年代後半まで、ポスターや広告出版でよく使われ、人気の書体となりました。しかし1950年代に入るとHelvetica(ヘルベチカ)という書体が象徴する客観性、中立的な気配のあるインターナショナル・タイポグラフィ・スタイル(The International Typographic Style)というスイス発のデザインが発展し、それに伴って使用頻度は減っていきました。

しかし前述したとおり、この書体、装飾的ながら読みやすさを追求した書体でもありました。そのため、流行の力学で押し流されることなく、今もさまざまなとpころで使われ続けています。このあたり、消えかかっても復活したヨハン・セバスティアン・バッハのようです。

Peignotの使用例

Taxi Driver poster for Alamo Drafthouse Source: cf.drafthouse.com License: All Rights Reserved.


National Foods Ginger and Garlic Paste Source: www.flickr.com Uploaded to Flickr by Joe Clark and tagged with “peignot”. License: All Rights Reserved.


Source: www.flickr.com Uploaded to Flickr by Nina Stössinger and tagged with “peignot”. License: All Rights Reserved.


デザインしたA・M・カッサンドル

この書体をデザインしたのはA・M・カッサンドルというフランスのポスターデザインや書体デザインしたデザイナーです。カッサンドルがデザインしたポスターはこのようなもの。

Dubonnet Wine Poster, 1932 https://retrographik.com/a-m-cassandre-art-deco-poster-artist/

フランスのデザイナーですが、出身はウクライナ。キュビスムやシュルレアリスムに影響を受け、家具職人のために制作したポスター「ビュシュロン(木こり)」などが評判となり、1925年の国際現代装飾美術・産業博で一等賞を受賞しました。


ビュシュロン(木こり)のポスター https://www.behance.net/gallery/9563245/Le-Bucheron

カッサンドルは、第二次世界大戦が始まるとフランス軍に従軍します。戦後は、デザインの仕事を続けながら、イーゼル・ペインティングにも復帰します。エルメスのトランプやスカーフ、そして誰も知るイヴ・サンローランのロゴなどをデザインしました。

Yves Saint Laurent Logo, 1963 ( A.M. Cassandre) https://medium.com/fgd1-the-archive/yves-saint-laurent-logo-1963-a-m-cassandre-3cd069a83384

このような活躍にも関わらず(またはがゆえか)、晩年、カッサンドルはうつ病の発作に悩まされ、1968年にパリで自殺してしまいます。享年67歳。


まとめ

Peignotという書体に観ることができるのは、流行や時代圧を生き抜くものの本質のようなもの。HelveticaやFuturaもまた時代圧を生き抜いてきた書体です。これらに共通するものは、幾何学的な、あるいは生物学的にも機能する美しさに加えた「思想性」ではないかとわたしは思います。思想性とは、「あーでもない、こーでもない」という継続的な自己否定が強化する哲学や思想です。カッサンドルのこの思想性を、ホテルやスーパーの棚や街なか(日本の街なかで結構みかけるんですよ)でみかけるたびに、わたしはカッサンドルのことを思い出します。


Youtubeでもデザインの解説をしています

Youtubeでデザインの解説をしています。


参照

https://retrographik.com/a-m-cassandre-art-deco-poster-artist/

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