祭りとアイスと

すこし湿気の混じった空気が頬を撫でる。遠くで祭囃子が聞こえる。「わはは」と豪快な笑い声だったり話し声が聞こえる。僕はその横を自転車に乗って通り過ぎた。
「なんでこんな日に塾があるんだ」
吐き捨てるようにつぶやいた。祭りは数日間あるのが救いだが長期休みなのだから余すとこなく楽しみたいではないか。しかも塾に着くまで全部の信号が丁度赤になるという超常現象に巻き込まれた。
「浮かない顔してんな」
友人が話かけてきた。手にはプラスチックの犬のお面を持っている。
「そりゃそーだろ年に一度の祭りになんで塾なんだよ」
僕は狭い教室に敷き詰められた席にリュックを放り出す。
「しかたねぇよ塾以外で勉強してない俺らが悪い」
友人はお面を振り回している。
「ほら授業始まるから犬のお面しまえ」
「ちゃんとみろよ、狐だよ」
友人がお面を引き出しにしまうのと同時に先生が入ってきた。一番厳しいと言われる先生だ。今日もムスッとした顔で眼鏡をかけている。そしていつも通り出席をとろうとするがそこで先生は動きを止めた。
「少ないな」
一言そう言った。教室には僕を含めて10人くらい、盛って15人くらいしかいなかった。先生は聞こえるくらい大きなため息をついた後ペンで自分の頭を叩いている。そして合点がいったように
「ああ、祭りか」
と言った。怒るんじゃないのかと思った。
「ということは君たちは祭りではなく私の授業を選んでくれた素晴らしい人達ということだな」
先生はなぜか上機嫌でウンウンと一人で行っている。怒らないだけマシだがこちとら惰性で来たようなものだ。僕はバレないようにため息をついた。
「あ、そうだ。人数も少ないしアイス買ってみんなで食べようか」
「おおーっ」と急に盛り上がった。先生財布を取り出す。
「でもいま私勤務中だからなぁ」
「えーっ」急に盛り下がった。うーむと先生はまた唸っている。
「あ、そうだ。君たちは勤務中じゃないもんな」
「せんせーあいつ買ってくるって言ってます」
友人が僕の方を指差している。お前じゃないのかよ。
「何分でいけるかね?」
「こいつ足速いんで8分くらいで行けますよ」
「よし、5分でいってこい」
先生は僕に1000円札を3枚握らせた。

 どうしてこうなったのかは知らないが僕は走っている。乾いた空気が僕の髪の間を通り過ぎていく。塾にいけ、宿題やれ、上手くやれだのそんな言葉たちを置いてけぼりにするように僕は走った。ただ真っ直ぐアイスを買うためだけに、他人がどうこうしてるのなんで気にならなかった。めんどくさい日常に楯突くように僕は走った。
 
5分後
僕は荒い息遣いのまま教室に戻った。先生は腕時計に目をやると思うと
「すばらしい、5分ピッタリじゃないか」
微笑みながら僕を見た。流石一番厳しいと言われるだけあって問題を解きながらアイスを食べる羽目になったが祭りに行くより楽しいことができたなと思った。 
 授業が終わり、アイスの棒を捨てようとしたら当たっていた。もう夕方だけど今日はまだまだ良いことがありそうだ。