見出し画像

「日本の真の魅力は地方にある」のに、観光客が地方に行かない理由を、47都道府県を制覇したヴィッキー・バイヤーに聞いた

「日本の真の魅力は地方にある。都市部に集中する観光客の足をいかにして地方へと向かわせるかがキーになるでしょう」一橋大学の法律学教授であり、トラベルライターとしても活躍するヴィッキー・バイヤーはそう語る。

東京で法律学の教授として働く彼女は、旅好きが高じてこれまで47都道府県をすべて制覇し、「日本中を旅して出会った奇跡を世に発信する」という新たな情熱を見いだした。そんな彼女も、日本の地域が観光資源をうまく活用できているかという問いには、他の専門家同様に眉をひそめた。

日本各地に多くの観光名所がありながらも、そのほとんどが外国人観光客に知られていない。日本がより多くの観光客を惹きつけるには、そういった隠れた名所の知名度アップが急務であると同時に、その場しのぎではなく持続可能な方法で、”その土地ならでは”の経験を提供していく必要がある。

今回、しいたけクリエイティブが運営するジャパントラベルアワードの審査員に就任したヴィッキー・バイヤー氏(以下、ヴィッキー)に、日本での自身の経験や、地方ツーリズム活性化実現のために日本ができること、そして日本の観光に対しての想いを語ってもらった。

取材・文:本郷アレクサンドラ(しいたけクリエイティブ)
翻訳・編集:村角恵梨

画像1

 Vicki L. Beyer |  ヴィッキー・バイヤー
一橋大学大学院の教授、労働法専門社内弁護士として働く傍ら、旅行専門のライターとしても精力的に活動。これまで自身のブログをはじめ様々な媒体に記事を寄稿。日本在住歴は30年以上で、全国47都道府県を制覇。日本外国特派員協会(FCCJ)監事。トラベルブログJIGSAW JAPANの運営も行う。

ー これまで日本でどんな経験をしてきたか教えてください。

ヴィッキー:米国の大学卒業後、英語教師として来日し、熊本の高校で2年間英語を教えました。そして東京の法律事務所でアシスタントとして働いたのち、米国のロースクールへ進みました。その間、日本政府の奨学金で1年半に渡り日本でも学びました。

その後、テンプル大学ジャパンキャンパスで新たに設立されたロースクールの主任にならないかとオファーをいただき、約5年間勤めていました。その後は、モルガンスタンレーで約14年間にわたり社内弁護士をしました。その経験を生かし、現在は大学で法律学の教鞭をとっています。

ー なんとも輝かしい経歴ですね…。そんな法律学の教授として忙しくされているヴィッキーさんが、なぜトラベルライターになったのでしょうか?

ヴィッキー:留学生との偶然のやりとりがきっかけなんです。ある朝、プエルトリコ出身の学生が週末の旅行がいかに素晴らしかったかを話してくれたのですが、実は彼が日本に到着してからもう6週間も経過していたんです。

ひと月以上も日本にいながら、なぜもっと早く旅に出なかったのかが非常に気になりました。それ以来、私は学生らが日本中を探索するきっかけを作ろうと考え、鎌倉を自転車で巡る日帰りツアーなどを企画していました。

このツアーは学生だけでなく一般にも開放していたのですが、偶然にも、オーストラリアの知り合いが来日した時に私のツアーに参加したんです。その知り合いがとても感激してくれて。

彼は小さな出版社を経営していたのですが、「この素晴らしい経験を形にすべきだ」と言って、鎌倉のガイドブックを出版することになりました。その本の出版を機に、国内の英字メディアを運営する会社に勤めていた知り合いが声をかけてくださり、定期的にトラベル記事を書きはじめました。私の発信を通して日本の名所を知ってもらうことで、より多くの人が日本の秘境を訪れる機会につながると考えたんです。

ー 47都道府県すべてを訪れたヴィッキーさんですが、特に忘れられない場所や経験はなんですか?

ヴィッキー:あまりにもたくさんのいい思い出がありますが、強いて言うなら金沢での加賀友禅染め体験です。普段は塗り絵をするタイプではありませんが、加賀友禅の独特の風合いを創り出すために没頭したあの時間は、一種のリラクゼーションのようでした。金沢でしか味わえない唯一無二の体験でしたね。

ー トラベルライターとして、取材場所を決める際に重視する点を教えてください。

ヴィッキー:その土地の魅力はなにか、を考えます。ちょっとした歴史ファンとしては、どんな歴史があったかは特に気になります。興味深いストーリーがあれば、実際にその地へ足を運ぶ動機になりますよね。そこにミステリーも加われば最高です。 

画像2


以前記事にしたことあるのが、近くを旅していたときに偶然見つけた、熊本県阿蘇の「押戸石の丘」についてです。パワースポットとして知られるこの石群は、自然にできたのか、はたまた遥か昔に人の手によって並べられたものなのか、未だ謎に包まれたままです。このようなミステリーは人々をより強く魅了すると思います。

ー トラベルライターとして、観光事業者とは異なる形で日本の観光に携わっているヴィッキーさんですが、日本の観光業界のイマをどう見ていますか?

ヴィッキー:この30年でたくさんのポジティブな変化がありましたが、もちろんまだ完全ではありません。責任ある立場にいる多数の人が更なるアップデートの必要性を認識しているものの、どう改善すればよいのかがわからないのではないかと思います。

特に、どのようにして今の時代が求めている魅力を創り出すかということですが、世界から観光客を呼び込むためには多文化的な視点を持つことは欠かせません。魅力とは文化的要素と大いに結びついていますから。

民間企業はその点を当然のこととして理解し、熱心に取り組んでいます。しかし、観光収入を期待・依存するならば、民間だけでなく行政もそれを理解した上で連携し、戦略を転換しなければなりません。今この間にも貴重な機会を失い続けているのですから。

ー 前例主義と言われる日本にとって、やはり変化は難しいのでしょうか?

ヴィッキー:確かに日本は変化を嫌ってきました。しかし、ひとつ明確なことは、今、若い世代によって変化が起きているということです。若者は変化への抵抗感が圧倒的に低いのは周知の事実です。

意外かもしれませんが、実はリタイア世代もそうなんです。現役世代は周囲と上手く付き合うことを優先し、なかなか変化を受け入れられない人も多い。一方で、定年を超えた人達は違います。過去の経験から変わる必要性も理解しています。新たなアイデアにも寛容な、このような人々と協働するのはとても刺激的です。

ー 若い世代とシルバー世代が新しい時代を築くというのは、今の日本が置かれている高齢化社会において理想的ですね。では、日本が観光大国になるために必要な要素はどんなものがあると思いますか?

ヴィッキー:まずは、多言語でのサービス提供ではないでしょうか。大学にいると、高学歴の留学生たちが日本に来た途端、”読み書きのできない人”になってしまうのを何度も目撃しました。

日本におけるコミュニケーションの問題は外国からの訪問者にとって脅威と言えます。2002年の日韓W杯以降、日英韓中の4カ国表記の看板を目にする機会が増えましたよね。このような多言語による表記は日本各地において必要ですが、地方に目をやるとまだ十分とは言えません。

それに加えて、日本人の多くが英語に抵抗があるように思いますが、簡単な英語を身につける努力することも必要ではないでしょうか。ポイントとして、観光客から聞かれそうなことを予想して書いておくというのは有効です。そうすれば会話が難しくともなんとか意思疎通が図れます。

例えば、「忍者寺」として毎年多くの人が訪れる金沢の妙立寺では、日本人ガイドによる素晴らしいツアーがあります。ツアーは日本語で行われますが、英語のパンフレットが用意されているため、日本語のわからない人でもガイドの話す情報を全て理解できるのです。

2年前、チェコのお城を訪れたときも同じでしたよ。ツアー自体はチェコ語で実施されていたのですが、多数の言語で書かれた用紙が手渡されたので特に問題はありませんでした。

これはホテルを含む、観光客の行き先すべてで実施されるべきです。どれだけ美しい観光地を訪れたとしても、旅先で少しでも嫌な思いをすれば、人は旅のネタとしてすぐ誰かに話したくなるものです。ですから、我々はそれを阻止するために、先手を打たなければなりません。

ー 今回、ヴィッキーさんはジャパントラベルアワードの審査員に就任されましたが、この取り組みにどのような期待をされていますか?

ヴィッキー:この取り組みの狙いは、日本の観光地を良いものから「素晴らしい」ところへと飛躍させることだと思います。業界全体への期待と、観光客への期待がありますが、大きな挑戦のひとつは東京、大阪、京都以外の観光地へ行きたいと思う観光客をいかにして増やすかです。

もちろん、これらの都市も素晴らしいのですが、私は日本で最高の経験をするためには、これ以外の場所にも行くべきと海外から日本に訪れる人々へ伝えています。帰国後、友人に話したくなるのはどの友人も訪れたことのないような土地での経験だからです。

画像5

ー 審査員として地域や観光事業者のアプローチを評価するにあたって、ヴィッキーさんが特に重視する点について教えてください。

ヴィッキー:私にとって各地を訪れる際の最大の関心は、その地ならではのストーリーがあるかということです。各地の観光に関わる人は、「なぜ観光客に来てもらいたいのか」という理由を自分たちで言語化できる必要があります。

もちろん、観光客を受け入れる立場からすれば経済的な動機が強いのは当然です。しかし、それだけではなく観光客がその地を訪れる目的(メリット)を明確化し、他の観光地との差別化を図る必要がある。この視点を各地の観光局やDMOなど観光に関わる人たちは持たなくてはなりません。

ただ観光地をユニークにしようと思った結果、残念なことにあまりに大衆的で安っぽく、魅力を半減させてしまうようなことがあります。ないものはないのですから、別の案を考えるしかないでしょう。

ー 新型コロナの感染拡大後、石川県のとある町に突如現れたピンクの巨大イカ像がニュースになりましたよね・・・

ヴィッキー:ええ、そんな考えに辿り着いたことに唖然としました。像を建てる代わりに、なぜ観光客向けのイカ釣りツアーを企画しなかったんでしょう。観光客に数時間の釣り体験をしてもらう、それこそ魅力的ではないですか?

沖に出て、ライトをつけ、イカを釣る、そんな貴重な経験はありません。これこそが母国に帰って友人に伝えたくなるネタです。すでにあるもので、観光客を惹きつける魅力は何かを考え抜く。これこそやりがいのある仕事ではないですか?

いまどきの観光はインターネット上では経験できないコトでなければいけません。経験が何よりも大事なのです。大抵の観光地はもうオンラインで行けますからね。巨大イカの像の前で写真を撮りたいと思うのは、実際にイカ釣りを経験した人くらいでしょう。

ー これこそ魅力的なストーリーと共に発信することで、イカ漁が盛んな地として国内外でPRできたのかもしれませんね・・・。それでは、最後に、ジャパントラベルアワードやエントリーを考えている方へメッセージをお願いします。

ヴィッキー:意外かもしれませんが、日本のほとんどの場所が観光地として成立すると私は思っています。日本そのものが遊園地のような多様な魅力を有しながらも、その多くがまだ知られていないのです。

しかし、誰かがその土地の新たな魅力を発信し続けなければ、観光客はガイドブックに載っている場所にまた行き着くだけです。私は、日本の本当の魅力が眠る地方にもっと多くの人が訪れることを心から願っています。行政や旅行会社は地方観光のプロモーションにより注力すべきです。観光客に同じ行き先ばかりでなく、何か新たな経験を提供してはどうでしょうか。

三大観光地から地方へ。このジャパントラベルアワードが日本の旅行業界転換の契機となることを心から願っています。

ー 日本そのものが遊園地みたい、というのは面白い表現ですね。だからこそ、地域の新たな魅力を発見し、アップデートした状態で発信していく必要がありますよね。古い遊園地も「古い」だけじゃ魅力につながりませんから。ヴィッキーさん、取材のご協力どうもありがとうございました!

編集後記:
特に興味深かったのは、リタイア世代は現役時代のしがらみがなくなって、新しいアイデアに寛容になっているのでは、というコトでした。若い人々の新しい発想をリタイア世代が経験でサポートしていく、そんな形で地方観光が発展していけば、観光もまだまだ面白くなりそうですね!
(ジャパントラベルアワード事務局 本郷誠哉)

ジャパントラベルアワードについて

画像4

ジャパントラベルアワードは「世界中の人々の心に響く日本」を全国から見つけ出す活動です。自治体や団体における観光やダイバーシティ推進に関する取り組み等をもとに、年に一度、グランプリを含む10のカテゴリーで日本の新しい「感動地」を各業界のエキスパートらが審査・表彰し、世界に向けて発信していきます。

エントリーサイト:https://japantravelawards.com/

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?