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【小説】あと76日で新型コロナウイルスは終わります。

~スマイルマスク~

日曜日になるとアキナはディスカウント店に日用品を買いに行った。

店に入るなりアキナはギョッとして、ある店員を二度見し、口元を凝視した。

(く、口が出てる⁉)

さらによく見ると、マスクにニコッと笑っている口がプリントされているのがわかった。まわりを見ると、そこかしこにいる店員のマスクがすべてそうだった。

(こ、怖い!)

ほほえむ口元がプリント 「いい笑顔だね」 ディスカウント店従業員400人が「スマイルマスク」 東京・台東

話題 毎日新聞9/5 16:18

新型コロナウイルス感染の収束が見通せず、マスクを着用した日常生活が常態化するなか、従業員全員が笑顔のマスク姿で接客する店舗の取り組みが注目を集めている。

東京都台東区の総合ディスカウント店「多慶屋(たけや)」では「世の中の先行きもマスクの中の表情も見通せないなか、マスク姿でも笑顔を人々に届けたい」と社員が企画。にっこりした口をフェルトペンで手描きするなど試行錯誤の末、ほほえむ口元の写真をプリントした「スマイルマスク」が完成した。

男性用、女性用の2種類あり、いずれも笑顔が印象的な同社員の口元をモデルに採用。店頭のスタッフから事務や物流の従業員まで計約400人が8月10日から「スマイルマスク」で仕事をしている。

来店客の反応は「びっくりした」「リアルすぎて怖い」といった驚きから「いい笑顔だね」「似合っている」などの好感まで多様だ。一緒に写真撮影を求められた従業員もいる。立案に関わった化粧品売り場担当の工藤史鈴(みすず)さん(35)は「お客様に笑ってもらえるおかげで、私たちもマスクの中で本当の笑顔で働けている」と喜ぶ。

企画は10月末まで。反響と要望を受け、当初は予定がなかった一般販売もウェブサイトで予約を受け付けている。【長谷川直亮】



アキナは最初こそ驚いたが、なれてくると何だか笑いが込み上げてきた。

(うちのクリニックでも、何かしらこういったテイストが導入できないだろうか。)

医療の現場で、この店と同じマスクを取り入れるには患者さんからクレームがきそうだし、感染防止やそれにかかわるコストを考えると難しいのは分かっていたが、

患者さんも医療従事者もピリピリした現場には、状況によっては笑顔が必要だと思った。

ママの付き添いに来ている子どもたちは、閉鎖されたキッズルームを見ては悲しみ、大人たちのピリピリムードも敏感に感じとっていた。

それに、アキナが勤める職場は生命の誕生にかかわる診療科があるのだから。

唯一「おめでとうございます!」が言える診療科なのだから。

「すいません。一緒に写真を撮ってもらっていいですか。」

声がする方を見ると、若い女性客が若い女性店員に記念撮影を頼んでいた。

そう言えば、アキナの働くクリニックでも記念撮影を頼んでくる患者さんがたまにいるが、コロナ禍では全員マスク姿であった。

「1枚購入してみようかな。」

アキナは足取りが少し軽くなったように感じた。

新型コロナウイルスが終わるまで、
あと76日。

これは、フィクションです。

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椎良麻喜|物書き(グルテンフリー/小説/エッセイ/写真)
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