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あなたのとなりのデスクに座る人は、よく退職しますか。

実体験に基づいたフィクションです。

大きな組織で派遣社員上がりの正社員として働いていたとき、全社員にパワハラチェックシートが配られた。

私はデスクに座り、各項目の「はい」「いいえ」のいずれかにレ点をつけていった。

ある項目に目をやったとき、私は大声をあげそうになった。

『自分のデスクのとなりの人が、よく休んでいませんか?』

『自分のデスクのとなりの人が、よく退職していませんか?』

私はどうにか言葉を飲み込んだが、心臓はバクバクしていた。

一昔前で言えば“お局様”、私が密かに“パワハラの権化”と呼んでいる女の先輩が私のとなりに座っていたからだ。

彼女のデスクのとなりに座る後輩の女性は、必ずと言っていいほど休みがちになった後、退職をしていた。

男性の上司が、誰に言うともなしに、
「何でこんなものを配るんだろうな?」
とつぶやくように言った。

日頃から男性上司のご機嫌をよくうかがっていた“パワハラの権化”が即座に返事をした。

「自分の会社はパワハラ対策してますって、内外にアピールしたいんじゃないですか?」

上司は、
「うちにパワハラなんて存在するのかな?少なくともうちの部署はないだろ?」
と言い、

“パワハラの権化”が、
「ですよねえ?」
と同調した後、二人で笑っていた。

私もこの会社に入社した後、“パワハラの権化”から、パワハラやイジメを受けた。

彼女のやり口は、研修と称して怒鳴るのは当たり前で、

「シライさん、真面目にやってください!」

「シライさん、またミスをして!」

と、私が真面目にやっていても、ミスをしていなくてもそうやって彼女は怒鳴っていた。

だから、みんなは私が不真面目に仕事をしていたり、ミスをしたりしていると思っていて、イジメに加担した。

いや、それはちょっと違う。みんなは私が真面目に仕事をしたり、ミスをしていないと気づいていたのだ。

知ってた上で、みんなで私をイジメた。

みんなは自分がイジメられないために。

仕事のストレスを発散するために。

部署の結束を高めるために。

また、“パワハラの権化”は、後輩の研修が上手いことでも知られていた。

いや、実際は、派遣社員の私でもわかるくらい
知識が抜け抜けで、お世辞にもできる先輩ではなかったが、部内の統率のために、男性の上司や同僚たちは、彼女を利用していたのだ。

私はどうにかこうにか彼女の地獄の研修を生き延び、1年後に正社員になっていた。

その頃、大卒のほぼほぼ新卒に近い女性が派遣社員として入ってきた。

ご多分にもれず“パワハラの権化”が研修担当になり、新人ちゃんが彼女のデスクの隣になった。

(今度は彼女が標的か。)

私は一人溜め息をついた。どうやって新人ちゃんを助けるべきか。取りあえず、イジメに加担しないようにしなければ。

“パワハラの権化”と新人ちゃんの会話に注視しながら仕事を続けていた。

「何回言ったら覚えるの!」
「午前中、教えたばかりでしょ⁉」
「また間違えた!」

私は、新人ちゃんは、覚えて、理解して、間違えていないと思った。

3週間後の昼休憩、デスクに突っ伏して半泣き状態だったのは、新人ちゃん、ではなく、“パワハラの権化”だった。

上司が彼女に理由を聞くと、
「午前中に教えたこともキレイさっぱり忘れている。教わった記憶が全然ない。だから、同じ業務が出てきても、マニュアルのファイルからそれを捜し出すことさえできない。」

上司は、
「まっ、頑張ってよ。」
と言った。彼女は力なくうなずいた。

“パワハラの権化”の“研修”はますますエスカレートし、怒鳴り声は罵声になっていった。

さらに3週間後、休んだのは新人ちゃんではなく、“パワハラの権化”のほうだった。

一人の男性社員が、
「わからないことがあったら何でも聞いてね。」
と新人ちゃんに優しく声を掛けた。

すると、早速、新人ちゃんにその男性社員に質問をしていた。その男性社員は、
「えっ⁉これまだ習っていないの⁉最初に習うところだよ?」
と驚いていた。

結局、新人ちゃんはその男性社員に一日で20回以上質問していた。

彼女が帰ると、その男性社員は首をひねりながら、上司や同僚に話した。

「彼女、午前中に同じことを教わったという記憶すらないよ。」

みんなにわかには信じられないという様子だった。

翌日、“パワハラの権化”が出勤してきて、その男性社員に昨日の新人ちゃんの様子を聞いた。

「みんなこれでわかったでしょ?あの子まったく記憶力がないのよ!同じこと50回以上は教えている!ねえ、派遣会社に連絡してよ!」

“パワハラの権化”は、新人ちゃんをクビにするように上司に迫った。でも、上司が言った一言は、

「彼女を一人前に育ててほしい。」

だった。“パワハラの権化”は愕然とした表情をした。

その後、“パワハラの権化”は何度か上司に新人ちゃんのことで訴えていたが、すべて却下されていたらしい。

“パワハラの権化”は休みがちになり、とうとう退職した。精神的に病んだらしい。

“パワハラの権化”がいなくなり、新人ちゃんは伸び伸びと働くかと思っていたが、数日後、突然出社しなくなり、そのまま辞めた。連絡がつかなくなったらしい。

「あいつ、パワハラ凄かったよな!辞めてくれて清々した!あの怒鳴り声、嫌だったんだよな!」

残った社員たちは口々にそう言った。

(手のひら返し)

私は、内心つぶやいた。

私は、今でも、その会社の上層部が仕組んだことではないかと思っている。

“パワハラの権化”を辞めさせるために、会社が新人ちゃんを雇ったんじゃないかと。

他人にしたことは、いつか自分に返ってくる。

私はそう自分に言い聞かせながら、仕事をしている。

【追記】
結末がわかってから、上司と“パワハラの権化”との会話を読み返すと、違った意味に聞こえてくるのではないかと思います。
上司は最初からすべて知っていたのでしょうか。

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