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【小説】「今、何て言ったの?」

 夜空に開く花火が、色とりどりに私と凛太郎を照らす。
 「……」
 凛太郎が何か言った気がした。

*****

「あーあ。今日、皆で花火観たかったなあ……」
 私が溜息をつくと、パソコンの画面の向こうで2人が笑った。
『俺も。久しぶりに3人で会いたかったな』
 そう言ったのは紗樹くんだ。そして彼の隣にいる凛太郎も苦笑した。
『俺もだよ。でもさ、今年の祭りはきっと中止だろ? 美涼』
「うん……」

 今日は7月の最後の土曜日。私たちの地区では毎年、夏祭りと花火大会が開催される。

 今年は世界中で流行している新型ウイルス感染症の影響で、全国的にほとんどのイベントは中止になっていて、うちの地区の夏祭り同様だった。

『俺たちも夏休みに帰るつもりだったんだけど。な、紗樹』
『うん。今年はやめたよ』

 凛太郎と私は隣の家に住む幼馴染で。中学の頃、何かと気の合う紗樹くんと3人で行動するようになった。

 今私は地元の専門学校に、凛太郎と紗樹くんは学科は違うけど県外の同じ大学へ通っていて、家賃を折半して一緒に暮らしている。

 私たちは今でも、こうして週1回はオンラインで会っている。

 夏休みに2人が帰省したら会う約束をしてたけど、「もし自分が感染症に罹ってて、家族に移したら後悔する」と言って今年は帰って来ないようだ。

 それからしばらくは大学の話やお互いの近況とかを話していたけど、課題やると言って紗樹くんが抜けて、しばらく凛太郎と2人きりになった。

 私たちが幼馴染から恋人同士になったのは数か月前。
 恋人同士になった途端、遠距離恋愛になってしまった。
 凛太郎と会えないのは寂しいけど、こうして顔を見て話せるのは嬉しい。

『俺は美涼に直接触れたいけどな』
 優しい声で凛太郎が言って、手を伸ばしてパソコンに付いているカメラに触れた。
 まるで本当に触れられたみたいで、ドキドキする。

「……今度、そっちに行くね。私も会いたい」
 もう少し世の中が落ち着いたら、だけど。

*****

 高校に入って最初の夏祭りの日。
 浴衣を母に着付けてもらって、家の前で待っていた凛太郎と紗樹くんと一緒に夏祭りの会場に向かう。

 3人で屋台を巡ったり、おしゃべりしているとあっという間に時間が過ぎていき、花火が始まる時間が迫ってきた。

「あ。あそこで花火見ようよ」
 紗樹くんが広場の入り口近くのベンチを指差して、駆け出した。

「え? ま、待って」
 慣れない草履で足の指が痛んで、私はよろけてしまった。
「おっと。気を付けろって」
 凛太郎が私の腕を掴んで、支えてくれた。
「あ、ありがとう。凛太郎」
「ったく。慣れない浴衣なんて着るから」
「えー……。でも、私の浴衣姿、可愛いでしょ? 見られて嬉しいでしょ?」
 私は凛太郎を見上げて、浴衣の袖をつまんでポーズする。

 いつの頃からか、私は凛太郎が好きだった。
 凛太郎に可愛いって思ってほしいのに。

「うーん……」
 彼は顎に指を当てて、私を上から下まで眺める。

「うん。最初に思った通り、馬子にも衣装……痛てっ! 腹にグーパンするなよ」
「もう!」
 私は頬を膨らませた。
 
 そうしているうちに、会場の照明が端から順番に暗くなっていった。
(あ、花火が始まる……)

 今、慌てて紗樹くんの所に向かったら、足が痛くて転びそう。
 ……心の中でそんな言い訳をして、その場に留まる。

 凛太郎も何も言わないまま、私の隣に立っていた。

 そして、ドン、と花火が打ちあがる低い音が体に響いた。

 ヒュー……ドォン! ドォン!

 夜空に開く花火が、色とりどりに私と凛太郎の顔を照らす。
 「……」
 凛太郎が何か言った気がした。

 次の花火が打ちあがる前に、私は隣を見上げた。
「今、何か言った? 花火の音で聞こえなかったけど」
「……別に?」
 凛太郎は花火の余韻が残る空を見上げたまま言った。

*****

「俺あの時、浴衣姿すごく可愛いって言ったんだよね……」
「それ、今急に言う!?」
 私だけがドキドキさせられてるみたいで、なんかずるい。

「お前、知りたがってただろ?」
「そう、だけど……」

 1年後。
 私は凛太郎たちのアパートを訪ねていた。
 紗樹くんは高校の頃から付き合っている彼女とのデートで留守だった。

 2人きりにしてくれたのかな? 紗樹くんはいつも私たちに優しい。

「いいから。久しぶりに会ったんだし、今は『美涼補給』の時間、な」
 凛太郎が私をぎゅっと抱き締めた。
「……じゃあ、私も『凛太郎補給』する!」
 私は笑いながら凛太郎の背中に手を回した。

 画面越しでは伝わってこない、凛太郎の体温を感じる。
 それから、ちょっと速い心臓の音も。

「なんだ、そっか……」
「何?」 
「……別に?」
「それって、あの時の仕返し?」
「さあ?」
 私はくすっと笑った。
 
「……そういえば、今年も夏祭りは中止だったんだろ?」
「うん。花火大会もね」

 世の中少し落ち着いたとはいえ、まだまだ密を避けるために色んなイベントが中止になっている。

「手持ち花火買ってあるんだけど、後でやらない? 近くに公園あるし」
「うん!」
 豪華な花火大会も好きだけど、凛太郎と2人きりの花火も楽しそうだ。

「その時にさ、さっきのこと教えろよ。あの時の俺みたいに」
「えっ! それってあの時と違って、絶対聞こえるよね!?」
「ははっ。楽しみだな」
「もう……」
 私は苦笑しながら凛太郎をぎゅっと抱き締めた。

 私ね、凛太郎もちゃんとドキドキしてくれてるんだって分かって嬉しかったの。
 教えたら、凛太郎はどんな反応するかな?

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