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まだ、おいしい生き方を私は知らない。


おいしい生き方は、はたしてあるのだろうか。

芥川賞を受賞作・高瀬隼子さんの「おいしいごはんが食べられますように。」を読み終えた。

ーハッピーエンドでも無く、バッドエンドでもない。
ーなんか気持ち悪い。何なんだこの小説は。

店頭のPOPで飾られていた言葉たちが、
私の頭の中を一気に覆う。

その通りだったからだ。

ポテチを食べる速度くらいでページを捲ることができる読みやすさ。
その中で繰り広げられる、なんとも現実にありそうな物語。

頭の中で流れ出す登場人物の表情や感情。

ーおいしい生き方。

人はそれぞれ好きなものがあり、
苦手なものがある。
好きなものを伸ばすもよし、苦手なものを克服することもよし。

食べ物も私の日々の出来事も、
こんなふうに捉えて過ごしている。

その中でどうしたら、何十年もある人生という主食を美味しく食べることが出来るか試行錯誤を重ねる。

味を重ねたり、薄くしてみたり。
色々な材料を足して深みを出したり。
たまにショーケースに飾られる人気商品を目指してみたり。

ただ、自分の中で美味しいと思うことが、
ある子にとっては不味く、周囲に悪であると判断されることもあるだろう。

その悪は意図したものでないにしても、被害を受けたあの子を周囲の人はオムライスの卵みたいに包み込む。ずるいくらいに。

でも、私はケチャップライスにはなりたくないから、同じようなことはできない。
そっちの方が、おいしく生きることができるのに。

おっと、長々と書いてしまった。
兎にも角にも、伝えたいことは
是非読んでみてほしいということ。
それだけだ。


ーおいしく生きる。
これはまだまだ解決できない。
永遠の課題として、このnoteに残しておく。




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