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渋谷のマイアミ、ボンゴレロッソ。

※今回長いです。中盤小説風だと思ってお付き合いください・・・

”感情の振り子”とは何か。
「もう別れる!」と決めたはずなのに、決めた途端怒涛のように押し寄せてくる楽しかった(幸せだった)記憶や思い出の波である。しんどくて辛くて離れたいのに、あの日の自分がそれを許してくれない。過去が今を繋ぎ止めようとする。期待してしまう。特に出会った頃の記憶というのは強烈だ。懐かしくて、甘くて、優しくて。今こんなに辛いことの方が夢なんじゃないかと思うほど、別れるという現実をぼやけさせる。過去は確固たる事実だから仕方ないのだけど。

出会いから手のかかる人だった。

5つ年下の元夫は、出会った日からとにかく手のかかる人だった。その日の私は、「最近気になる人がいる。その人のお店に連れて行きたいから飲も!」という女友達からの誘いを受け六本木駅にいた。小雨が降っていてちょっと寒い夜。駅の階段近くでしばらく待っていると、彼女からメールがきた。

「ごめん、人身事故でだいぶ遅れそう。待たせるから先にAって店に入っておいて」

Aは彼女が最近オキニーだという彼が働くBarだ。店長らしい。「え、先にもうオキニー見ちゃっていいのかな…」なんて思いつつ、冬場の小雨は限界だったので一人店に向かうことにした。店の場所はメールで聞いた。全然近い。いくら極度の方向音痴な私でも徒歩1分なら一人でもすぐに辿り着けた。エレベータに乗って7Fへ。小さな雑居ビルの店舗なので、エレベータの扉が開いたらすぐに店内の様子が見えた。営業はしている。でも人のいる気配がない。

「すいません…あのぅ…すいませーん」

店の奥に店員がいるのかなと思い、勝手に店内奥のVIPルームまで覗きに行った。すると人が一人倒れていたのだ。サロンを巻いてる。店員のようだった。

「あのすみません…今日って営業してますか?というか、大丈夫ですか?」

寝てるのか倒れてるのかもわからなかったので、第一声はかなり間抜けだったことも覚えている。返ってきた返事は「ううう…」という唸り声だった。

「あ、大丈夫じゃないですね。救急車呼びます?他の店員さんは?」

喋れない相手に向かって質問ばっかり投げかける気の利かない女。今思えば相当うるさかったと思う。返ってくるのはずっと唸り声だった。

「んー、じゃあ救急車呼びますね」

そう言って携帯で119番を押そうとしたとき、相手が喋り出した。

「だ…だいじょうぶですぅぅ…だいじょうぶですぅぅ…」

「本当ですか?そうは見えないですけど」

「今だけ…あの、ちょっと…でも店長帰ってきたら…僕怒られちゃうんで…起きます…すみません…」

「や、大丈夫ですよ。私帰るので、もう少し横になってたらいいと思います」

「えぇぇぇぇ…それは、ちょっと…起きます起きます…もっと怒られる…」

「いえ、帰りますんで大丈夫ですよ。私いなかったら、客いるのに何してんだ!ってならないですよね」

「………お飲みもの…何にしますか?」

笑うしかなかった。信じられない。腹痛でぶっ倒れている状態のままオーダーを聞いてきたのだ。いらない帰ると繰り返しても、店長戻ってくるまでいてくれ、飲みもの出すと。どうしても何か飲ませたいらしい。

「じゃあ、赤ワインのグラスください。注ぐだけでいいでしょ。適当でいいです」

「………お気遣いすみません…助かります…」

そう言って、彼はゾンビのような立ち上がり方をしてフラフラとカウンターに入って行った。出されたワインは覚えている。イーグルホークだった。ワインを出したあと、彼はカウンターでも死んでいた。

「ごめんなさい、やっぱこれ飲んだら帰りますね。私の友達が店長さんと仲良しみたいなので、多分また来ます。店長さんにはそうお伝えください」

そう言って千円札を出そうとすると、彼は慌ててこう言ってきた。

「名刺ください。名刺いただけますか?僕、次ちゃんとお礼したいです」

再会はもっと手のかかる人だった。

その翌日から、鬼のような着信・メールが始まった。昼間は私が仕事中なのを気にしてか控えめだが、夜はほぼ毎日電話かメールを送ってきた。私は一度もとっていない。でも全然諦める様子はなかった。そのしつこさに「私に営業かけても意味ないのにな。太客になんかならないのに」と思い、益々電話もメールも返さないよう決意を固くした。期待させない方がいいと思って。そのうち諦めるか飽きるだろうと思って。

すると、彼は電話をよこしてくる時間を変える戦術にでた。ど深夜にかけてくる。朝起きたら着信が数件、メールが数通。どうかしてると思った。

ある日もまた、夜中2時半に電話がかかってきた。その日は私の機嫌が頗る悪く、ついにキレて出てしまった。開口一番”いい加減にしてください!”と怒鳴ってやろうと思ったら、こっちが息吸ってる間に大絶叫が聞こえてきた。

「やったぁぁぁぁーーーーー!!やぁーっと繋がったぁぁぁぁぁーーーーー!!」

圧倒されている間に、彼はものすごい早口でこう喋り出した。

「あの、絶対切ると思うんでこれだけ聞いてください!いつでもいいんで、もし六本木にまた何かの用で来ることあったら連絡だけして欲しいんです。僕今月誕生日なんです。オメデトウだけ言ってもらいたいんです。それだけでいいんです。ほんと。切ります!ごめんなさい!おやすみなさい!!!」

そう言って、私が一言も発しないまま彼は勝手に喋って電話を切った。

翌朝、歯磨きしながら心底ズルいなと思った。散々呆れたりキレたりしていた人の懐にこういう入り方をする人がいるなんてと驚いた。なんなら勉強になる。だいぶリスキーな技だが、謝罪やお礼のテンプレートに加えてもいいんじゃないかと思えるくらい腹立つ気持ちはどっかに消えていた。

だから、ちゃんと約束は守った。数日後?数週間後?直帰予定だった打ち合わせ場所が六本木だったので電話をした。

「え!あ!え…もしもーし!え!あ!マジですか!マジっすか!?」

私は何も言っていない。

「電話ありがとうございます!今どこですか?何してるんですか?」

「たまたま仕事で六本木に来たので、約束通り電話しました」

「えええぇぇ…僕、今日お店休みなんですよ。今中華屋にいます」

「そうなんですね。じゃあ今日は帰ります」

「ダメです!!!あ、ハイ〜ありがとうございますぅ〜……あ。すみません、今チャーハン来ちゃってどうしよう!ヤバい!でも…あ、5分で行きますんで。ちょっとそこ動かないでください!帰んないで!ほんとすぐ行きますんで!すみませーん!!これ、チャーハンごめんなさ〜い!!」

電話の向こうは大騒ぎだった。そして本当に5分で来た。チャリで。近くに住んでいるらしかった。チャーハン食べ損ねたのでご飯に付き合って欲しいと言われた。笑う。本当にオメデトウの1分で帰れるわけがない。この人はそういうコミュニケーション能力をもった人だった。

軽く食事して、1〜2杯飲んだら帰るつもりだった。でもそうはいかなかった。まさかの1軒目でベロ酔いしたのだ。相手が。大絶好調になり「どうしても会わせたい人がいるから一緒に来て欲しい」と2軒目に連れて行かれた。そして会わせた瞬間にまたぶっ倒れた。

紹介された人は、当時の彼にとって六本木のお兄さん的存在の人だった。

「しつこく電話かけてるの知ってたよ。話聞いてた。キミだったんだね。コイツ可愛いだろ。ちょっと酔い冷めるまで待っててやってよ。起きたときにキミが帰ってたらコイツ可哀想だから」

そう言われて、しばらくお兄さんと飲むことになった。ちなみに私は全然酔っていない。結構な酒飲みなのだ。ここで飲んだお酒も覚えてる。カフェドパリのピーチだ。「勝手にコイツのツケで出しとくわ。女性連れて潰れた男が悪いから」とお兄さんが開けてくれた。甘くて安くて若いお酒が、なんだか「らしいな」と思った。

お兄さんと何を喋っていたのか覚えていないが、私が1本開けたあともまだ彼は潰れていた。

「キミも帰んないとダメだもんね。ちょっとコイツ送るから荷物持つの手伝ってくれる?コイツ家近いんだよ」

そう言って私は彼の荷物持ちをした。家まで送る…ふつう逆だろと思いながら。初対面も再会も、この人はずっと倒れている人だった。

ボンゴレロッソとほうれん草のサラダとアイスティー。

2度も失態を冒した彼は必死だった。挽回しないとそりゃ恥ずかしかろう。私が男だったら死にたくなるはずだ。

「お酒入ってまたやらかしたら心配なのでランチどうですか。今度こそ謝りたいです…」

やっとまともなメール(ふつう)が届いて笑ってしまったことを覚えている。再会したとはいえ割と早めに彼がぶっ飛んでいったので、正直私はこの人が何者なのかよくわかっていなかった。昼間って寝てるんじゃないの?と聞くと「昼間は渋谷で仕事してる」と返ってきた。いよいよもって謎だった。

「なんの仕事してるの?」と聞くと「ランチで喋るネタが消えるから教えたくない」ときた。いちいち笑わせる人だった。

土曜の昼、渋谷のマークシティ前で待ち合わせた。15時からまた仕事があるということなので本当に軽くランチしようという約束をしていた。待ち合わせ場所に来た彼は、白Tに黒のジャケットを羽織って、VUITTON のビジネスバッグを持っていた。何者なのか真面目に不思議だった。聞けば、ボイストレーナーだった。

ランチはマークシティ近くの地下にあるマイアミに入った。私以上に優柔不断な人で、目の前で永遠悩んでいる。そして悩んでる最中もうるさい人だった。こっちはとっくに決まっているのに、笑顔で「決まった?」と聞いてきて私は「うん」と答えた。

「ボンゴレロッソと、ほうれん草のサラダと、アイスティーのレモンください」

そう私が言った瞬間、彼は開いていたメニューをバタンと閉じた。

「同じのお願いします!!!!!!」

何をコーフンしているのか物凄い形相でオーダーをしたあと、彼はこう言ってきた。

「今、好きなものが全部一緒だったんです。嬉しいです。あの、付き合ってくれませんか?僕と」

どうでもいい思い出の方が鮮明で生々しくて切なくなる。

ただ付き合って別れるのと離婚が違うのは、それまで別々だった人生が一本化されるからだ。相手との思い出は自分の人生の一部分であり、自分自身の一部のように感じられる。だから別れることが苦しくて、痛い。

腹が立っている渦中は「こんな人だとは思わなかった!」と思う。なのに、離れようかなと考え始めると「その人と一緒に生きていこうと決めたのは自分だしな」と思うようになる。相手を否定すればするほど、自分自身の意思決定や価値観を丸ごと否定しているようで、自分の未熟さを痛感し、自信がどんどん削がれていく。

嫌いになる作業は苦しいのだ。

苦しいからやめたくなる。考えるのをやめて、思い出したら幸せな気持ちになれる昔の記憶を思い返すようになる。思い出している間は幸せだ。うっすら笑ってしまうほど。でも目を開けると、今の現実が飛び込んでくる。

疲れた顔、散らかった部屋、そっけないLINEのやりとり、忙しい毎日。

こんなんだっけ。こんなふうになったのはなんでなんだろう。今の私と昔の私、何が変わってこうしてしまったんだろう。

相手のことを責めているつもりだったのに、気づけばベクトルは自分に向いている。だから苦しくて嫌になるのだ。相手を嫌いになる作業は自分のことを嫌いになる作業だと思う。こんなの苦しくない人なんて絶対にいない。

別れた今はどうかというと、今でも昔のことを思い出すとちゃんと切なくなる。でもちゃんと過去にできているなとも思う。二人の関係を終わらせることが完了したからこそ、一つのBOXに入れて、クローゼットの奥にしまっている感じだ。いつになれば楽になりますか?の解は、このBOXに収納できたら、だと思う。

感情の振り子は、基本的に誰にでもあると思う。よほど男前な性格の持ち主で、「よっしゃ!終わりや!」と即断できる人なら別だと思うが…それでも過去を振り返って、あんなこともあったよな、くらいは思うのではないだろうか。ぐちぐち思い悩んでいる自分にも閉口したくなる気持ち、すごく共感する。でもそれでいい。大きな決断をして結婚したんだから、別れる決断が大きいのも当然なのだ。

24歳くらいの頃、ゼクシィを作る仕事をしていたのに「人はなぜ結婚するのか」がわからなかった。当たり前だけど。当時は付き合って5年になる彼がいた。彼は結婚したいと言っていて、私はまだちょっと…と伝えていた。ある日、仕事終わりに上司と鉄板焼き屋で飲んでいたら「お前、なんで結婚しないんだ?」と聞かれた。生意気な私は、質問に質問で返した。「結婚って何でするんですか?結婚しようってみんな何で決められるんですか?」と。すると上司はこう答えてくれた。

「なぁ、坂道の上をボールが転がっているとするだろう?あ、転がっちゃうと思って人は手をかざして止めるんだ。でもな、ある時、いつもなら止めてたのにもういっかな〜って思ってパッと手を離す。結婚なんてな、こんなもんだよ。ただのタイミングなんだ」

これは離婚でも同じことが言えると思う。突然パッと手を離す感じ。始まりも終わりもタイミングというのは少し寂しいが、運命感じて結婚していたのだとしたら、別れるのもまた運命なのだ。ただのタイミング。私たちは何も悪くない。悪くないのだ。



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