自分の持ち物に名前を書く感覚〜所有者不明不動産への取り組み〜

持ち物に名前を書く感覚

入学や進学の時期だ。今年は新型肺炎コロナウイルスの影響で春の行事は軒並み中止やひと月ほど後ろに延期されているのだがそれでも節目の時期には違いない。

新学期が始まると教科書が配られる。その場で名前を書いた記憶は誰にでもあるだろう。真新しい教科書をパラパラとめくり、最後の裏表紙に大抵名前を書く欄があったはずだ。自分の名前を書いた途端、誰のものでもない自分の持ち物になる感覚は共通するものだろう。

学校などの集団生活の場で使う持ち物は必ず自分の名前を付けて使うはずだ。でないと仲間のそれと紛れてしまう。名前が書いてあるからこそ、「これは私のもの」「それはあなたのもの」と言えるのだ。

持ち主がわからない不動産、こんなに多い⁈

さて。私は司法書士で登記の仕事をしているが近年司法書士会をあげて取り組んでいるのが「所有者不明不動産」の問題である。国土交通省が平成30年にとりまとめたレポートによると、国土のおよそ2割が登記簿だけでは所有者が特定出来ない不動産になっているという。

国土の2割⁉︎九州まるごとほどの広さの土地の所有者がわからなくなっている、ということ。驚きだ。そんな事があるのだろうか?

所有者不明不動産が生まれる背景

ここで持ち主の名前のない土地が存在するというのはどういうことか考えてみたい。土地の登記簿は所在と地番ごとに作られる。面積とその用途(=地目)が記録され、所有者の住所氏名を記録する。

例えばマイホーム購入時には自分へ名義を書き換えて、権利証を作る。経験者なら承知と思うがその手続は必須である。面倒だからパスする、私はやらなくていい、という選択肢はなかったはずだ。

一般に不動産を購入する時は不動産仲介業者が間に入り、売主から買主へ引き渡す手続をしてくれる。仲介手数料が発生し、仲介業者には引き渡しの責任がある。売主に確実に売買代金を支払って、土地建物を買主に引き渡す。

鍵を回収して渡すだけではなく、不動産の一切の権利も移転させなければならないから、ここで司法書士が登場。出番だ。売主買主の本人確認や代金の受領を確認した上で、名義書換の申請をする。大金が動く不動産取引で、所有者不明の土地建物が出現する余地はない。

しかし、一旦名義が変わった後はどうだろう。売却でもしない限り、次の名義書換はあなたが亡くなった時、そう、相続登記の時だ。

所有者不明不動産が発生し、ここまで増えた原因は様々だ。一つにはこの相続登記が進まない、ということが大きな原因の一つと考えられる。つまり、前の持ち主の名前のまま次の持ち主が使っている。その次の持ち主が使う。そのうちに誰が持ち主か分からなくなっているというのだ。

相続登記が進まないのはなぜ?

ではなぜ相続登記は進まないのか。亡くなった人の財産は次の持ち主が名前を書くべきだろう。

実はこれまで相続登記は義務ではなかった。相続税の申告は亡くなってから10カ月という期限があり、過ぎれば延滞税が発生する。が、登記には期限がない。いつまで放置してもなんのペナルティもなかった。もちろん不動産として有効に活用されている場合は長く放置できない。例えば融資を受けたい場合や売却したい場合は、当然亡くなった人の名義では次へ進めないから書き換える。こういうケースでは相続人の手続が促進される。

放置されがちなのは不動産として価値が低いと一般的に考えられるもの、または相続人間の話し合いが決着しないなど権利関係に争いがあるもの、などだろう。

所有者不明不動産がもたらした大きな不都合

そもそも所有者不明不動産の問題が最初に耳目を集めたのは東日本大震災の後だ。復興整備事業を進めるにあたって、所有者不明で復興用地の取得が難しく、事業推進の妨げとなったからだ。所有者を登記簿で調べると何代も前から相続登記がストップしており、今誰が持ち主か分からない土地が多かった。これらの土地は山林や田畑が多く、融資も売却もなく先祖伝来の土地を家族や親族がそのまま使っていた。争いもなかったから名義がそのままでもなんの問題もなかった。しかし、事が起こってからはやはり所有者を明らかにしなければ手続が進まない。

また建物に関しては全国で発生している空き家問題、これも話題になった。何年も何十年も誰も住まず手入れもされず、家は朽ちて敷地は草茫々。こんな家を見かけたことが一度や二度はあるはずだ。管理者のいない空き家が近所にあるとなにかと厄介だ。不法投棄や、不法占拠、不審火や放火の恐れがあり、近隣からのクレームが自治体に寄せられる。自治体で所有者を調べるが登記簿には心当たりのない名前が残されているだけ。こういうケースも全国で発生している。

所有者不明不動産を減らそう!

そこで急ピッチに法関係の整備が進められている。建物に関しては平成26年にいわゆる「空家措置法」が公布、国や地方自治体が対策に乗り出した。土地に関しても、適正な管理を土地所有者の責務として位置付ける改正土地基本法が今月27日の参院本会議で可決、成立した。管理責任を明らかにすることで、増加が懸念される所有者不明土地の発生を未然に防ぐとされている。

私たちに出来ること 私に出来ること

私の経験の中からも一つ。相続人からの依頼で実家の山林の登記簿を調べたら所有者の欄に「◯◯右衛門」と記されていた。もちろん依頼人と全く知らない分からない人物だ。この依頼には大いにてこずった。以来、時代劇風の氏名を登記簿で見かけるたび、これ、何代前だろうと想像してしまう。

資産は持ちたくても持てない人がいる一方で持つ人にはそれなりの責任があるように思う。

収益もなく税金を取られるだけ。そんな相続不動産のために煩わしい手続に巻き込まれ、さらに費用を負担する相続人のため息も聞こえてくる。しかし、自分の持ち物には名前を書く。この感覚に抵抗のある人は少ないはずだ。それが不動産、土地や建物であっても同じと考えて頂けたらと思う。そして司法書士はそのお手伝いをします、と伝えたい。

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