都会には何でもある割に、好きになるものを選ばせてもらえない
生まれてから26年間拠点にしていた大阪から、奄美大島に移住して約1年。
久しぶりに大阪に帰って都会ライフを満喫すべく街歩きなんかしていると、「大阪中どこに行っても同じだな」と感じることがいくつかある。
それは例えば店内に流れる音楽だったり、駅や街中の広告だったり、店内を歩く人の流れ方だったりする。
音楽でいうと、好きでもない曲を街中で何度も聞かされる。刷り込みってのはすごいもので、何度も聞いているうちに、無意識に口ずさむまでその曲が染み付いてしまう。
好き嫌いの判断を自主的にくだす前に、なんとなく、よく聞くからいい曲なのかなと、刷り込まれてしまっている。
もっと刷り込まれやすい人は、やれ歌詞を全部暗記しているだの、音程やちょっとした声のハネまで完璧にコピーしているだのということを、さも勝利者のような顔をして言う。
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奄美大島での何もない暮らしに慣れてきた頃に大阪に3日間ほど帰ってきたわたしにとって、これはとんでもない違和感だった。
みんなして流れるプールのようなものに流されているな、と感じた。
他の人と同じものを聞いて、何度も聞いているうちになんとなく耳に残って、耳に残ってるから好きなのかなと感じて、もっと聞こうかなとYoutubeを開く。
そんな「他の人と同じ人」が何人もいる。
同じ型にはめたモノがこの街で大量生産されている。
そう感じて、少しヒヤッとした。
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今わたしが住んでいる奄美大島には、ショッピングモールもドンキホーテもセブンイレブンもマクドナルドもスターバックスもない。
医療・土木・営業・事務以外の仕事がしたければ、ほぼ自分で作るしかない。
ここでは、自分が何をしたくなくて、何が許容範囲で、何にならお金と時間を使いたいと思うのか、ちょっと明確にしておかなければ、本当に何もない。
「とりあえずみんなと同じ方向に流してくれるもの」がないのだ。
最初はあまりにやることがないし興味のあるイベントも見つからないので、ちょっと戸惑った。
でも、こんなことやってみたいなとか、こんなイベントないかなと自分から探すようになると、人づてにどんどんイベント情報が入ってくるようになり、やりたいなら場所貸すよ、タダでいいよと言ってくれる人も増えた。
人と同じ方向に流されるのが当たり前ではない環境がここにある。
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わたしは奄美大島での生活を個人的に気に入っているが、別に「みんな地方移住しようぜ」と言いたいわけでは決してない。
都会には都会なりの過ごしやすさがある。知らない人が多いところとかね。
でも、都会では気が付かないうちに刷り込みが発生しやすいことには注意しておいた方がいいように思う。
『100分の1を掛け合わせて、10000分の1の人材になる』とか色々言われているそばから、あなたは街によって他人とたいして変わらない価値観を植え付けられている可能性もある。
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