1/1~  俺のロマンスドーン

誰かが呼んでいる声がして、目を開けると、車掌が立っていた。車内を見回すと、自分と目の前の男以外誰もいなかった。酔いが回っていたので、状況が把握できなかった。斜め前に開きっぱなしのドアが見えた。俺は大慌てて電車を飛び降りた。車掌が自分の最寄り駅なんか知るわけもないのに、乗り過ごさないように声をかけてくれたのだと思い込んでしまったのだ。そして、そこは最寄り駅ではなく終点のホームだった。そのことに気づいたとき、急に恥ずかしくなり体が熱くなった。ここから家まで歩いて帰ると何分かかるんだろう、そんなことを考えながら階段を上った。改札を通り抜ける前にポーチに手を突っ込んだが、中には何も入っていなかった。財布とスマホを盗まれていた。元旦の夜だった。俺は不思議と落ち込まなかった。こんな1年の始まりは生まれて初めてだったからだ。今年はこれまで過ごしてきたどんな1年よりもヤバい、そんな確信めいた予感がちっぽけな俺の絶望を飲み込んだ。銀行のカードや身分証明書にとどまらず連絡手段すらも失った状態。その上、貯金残高は1100円。それでも俺は、なにかが始まって、その中心に自分がいる気がして、沸々と沸き上がるそのワクワク感を自分の中で噛み締めていた。後日、警察に遺失物届けを出し、しばらくは周りの人とパソコンで連絡を取ることにした。10日後、スマホが見つかった。座席の溝に挟まっていたそうだ。ただ、先月の携帯料金を払い忘れていて通信は止められてしまっていた。財布は一向に見つからなかった。俺はもう諦めていた。お金の面は心配いらずだった。15日には音楽ライブのバイトで稼いだ10万、20日にはカラオケのバイトで稼いだ5万が振り込まれる予定だったからだ。しかし、それは引っ越しの初期費用に使うお金だったので、ないのも同然だった。15日まではメルペイ払いで食い繋いだ。一方、引っ越しの話は順調だった。某大手不動産会社に営業開始早々駆け込み、ネットで事前に目をつけていた物件の内見をお願いしたところ、中々悪くなかった。吉祥寺と三鷹の間にある中央線沿いのアパート「エニシ吉祥寺」。駅まで歩いてたったの7分。見た目はボロいが内装はリフォームされており、共同のトイレとシャワー、そして専用のコインランドリーが建物の脇にある。家賃は3万2000円。比較的土地代が高い吉祥寺市内では破格の値段だ。さらに、この物件にまつわる面白い話がある。両親は学生の頃、吉祥寺本町1丁目と吉祥寺本町2丁目に住んでいたそうだが、この物件は吉祥寺本町3丁目にあるのだ。ここに俺が住めば、時代を越えて家族が横並びになる。そして「エニシ」は漢字で「縁」と書く。まさに俺にとって「縁」のある物件だったというわけだ。俺に子供ができたら本町4丁目に住むのかなあと考えたりもした。そんな妄想にふけながらも、契約の話を進めていった。様々な書類を書き、保険も無事審査が通り、とうとうお金を振り込めば2月から住めるという状況になったとき、オーナーから住む条件として普通借家から定期借家に変えることが追加された。定期借家とは簡単に言ってしまえば、オーナーが2年までと言ったら2年で強制的に退去させられる契約のことだ。俺はほとんど全てが決まったあとに条件を変更するオーナーはオーナーとして信用できないので契約を断った。こういう人は契約成立後、こちらに色々と制約をかけてくるに決まっている。そう、この文章は俺の「エニシ吉祥寺」に対する復讐だ!だから実名で書いた。エニシ吉祥寺のオーナーを俺は許さない。何度吉祥寺まで行って契約の話を進めてきたのか!ハンコを忘れて家まで取りに行ったこともあった!俺の徒労を無駄にした!みんなもエニシ吉祥寺にはくれぐれも近づくんじゃねぇぞ!あばよ!!



小さい頃からお金をもらうことが好きでした