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【比較ばかりの世界】本当の幸福はどこへ?

世界の中でも幸福な国・ブータンをご存知ですか? ただし、このお話はかつてのお話。かつては世界8位の幸福国家と言われていたブータンですが、近年では95位になったのだとか。このお話は、私の尊敬している一人の方からお聞きしました。幸福とは何なのか、改めて考えたいお話をいたします。


比較が幸福度を下げる

今はわかりませんが、2013年頃は「幸福な国」と言われていたブータン。一言でいえば、閉鎖的な国だったそうです。その噂から観光客が増えてきて、2019年頃には、95位にまで下がったそう。その原因は、外部からのさまざまな情報と、それによる比較でしょう。たった数年でここまで下がるのが、他人(他国)との比較なのです。

貧富は関係ない

ブータンは経済的に裕福な国とはいえないでしょう。しかし、観光客でいっぱいになる前までは、国民の幸福度は高かったのです。ここで何が言いたいのかというと、お金と幸福度は関係ないということ。もっといえば、「足るを知る」状態だったのです。閉鎖的な国でもあり、狭い世界で、今のままで十分だという意識がありました。

日本からドバイに移住する日本人

ブータンの話は上記までとなりますが、これって他人事だとは言えませんよね。近年では、日本からドバイへと移住する人のお話を多く聞くようになりました。日本の高〜い税金対策ですね。しかし、まだ数年レベルですが、「ドバイでは暮らせない」と言う現状も出ているようです。物価が高いということ。生活水準が高くなっているということ。そこで日本に戻っても、国籍を移しているため、新たな問題も増えてくるわけです。

比較したところで、青い鳥なだけ

日本からドバイのお話は、まるで青い鳥のよう。お金のために国籍を移してまで移住をして、しかし、籠の外を出てみれば、「日本が一番だ・・・」と思い至るわけです。もちろん、人それぞれの価値観はあれど。トータルしてみれば、日本は幸せです。もっといえば、自分の生まれ育って国で「足るを知る」生き方をしていくことこそが幸福ともいえます。

ちなみに、ドバイの次はシンガポールらしいですよ。これを聞いて、どう思いますか? 寄留者のような生き方は、自由なようで、本当の幸せはそこにあるのでしょうか。自分の生きる土地が決まっていることは幸せなことです。

今や世界レベルで比較の嵐

そして、これらのお話はお金持ちに限った話ではありません。貧富の差は関係ありません。その理由は、スマートフォンです。今や誰もが一人一台所持しています。そして、多くの人が毎日のように、他人のSNSを見ているのです。全く知らない赤の他人の私生活だって、SNSを通してわかってきます。これによって、先ほどお伝えしたブータンのお話のようになるわけです。比較は、幸福を奪います。

戻ることはできない

他人(他国)の旨みを知ってしまえば、そこから抜け出すのは到底不可能に近いです。羨ましさには、承認欲求や自尊心、嫉妬など、隣の芝は青いを無意識レベルで刺激されます。これはとっても強力な欲望にさえなり得ます。心を廃らせます。やる気を刺激されたとて、待っているのは自分のエネルギーの枯渇です。ブータンはあれから、かつての幸福な国には戻れていないようです。

知らなければよかった?

「ならば、知らなければよかった」と感じる人もいるでしょう。そこで責任転嫁するのはよろしくないですよね。事象と感情は切り離すべきですから。ここを切り分けてきた人もいるはずです。そして、自分の幸福を保ってきた人も。ここで大事なのは、知ることは悪ではないということ。それよりも、自分の心がどう反応しているのかを知ることの方が重要。同じ知るでも、対象が違いますよね。自分の心に集中してください、というのが、私なりの見解です。

どう生きていけばいいの?

情報が溢れれれば溢れるほど、それを知り、自分の心の攻防が始まります。いえ、多くの人は攻防も何も、廃れていくばかりです。比較が始まるからです。この世界から抜け出すためには、どうしたらいいでしょうか。私はこれについて10年くらい前からずっと悩んでいました。「抜け出したい」と。そして、1年前ほどに、聖書と出会いました。聖書を読むと、自分はどこを見つめて生きていけばいいのかがわかりました。そして、乾いた心が癒されました。

ですから、この比較ばかり起きる評価経済から抜け出したい方は、聖書を読んでみることをおすすめします。いきなり読むのはハードルが高いという方は、私のブログをご覧くださいね。ぜひ、お待ちしております。


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