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楓さん作Life is Beautiful(a)の追筆 『マロニエが咲くパリの街』


はじめに


楓さん作"Life is Beautiful"。異国情緒にあふれ、季節によりいろいろなバリエーションができそうです。大人のロマンスも場所と季節が変わればまた味わいも変わるもの。

原作は、サンフランシスコをイメージして作成されたとのこと。先に、これに加筆して12月の街バージョンを作成しましたが、今回は、マロニエの咲くころのパリを舞台としたストーリーとして作ってみました。 

原作:楓さん作「Life is Beautiful (a)」

12月の街(追筆)

楓さん作Life is Beautiful(a) 『マロニエの咲くパリの街(追筆:関成孝)』

 
(年齢設定ありversion) 

(女性)

50歳を過ぎたら、後の人生を楽しもうと決めていた。今まで1人でがんばってきたから。

仕事と家(うち)の往復…。

若い時は友達と旅行に行ったりしていた。
付き合ってくれる友達もいた。

でも、みんな家庭が忙しくなり旅行に誘っても、「そんな時間も余裕もない」「独身はうらやましいわ」「子供のことで忙しくて、どこにも行けないから」と断られる事ばかり…気がつくと、いつも1人が多くなってきた。

今の世の中、昔とは違って、お一人様が流行っているから、1人旅は行きやすい。

街を見てると、割と1人で食事をしている人や旅行をしている人が多い。

今までは国内旅行に行っていたけど思い切って海外に行こうと決めた。

60まであと数年。いつまで頑張れるかな?今のうちに、1人で海外に行けるように慣れておかなきゃ。

そうして、ゴールデンウィークも使って長めの休暇をとり、憧れのパリに出かけることとした。

誰に気を使うこともなく、好きなところに行くのが楽しい。そして、パリはそんな魅力に溢れているように感じた。ガイドブックはホテルに置いておこう。冒険を楽しみたい。

パリのマロニエ


(男性)

60歳を迎え、定年だがまだ会社にはいられる。
そうゆう良い時代がやってきた。

定年の記念にというか…
これまで仕事が忙しすぎてどこにも行ってない。自分に休暇をあげることにした。

今回は、ゴールデンウィークを使って休みを長く取り、パリに行くことにした。出張では何度も行っているが、プライベートでは初めてだ。

馴染みのある街。ガイドブックはいらない。まずは、ホテルで少し休んでそれから散歩に出かけるか。

大きなマロニエが、若緑の木の中に白い花を鈴なりに咲かせている。空は青く明るく白い雲が浮かぶ。一気に夏のモードとなっていた。むせるようなエネルギーを感じる。

ラ・ミュエット駅からマロニエの街路樹が茂る道をマルモッタン美術館まで歩く。途中にラヌラグ公園があり、そこには大きな歯車を手押しで回す手動のメリーゴーラウンドがある。ここで一番の子供たちの人気だ。楽しそうな声が聞こえる。

美術館は瀟洒な住宅街の中にある。モネの「印象:日の出」はあまりにも有名だ。仕事のときはなかなかゆっくりできなかったが、あらためてゆっくり見るか。

ラヌラグ公園


(女性)

時差で早く目が覚めてしまう。季節もよいし、早朝の散歩に出ることとした。まだ、お店は開いていないが、ショーウィンドーを覗きながらパッシー通りをぶらぶらするのは楽しい。ラ・ミュエット駅近くまで来るとカフェが開いていた。葉を通してこぼれる日差しがテラス席をきらきらと照らしている。店員さんと目が合った。笑顔が誘ってきた。ここで朝食にしよう。

となりのテーブルで、バゲットサンドを食べながら新聞を読んでいる人が居る。おいしそうだな。お店の人に目をやったらテーブルに来てくれて、メニューの中の一つの品を指さしてくれた。グリエールチーズとハムのサンドイッチだそうだ。それを頼んでみよう。ほどなく、店員がコーヒーとサンドイッチを運んできた。背筋を伸ばした仕草が様になるなぁ。どれ、食べてみよう。バゲットの表面は、パリッツ、サクッツというよりは、結構、しっかりした噛み応えがある。そしてハムとチーズの濃いうま味が口の中に広がる。そのとき、朝のテラスにさっと緑の風がそよいだ。あー、なんて気持ちがよいのだろう。

朝の風を感じながらゆっくりと食事を済ませて、近くの公園に向かった。緑がとても美しい。ここは観光客でごった返すところではない。朝早いのでそもそも人が少ないようだ。白い花をつけたマロニエの並木から鳥のさえずりが聞こえる。いい季節だな。ベンチに座り白い雲が流れるのを見ていた。たしか、公園の奥にはマルモッタンという美術館があったはず。行ってみようか。


マルモッタン美術館:Académie des beaux-artから

(男性)

マルモッタン美術館の地下は居心地が良い。モネの睡蓮の絵が壁にかかり、その前にベンチが置かれている。身体を動かしてベンチを回ると、壁の睡蓮の一枚一枚をゆっくりと眺めることができる。どれも区別がつかないように感じていたが、一つ一つの違いを感じる。

ベンチでゆったりとしていると、一人の日本人女性が入ってきた。

マルモッタン美術館地下展示室(Connaissancedesarts.com)


(女性)

美術館は瀟洒な住宅街の中にあった。一階は、美術館といよりも、アートに囲まれた邸宅という感じになっていた。見事なシャンデリア、豪華な家具と調度品。壁には見覚えがある印象派の作家の絵。

地階に降りてみた。「Claude Monet, Collection Permanentes(クロード・モネ。コレクシオン・ペルマネンテ:注:読まなくても良いです:読むならクロード・モネット、コレクション・パーマネンテスと英語っぽく読むのもありです)  ここが、クロード・モネの常設展なんだ。コーナーを回ってみると、ひろびろとした空間が広がっている。壁にはパステルカラー系の大きな絵が並んでいる。あっ、これは本で見たことがある絵だ。「Impression soleil levant (インプレシオン・ソレイユ・ルヴァン)注:読まなくても良いです。読むならインプレッション・ソレイル・レバントと英語っぽく発音するのもありです)  あっ、「印象日の出」らしい絵だ。へーえ。しばらく立ち止まって眺めた。

先に進んでいった。睡蓮を描いた作品が何点もある。「睡蓮」って、こんなにたくさんの作品があったんだ。と眺めながら進んでいくと、日本人男性がベンチに座っているのに気が付いた。

(男性)

女性と目が合ったので軽く会釈した。彼女も軽く会釈して返してくれた。ベンチから立って声をかけてみた。

「こんにちは、おひとりでパリに?」

女性:「はい、そうなんです。そちらもそうですか?」

男性:「ええ。いつこちらへ?」

女性:「私は昨日到着しました。今朝、早く目が醒めてしまったので、散歩していました。蒸せるような緑、眩しいくらいの太陽。この時期ってすばらしいんですね。あっ、自分のことばっかり(笑) あのう、前からいらしていたのですか?こちらにお住いの方かと思いました。」

男性:「いえ、わたしも昨日来たところでした。仕事では何度かきたことのある場所ではあったのですが、今回はプライベートです。」

女性:「そうなのですね!今日は、ここで「印象ー日の出」の本物に出会えました! 中学か高校の頃の教科書に載っていたように思うのですけども、そんなに古い絵には感じませんね。これがあの絵なんだと思うと、なんか不思議な感じがします。」

モネ:印象「日の出」マルモッタン美術館


男性:「そうですよね(笑) この作品が出展された作品展が印象派の発端と聞きます。でも、当時、「印象派」というのは、蔑(さげす)むように呼ばれていたのですよね。あの絵には、大小異なる3艘の船が描かれていますね。3つの船として見ても違和感はないですけれども、時間と共に近づいてくる船を描いたようです。時間的な経過を表したのですね。そう思うと、空の明るさが変わってくるように感じます・・・あっ、失礼、自分の興味でつい。でも、お気に入りになったのならなによりです。」

女性:「今では人気の印象派に、そんな時代もあったのですね。オランジェリーには以前足を運んだことがありましたが、ここは初めてです。なんかとても落ち着く素敵な場所だったんですね」

男性:「はい、ここは、これまでは、絵を見るというよりも仕事の緊張を解きに来るような感じだったのです。あらためて見ると、見事なたたずまいに素晴らしい絵。すっかり気持ち良くなってゆっくりと過ごしていたところでした。あの、失礼ですが、お名前を伺ってもよろしいでしょうか。私は、〇〇と申します。」

女性:「はい。〇〇です」(好きな名前で)

男性:「〇〇さんは、パリは何度も来られているのですか?」

女性:「何度とまで言う程ではありませんが。最初はツアー出来て、その後、2回ほど知人とともに。夏休みと年末でしたが、「マロニエの咲くころ」ってどんななんだろう?って思って!今回は一人でふらっと歩いてみようと思いました。新しい気づきがあるかもしれないですよね。・・フランス語ができれば土地の人たちともお話しできれるのに(ため息)・・」

男性:「そうですね。パリは季節季節で表情が変わりますね。とても懐が深いところだと思います。いろんな目的の人がやってきますが、それぞれの居場所が見つかるんですよね。私もこれまで仕事ばかりでしたが、今回は一人。気にはなっていたもののゆっくりと味わうことができなかった街の姿や雰囲気を楽しめればと。」

女性:「そうですか。では、私と同じなのかな? いや、失礼なこと言ってしまって(くすっと笑う)フランス語もお分かりになるのですよね?」

男性:「ははは、私も仏語は片言です。でも、今は、フランス人も英語を使える人が多いんです。メトロに英語レッスンの車内広告が目に付くくらいですし。インターネットが変えたのかもしれませんね。・・・あ、あの、今日、もし、よろしければ、一緒にまわってみませんか?」

女性:「えっ、ご一緒しても良いんですか?」

男性:「ええ、その方が食事も楽しくなりますし。」

女性:「嬉しいです。では、是非!」

女性:その日、私が旅先で出会ったのは60歳の男性だった。旅行者っぽさがなく、自然に街に溶け込んでいるようだった。ときどき目を上げる。目線の先を追うと、マロニエが鈴なりに花をつけている。この季節を楽しんでいるようだった。

美術館を出て、ラヌラグ公園を歩くと、手押しのメリーゴーラウンドが目に留まった。

「あっ、あのメリーゴーラウンド!人力で回しているんですか?!」

手動のメリーゴーラウンド。左て情報の銀色の板に見えるところに直径7-8センチほどの輪っかが装着されている。左手に見えるのは輪っかをひっかける杖(シャンドマーズ公園のもの)

男性:「そうなんですよ。真ん中の緑色の柱に大きな歯車がありますよね。それをレバーでああやって回して。私も初めて見たときは驚きました。かつて、貴族たちが、子女の遊具としてこのようなものを庭に置いていたようです。ほら、あそこ!子供たちが、魔法使いの杖のようなもので小さな輪っかにさして引き抜いているのがわかりますか?さながら杖を槍(やり)にみたてて中世の騎士をまねたのでしょうね」

女性:「あら、本当ですね!馬が古風な感じ。フランス人って、昔ながらのものを大切にしているんですね。感性が豊かなのはそのせいなのかしら!」

男性:この時期のラヌラグ公園は、緑が美しく気持ちがよい。並木道のマロニエが白い花を鈴なりにつけて夏の到来を告げている。二人でゆっくりと歩きながら、パッシーへ向かった。

女性:「わぁ、おしゃれな通りなんですね!」

男性:「仕事で何度も通った道ですが、お店が開いている時間帯ではないことが多いんです。高級ブティックが並ぶパリ中心街のサントノーレ通りに比べれば、威圧感がなくおしゃれで馴染みますね。もっとも、私は、立ち寄るとしてもマルシェか「モノプリ」というスーパーくらいなんですが」

女性:「えっ、マルシェもあるんですか!覗いてみたいです!」

男性:「はい、ここのマルシェは常設で、建物の中に入っています。この辺りは高級住宅街でもあるので、食料品もお花も、とても良いものを置いていますよ。では、行ってみましょうか」

彼女を連れてパッシーのマルシェに入った。色とりどりの果物がならぶ店、みずみずしい野菜。この時期は、果物も野菜も鮮やかだ。白アスパラが見える。もうフランス産が出ているのだろうか。もう、そんな季節に入ったのだな。彼女は、目を輝かせながら、こっちの店、あっちの店と、まるで蝶が花から花へと楽し気に舞い移るように見えた。

パリ・パッシー市場に並ぶ野菜(5月初旬頃)

女性:「どうしよう。欲しくなっちゃう。あのイチゴも、あのケーキも!」

男性:「ははは、どれも美味しいでしょう。量は少しでも買うことはできると思います。ホテルでお召し上がりになりますか?日本のものとは、全然違った味覚ですよ」

女性:「そうですか!なら、あのイチゴとフランボワーズが気になっているですけど」

男性:「確かに、皆、きらきらしていますね(笑)」

お店の人に小さい量で欲しいのだがと尋ねてみたら、にっこりと返してくれた。自慢の品なのだろう。いちごを200グラム、フランボワーズは小さな紙皿一つを渡してくれた。そして、試食用だと、ブルーベリーをおまけしてくれた。この笑顔だ。さすがに気が利いているじゃないか。

女性:「すごーい、こういうの食べてみたかったのですけど、どう買えばよいのかわからなくって。ありがとうございます」

男性:「どういたしまして」

彼女は、まるで童心に返ったように喜んでいた。その姿が愛おしく感じた。

「それでは、もう少し歩いてみましょう。エッフェル塔が見えるシャイヨ宮まで10分程度です」

彼女:「はい、ありがとうございます」

彼がいると頼もしい。旅の楽しさが何倍に感じられる。パッシーの駅を過ぎると、通り沿いにもマロニエ木があった。一つ一つは小さな花弁の花が集まって大きなブドウの房のようになり、それが大きな木いっぱいに鈴なりに咲いている。パリは青空がきれいだけど、マロニエの花の白と葉の緑がとても映える。なんか、気分がウキウキする。おしゃべりをしながら歩いていたら、もう、シャイヨ宮に着いていた。

シャイヨ宮殿:Kollin - Imported from 500px (archived version) by the Archive Team. (detail page), CC 表示 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=71413142による

シャイヨ宮から眺めるエッフェル塔はほんとうに美しい。ため息が出る。塔の奥には、シャンドマーズ公園が、整然とた長方形で、はるか遠くにある、ドームが金色に光る美しい対称形の建物にまで延びていることがわかる。なんて大きな景色なのだろう!そして、新緑の緑と、抜けるような青い空、白い雲が!以前、来たことはあったけれど、こんな美しい景色は想像もできなかった。テラスの手すりに手を置き、ずっと見とれていた。

男:ここはパリでは外せない観光地だ。だからどうしても混み合う。なので、仕事で来たときはここに足を延ばすことはほとんどなかった。こうして、大きな景色を見ながら初夏を思わせる陽光の中でそよ風を受けるのは とても気持ちがよい。そして、彼女がいることで、彼女が感動してくれていることで、心がとても癒されるのを感じる。そうだ、エッフェル塔に向かうセーヌ川の両岸に、二階建てのメリーゴーラウンドがあったな。彼女は気に入ってくれるだろうか。

「〇〇さん、エッフェル塔を正面に見ながら、セーヌ川を渡ってみましょうか。」

女性:「セーヌ川を渡ってエッフェル塔まで!はい、行きましょう!」

男性:シャイヨ宮のテラスから宮殿の脇の階段を下りるとセーヌ川はもうすぐ目の前にある。エッフェル塔に近づくと、だんだんと大きく目の前に覆うように迫ってくる。セーヌ川の手前と向こうにメリーゴーラウンドがある。その前で立ち止まって彼女の顔を見た。彼女は、ちょっときょとんとしたが、すぐに意を察したようだった。

女性:「すごい。二階建てのメリーゴーラウンドなんですね。こういうの乗りたいなと思っていました」

男性:「ならば、一緒に乗りましょうか」

女性:「え、いいんですか?」

男性:「もちろん、よろこんで!」

ディズニーランドだったら、長時間並ばなければならないだろう。ここは大人も子供も一緒に楽しめそうな雰囲気だ。周りで見ている親や恋人たちの表情が明るく楽しそうに見える。ほとんど待つことなくチケットを買いもとめ、メリーゴーラウンドの中に進んだ。

女性:「この馬にします!大人の雰囲気が素敵!」

男性:「では、隣の馬に。何年振り、いや、何十年ぶりだろう(笑)」

女性:「私もディズニーランド以来かも。学生の頃でした(笑)」

メリーゴーラウンドが動き出した。セーヌ川、エッフェル塔がぐるぐると回る。意外と速いんだ。流れる景色の中で、動かないのは木馬に乗っている私たちだけ。二人の世界になった。笑顔で楽しんでいる彼が見える。

男性:彼女が、メリーゴーラウンドで移ろう景色を興味深そうに見ている。そして、ときどき、こちらに顔を向ける。心底楽しんでいるようだ。自分も嬉しくなってきた。自分たちが二人だけの空間にいることに気が付いた。

女性:「わぁ、楽しかったです。パリに来てメリーゴーラウンドに乗るなんて思ってもいませんでした。でも、ディズニーランドよりもずっと素敵!ありがとうございました」

男性:「喜んでいただけてなによりです。さて、エッフェル塔を登るにはかなり時間がかかりそうですし、もう、すっかりお昼の時間になってしまいましたね。どこかで食事でもいかがですか?」

女性「そうですね。そういわれると、少し、お腹がすいてきたかもしれません。朝は、カフェでサンドイッチでした。この辺りで食べるところはあるのですか?」

男性:「シャンドマーズ公園から一本入ったところは7区の瀟洒な住宅街ですが、そこに、何軒か、カジュアルなお店があります。テラスで食べることができるかもしれません」

女性:「テラスでランチ!憧れです!ぜひ!」

男性:シャンドマーズ公園から一本西側にスフラン通りというのがある。ここも、マロニエ並木になっている。テラスでのランチは気持ちがよいことだろう。馴染みの店を覗いてみたら、テーブルが1つ空いているようだ。店員に尋ねると、すぐに我々をそのテーブルに案内してくれた。

女性:「素敵です!どっしりとした石造りの住宅にマロニエの並木。木漏れ日の中でのテラスランチ。映画の世界みたい!」

男性:「この時期、パリの天気は気まぐれです。きれいな天気で本当に良かったです。きっと、〇〇さんの行いが良かったのでしょう(笑)」

女性:「あら、お上手ですのね(笑)」

男性:「ランチ・メニューのメインは、魚はサーモン・ミキュイ、肉は鳥にクリーム煮だそうです。前菜は、シュリンプ・カクテルか、お店のテリーヌですね。デザートは、チョコレートムースかタルトタタンです。前菜とメインにするか、メインとデザートにするか選択できます。こちらの人は、たいてい、メインとデザートを選びますけど、〇〇さんはどうされますか?」

女性:「それは迷います。〇〇さんだったらどうされますか?」

男性:「そうですね。サーモン・ミキュイは日本ではなかなか食べられないと思いますからそれをお試しされたらいかがでしょう。ここのタルト・タタンは、見栄えはあまりよくはありませんが味は絶品です。」

女性:「ありがとうございます。では、サーモン・ミキュイとタルト・タタンで決まりですね(笑)」

男性:「では、私は、鳥のクリーム煮とチョコレートムースを頼みましょう。もしも、気変わりされたら、こちらを食べてください」

女性:「あっ、どれも食べたい!あのー、分け合っても大丈夫ですか?」

男性:「ははは、大丈夫です。フランス人もカップルでよく分け合って食べてますよ。・・あ、失礼、カップルだなんて言ってしまって。」

女性:「いえ、いいんです。だって、・・・カップルですから。楽しいランチになりそうですね!」

男性:店員にはグラスの白ワインを追加してオーダーした。比較的手ごろな値段だが、ブルゴーニュの白だそうだ。そうか、料理に合わせたこだわりか。

我々は、ときおり、心地よい風が吹き抜けるテラスで食事を楽しんだ。彼女は始終笑顔で、ときには大仰に驚きの表情を見せていた。見ていて、こちらが羨ましく感じるくらいだ。

女性:サーモン・ミキュイはピンク色で美しく、半生加減が絶妙だった。彼から一口いただいた鳥のクリーム煮はとてもしっかりとした味だった。そして、タルト・タタン。酸味と甘みがしっかりしたリッチな味!チョコレートムースもすごく濃厚な味だった。日本ではとても味わえない。幸せなひととき。・・いけないっ! すっかり食べるのに夢中になってしまっていた。あっ、彼が笑っている。

男性:グラスの液面に映る新緑が揺れて、ゆっくりと、豊かに、ときが過ぎていく。すでに3時を回っているが、夏時間なので、日はまだ高い。

女性:マロニエの木が風に揺れ、さわさわと音を立て、木漏れ日が波のように動く。車道を走る車の音さえも心地よく感じられる。

男性:「おかげさまで、美味しい昼食を楽しむことができました。この後はどうしましょうか?」

女性:「すっかり、夢中になって食べてしまいました。こんなにおいしく素敵なお店に連れてきてくださり、ありがとうございます。本当に、素晴らしかったです。そうですね、時差がでてきたのか、少し疲れもあるので、この辺りでホテルに戻ろうかと思います。あっ、大丈夫。一人で戻れます。すこし、一人で歩いてみたいと思います。今日は、本当に、ありがとうございました。」

男性:「それは良かったです。まだ、しばらくご滞在ですね。まだご案内できますから、遠慮なく連絡してください。」

女性:彼は、そういって、テーブルクロスに敷かれたペーパーマットの端をきって、携帯電話番号とメールアドレスを書き私に渡してくれて笑顔でお別れをした。

ここちよい疲労感。時差とワインで、いつの間にか寝てしまった。気が付いたらもう薄暮になっていた。といっても夜の9時。日本だと早朝。しっかりとしたお昼だったので、さほどお腹はすいていない。ガイドブックで今日歩いたところを辿ってみた。その場その場の光景が浮かぶ。もう一寝入りしようか。シャワーを浴びて着替えてベッドに横になった。

男性:彼女と別れた後、仕事でよく来ていたオフィスまで歩いてみた。ときおりすれ違う車のタイヤが道路の石畳でパタパタと音を響かせる。あの、懐かしい音だ。しばらく街を歩いたが、あまりお腹がすく気配がない。ランチでデザートもしっかりしていたからだろう。夕食用に街頭でサンドイッチを、酒屋でワインをひと瓶買ってからホテルに戻った。

ビデオを巻き戻すように今日のできごとを振り返っていた。夕方でもまだ明るいパリの景色を眺めつつ、ワインを開けてサンドイッチを口にした。そして、彼女の笑顔が浮かんだ。明日、連絡が来るだろうか?空が暗くなりきる前に眠りについてしまった。

ーーーーーーーーーーーーーーー

女性:翌朝、夜明けのころ鳥の声で目が醒めた。窓をあけると少し風がひんやりと感じられる。今日は、ホテルで朝食とすることとした。簡素なカフェのような食堂は、中庭に面していた。テーブルには、鈴蘭の小さな鉢が置かれていた。可憐な白い花になごまされる。

今日はどうしよう。一人で過ごそうかと思いながらも、昨日の景色が浮かんできた。彼はどうしているだろう?厚かましく思われたくないし。でも、お礼を言っていなかった。まずは、「昨日はありがとうございました」と、彼にメールを送ってみた。

5月1日はスズランの日。レストランのテーブルをスズランの鉢が飾る。

男性:早く目が醒めたので、朝一番で、ホテルで朝食をとっていたとき、彼女からメールが入ってた。昨日のお礼だった。どうしようか。朝の挨拶だけにするか、それとも誘おうか?いや、誘うのが礼儀だろう。

「こちらこそ、楽しいときをありがとうございました。今日もきれいなお天気のようですね?ブーローニュの森の北にある公園を散歩してみようと思いますが、いかがですか?旅行客はあまり行かないところですが、とても美しいところで気に入っているのです。」とメールを返した。

女性:誘いの返事が返ってきた。ホッとした。どうしよう。今日も甘えてみようか。

「素敵ですね。本当に、ご一緒させていただいてもよいのですか?大切なパリご滞在のお時間を頂戴しては申し訳なく思いますが」

男性:「いえいえ、私の散歩につき合わせて、こちらこそ恐縮です。でも、ご一緒いただければ、一人で過ごすより楽しいときとなるにちがいありません」

女性:〇〇さんとは、10時に、ブーローニュの森の北東の端にあるポルトマイヨの駅で待ちわせることとなった。そこから、プチトランと呼ばれるミニトレインに乗って、ジャルダン・ダクリマタシオンという名の公園に向かった。カタカタと音を立ててミニトレインが新緑の中を走っていく。これが都会の景色?ミニトレインは、しばらくして、公園のゲートの中にまで進み、こぎれいな駅舎に到着した。

彼と一緒に公園の中に入って行った。お花畑、遊園地、小さな動物園、サーカスのテントもある。ディズニーランドとは対照的な自然なたたづまい。緑が美しい場所だった。

ダクリマタシオン公園内のミニトレイン

男性:一人で来ていたら、このプチトランに乗ることはなかっただろう。彼女は静かに景色に見入っている。素直に驚いているようだ。良かった。

「日比谷公園と上野動物園を一緒に味わえるようなところなのですね。気に入っていただけましたか?」

女性:「都会にこのように美しくのどかなところがあるなんて、思いもしませんでした。ガイドブックにもなかったですし(笑)。」

ここの遊具は小さな子ども向けのものが多かったが、新緑の木陰で見るととてもおしゃれに見える。二人でゆっくりと公園の中を歩いた。こういう景色だと会話は少なくなる。でも、彼とは心が通っていることを感じる。

ダクリマタシオン公園

男性:木々の上には青空が広がっていた。ここは、都会のパリとは思えない、のどかで美しい景色を作っている。彼女は、この風景のひとコマとなってすっかり溶け込んでいる。媚のない笑顔がまぶしい。

女性:翌日も、翌々日も、私は、朝食のテーブルから彼にメールを送った。そして、彼とパリの街中に出て、小さな美術館を回り、公園のベンチでサンドイッチをかじった。そして、互いに惹かれ合っていった。そのうち、ファーストネームで呼び合うようになった。

男性:私たちは話が合った。一緒にいると旅が何倍も楽しく感じる。彼女とは、さほど年齢が離れていない。お互いの趣味や思い出などを話していると共通点が多い。いや、共感できることが多い。

女性:わからないことを沢山教えてくれる。聞いていて楽しい。いや、いっしょにいるだけで楽しい。

男性:日本に帰国する前日の夕暮れ時。我々は、シャイヨ宮からエッフェル塔を眺めていた。突然、塔に無数につけられたストロボライトが点滅した。そう、シャンパンの泡をイメージしたイルミネーションだ。

彼女がそれに見とれている。子供のように澄んだ目だ。バルコニーに置かれた彼女の手に自分の手を合わせた。彼女はこちらを振り向き、少しうつむくと、また、顔をあげてエッフェル塔を見た。手はそのままだった。


エッフェル塔のイルミネーション

女性:エッフェル塔はなんども見てきたが、今日はなにか語りかけてくるように感じる。楽しかったこの数日の思い出が、ストロボライトのように頭の中できらきらと光っていた。このイルミネーションが終わるとこの旅が終わる。そんな気がした。このままで居たい。

しかし、イルミネーションは終わり、周りの人々がめいめいの方向にむかって動き始めた。彼は私の手を彼の腕に組ませるようにしてエッフェル塔に背を向けた。少しだけ彼の方に身体をあずけて、パッシー通りへと向かって歩いて行った。言葉は交わさなかった。

男性:肩に軽く彼女の重みを感じながら石畳の歩道を歩く。いつの間にかパッシー広場に来ていた。10分ほどはかかったはずだが、あっという間に時が過ぎた。そこで彼女に向き合った。

「あなたに出会えたことで、とても良いときを過ごすことができました。思い出が深い旅ができました。どうぞ、お気をつけてお帰り下さい。ありがとうございました」

女性:「私こそ、〇〇さんに出会えたことが、私にとってのプレゼントかなって思います。どうぞ、お体に気をつけて…」

美しい情景、美味しい食事、楽しい会話。そして、心地よく過ぎる「とき」。今までと違う自分を感じた。

男性:明るい挨拶だった。街灯が柔らかく照らした彼女は、ほんのり赤くなっているようだ。なんとなく別れのハグを交わした。彼女の体温を感じる。離れがたくなった。

女性:吐息を感じる。彼の体温が私を包みこんできた。鼓動が早まった。このままでいたい。

しかし、二人はすっと離れて、私たちはオトナのさよならをした。

離れなければ、そのまま流されてしまいそうだった。
そうすれば、この先の人生は違う景色が見えるだろう。
でも、一瞬の思いに身を任せられるほど若くはない。
自分を変える勇気もない。

男性:彼女の背中を見送った。声をかけたくなる気持ちを抑えた。彼女の背中が小さくなって、こちらを振り向いて軽く会釈をして路地を曲がるところまで。

そうだ、出会う運命の人ならば、またいつかどこかで出会うだろう…。きっと。


(f i n)



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